『――えーっと。聞こえますか? 聞こえてたら返事してくださーい。

 なんちゃって。

 ……い、いまの、いまのナシでお願いします! そうじゃなくって! 

 あー、うーん、……な、なんだか照れ臭いですね、こういうの。一方的に話すのって難しいです。何喋ったらいいかわかんないや。テンパっちゃってますわたし、ホントすみません。

 あ、わたし、近江知世です。

 あなたは日暮旅人先輩ですか? ……ですよね。間違っていたら大変です。先輩に向けたメッセージなので人違いだったら意味ありませんもん。

 こんにちは。あるいは、こんばんは。それとも、おはようございます、でしょうか。

 こんな形でお手紙、というか、なんて言うんだっけ? ボイスレター? をお贈りするのにはワケがありまして。実は先輩にお聞かせしたいコトがあるんです。それは、手紙だと伝えられないコトで、ぶっちゃけて言いますとわたしの演奏を聴いてほしいんです。

 憶えていますか? 前に、トランペットを吹いてるトコ先輩に見られちゃって。わたし、すっごく下手くそだったからすっごく恥ずかしかったのに、先輩、褒めてくれたんですよ。それがすっごく嬉しくって。だから、先輩に卒業のお祝いに何かあげるとしたらコレしかないかなって思ったんです。いっぱいいっぱいトランペットの練習しました! このボイスレターに吹き込んでおきますのでぜひ聴いてください!

 えっと、どうして生で演奏しないかと言うと、わたしが極度の緊張しいだからです。

 いまだってブルブル震えています。上手くできるかどうか自信ありません。

 いまから演奏しますが、きっと何度も録り直すと思います。せっかくだし一番上手く演奏できたものを聴いてもらいたいから。いつでもどこでも聴けるようにしたいから。最高の形で先輩に届けたいから。

 わたしっていう子がいたこと、憶えていてほしいから。

 ……先輩の夢が叶うまでは会えないような気がするんです。いつになるかわからないし、その日まで寂しいじゃないですか。

 だから、録音しておこうと思います。

 エールでもあります。挫けそうになったときには聴いてください。効用・効果については保証いたしませんが。えへへ。

 それじゃ、頑張って吹きますね。

 聴いてください。

 …………。

 ねえ、先輩。

 卒業してもわたしのこと忘れないでくださいね。どうしようもなく駄目駄目な兄ちゃんともいつまでもお友達で居てあげてくださいね。先輩が就職も進学もしないでどこか遠くの町に行っちゃうって知ったときはすっごく寂しくて、兄ちゃんと一緒にオロオロしちゃったけれども、応援しています。ふたりで陰ながら全力で応援します。

 先輩の夢が何なのかわかんないけど、絶対に叶うって信じてます! 祈ってます!

 だから、頑張ってください!

 ……もし夢が叶ったら、もう一度会ってくれますか?』



 すう、と息を吸い込んだ。トランペットを構えて口元に近づける。何度もやり直すのを前提にしているけども、一発で終われるのなら終わらせたい。この緊張感はやっぱり慣れない。楽器って、本当にそのときの心情を『音』に宿すから恐いんだ。どんな心も晒け出される。それを考えるとあと一歩が踏み出せない。いっぱい練習したくせに、本番を意識しただけで頭の中はすでに真っ白。本当に情けない。半年前、演奏をプレゼントしようと決めたときのあのやる気はどこに行った? どうして『音楽』をプレゼントしようって決めたんだっけ――?

 大きく息を吐き出した。

「ハァ――――」

 そうだ。弱気になったら思い出せ。

 あれは忘れもしない去年の春。新学期が始まり、遅咲きの桜も散り出した頃のこと。


 とある日の放課後、部室棟の裏。吹奏楽部に所属していたわたしは、人気の無いその場所でトランペットの練習をしていた。

 高校入学を機に何か一つでも打ち込めるものを見つけようと思って、無謀にも吹奏楽に手を出した。楽器は何もできないけれど、誰だって初めは初心者なのだからと自分に言い聞かせた。『初心者の入部も大歓迎』という呼び込みと、実際に入部希望者に初心者が多かったこともあったので、清水の舞台から飛び降りる覚悟で門を叩いたのだった。

 でも、入部したはいいけれど、よく考えもせず金管楽器に手を出したのは失敗だった。初心者が最初にぶつかる関門『音を出す』ことが、わたしにはあまりにも困難だったのだ。吹けども吹けども、ふひゅう、という気の抜けた音しか出ない。いや、『音』じゃない。それはただの息。金管内部を振動させずに抜け出た長い長い溜め息だ。一緒に入部した新入生たちの中でわたしだけがいつまでも『音』を出せずにいた。

 腹式呼吸だとか唇の形だとか、注意されたことを念頭に置いて何度も挑戦したのにうまくいかない。他の子たちはもう運指の練習に入っているというのに、わたしはいつまで経っても一歩も前に進めなくて……。やっぱりわたしは駄目駄目な子で……。

 もう辞めちゃおうかな、って思ったんだ。

 そうして何気なく見上げた青空に、真昼の月が浮かんでいた。

 遠くの方では野球部の快音と陸上部の掛け声が、校舎の端の方からは吹奏楽部の先輩たちの演奏が聞こえてきた。なんだかすべてから取り残されたみたいで寂しい。でも、かえって気持ちは落ち着いた。

 身近にはどんな音も無い。

 手にした楽器が吹かれるときを待っている。

 程よく肩の力が抜けた。どうせ、と思ったとき、物事が進むのはよくあること。予感があった。トランペットを口に当て、軽く息を吹く。――ほら、やっぱり簡単に『音』が出た。そのときは驚きよりもしっくり来たという感覚が強かった。自転車に乗る感覚と似ている。できなかったときを思い出せなくなりそうなほど強烈な適合。一度身についたら、二度と忘れない。長かったけれど、ようやくここまで辿り着けた。

 わたしは『音』を手に入れた。

 ファ――――――――。

 レ――――――――。

「――」

「え?」

 声が頭上から唐突に降りてきた。思わずトランペットを口から外して振り返った。

 部室棟の外階段を上った先、二階の通路の鉄柵に身を預けている男子生徒がこちらを見下ろしていた。中性的な顔立ちからは年上にも年下にも見えたけど、制服のネクタイは緑色、二学年上の三年生だとわかった。

 いつから居たのか。物音を立てず、気配も感じさせず、ただ空に浮かぶ月のように彼は居た。わたしの視界に風に運ばれた桜のはなびらがひらひらと過る。儚げなのはどちらも一緒、なのに、薄い花弁よりも存在感がないその透明さには眩暈さえ覚えた。人はこんなにも消えることができるのかと畏れを抱く。

「綺麗だ」

 最初、うまく聞き取れなかった言葉をもう一度口にした。

 羨むように。

「綺麗だったよ。君の音」

 褒められたわたしは驚きのあまり固まって、黙って彼を見上げるしかなかった。目を逸らすことができなかった。彼の姿に見惚れてしまっていたから。

 綺麗なのは彼の方だと思った。

 そう。それが、日暮先輩との出会いだったんだ。


 よし、と意気込む。程よく肩の力が抜けた。

 あのときのように。

「好きですよ、先輩」

 トランペットを口に当てて『音』を出し、『音楽』を奏でる。

『マイ・フェイバリット・シングス』

 この想いごと響いていけ。


      *   *   *


 卒業式を翌日に控えた学生寮では、大半の三年生が退寮の準備に追われていた。

 早い者は一週間前にはすべての荷造りを終えており、中にはあらかた荷物を運び出していて今日までバックパック一つで過ごした猛者までいる。普通は少しずつ荷物を送って春休みには完全に部屋を空けるように持って行くもので、例に洩れず、近江良太も計画的に私物を片付けていた。

 机の中身をあらかた段ボール箱に詰め込んだ後、ベッドの下から紙の束がはみ出ているのに気づいた。もしや捨て損ねた答案用紙の山かとうんざり気味に引っ張り出すと、良太はぴたりと固まった。それは妹の知世のために吹奏楽部の部員に頼み込んでなんとか入手した楽譜のコピーだった。

「いやはや、妹がお世話になりました」

 すかさず目を離して段ボール箱に放り込み、封印するようにガムテープでぴたりと閉じる。一丁上がり。これでもうほとんどの私物が片付いた。あとは運送するだけだ。

 掃除も一段落ついたので、楽器ケースを担いで廊下に出る。三年生が使用している個室はどこもドアが開け放たれていて、廊下にまで荷物が溢れ出ていた。おかげで足の踏み場もなく、なんとか跨いで進んでいく。

 長いようで短い三年間だった。慣れ親しんだこの男子寮とももうすぐお別れ。元来の勉強嫌いで学校そのものは最後まで好きになれなかったけれど、学友たちと過ごしたこの場所は離れがたいものになっている。こうして親友の部屋に向かうのも、もしかしたらこれが最後かもしれず、当たり前に歩いていた一歩一歩が途端に切ないものに変わった。階段を上る際に握る手すりの位置はいつも同じ、それはつまり踏み出す足や歩幅や歩調が毎度同じパターンをなぞっていることを意味する。目を凝らせば足跡が浮かんで見えてきそう。

 良太の歩く隣では、一回り小さい『足跡』が付いてくる。

「ははっ」

 離れがたいな、やっぱり。

 思い出が溢れてる。

 階段を上がりきった四階、廊下を渡った一番奥の個室が親友の部屋である。あいつのことだからとっくに片付けを終わらせて暇を持て余しているはずだ。いつもアポ無しで訪問してきたが、一度も追い出されたことがない。気負うことなくノックをし、返事を待たずにドアを開けた。

「おっ邪魔するぜーっ! およ? 何やってんの?」

「――ああ、良太か。いらっしゃい」

 荷物はすでに発送したのか、室内には備え付けの調度以外何もなかった。生活していた痕跡すら見出せない部屋の中央で、親友――日暮旅人はただ佇んでいた。その場でぐるりと回って隅々まで見渡した。

「忘れ物がないか調べていたんだ」

「いやいや、ないでしょ。つか、物がない。スッカラカンじゃん。何、荷物ぜんぶ実家かどっかに送っちゃったの? おまえも猛者のひとりだったのか!?」

 バックパック一つ見当たらないからそれ以上か。もはや達人クラスだな。

「着替えくらいあるってば。掃除の邪魔だったから一旦退かしておいたんだよ。廊下に置いてあったでしょ?」

「あったような無かったような。よく見てなかった」

 でも、そりゃそうかと安心する。制服が無ければ明日の卒業式には出られないのだし、いくら旅人でもそこまで抜けていないだろう。

 旅人に断りなく床にあぐらをかく。旅人も倣ってその場に座った。

「しっかし、よくひとりで片付けられたなあ。不器用キングのあの旅人さんが」

「不器用なのは自覚しているからね、初めから物を持たないようにしているし。だから、まあ、掃除も片付けもあっさり終わったかな」

 改めて室内を見渡してみると、ここはもう『日暮旅人の部屋』ではなくなっていた。すでに春からの新入居者のための空室となっている。空々しいほどに空虚だ。

 未練の欠片も残していない。

「そうだったな。おまえ、物に執着していなかった」

「……」

 なんとなく黙り込む。階下の喧騒がかすかに聞こえてくる。尻がむずむずと落ち着かない。旅人とは気の置けない仲だ。どんな馬鹿話だってできたし、沈黙があっても不思議と苦痛にならなかった。なのに、今はどうしようもなく居心地が悪い。

 なんと切り出せばいいのかわからない。

「良太、何か用事があったんじゃないのか? 今日の君はどことなく変だ」

「失礼なやっちゃなあ。変って何だよ、変って。いくら俺でも卒業式の前日くらい感傷的にもなるっつーの。って、似合わないか!」

 自分でも不自然だと思うくらい大仰に笑う。旅人は哀しげに目を細めた。

 一年のときにルームメイトになって、それ以来何をするにもずっと行動を共にしてきた。旅人と居るととても居心地が良く、楽しいし、楽だった。良太の快適な学園生活は彼によってもたらされたと言っても過言ではない。

 知り合っていくうちにわかったことだが、旅人は空気を読むのが上手かった。人の心まで読めるんじゃないかと思えるくらい気が利いて、時々人間離れした勘を働かせて周囲を驚かせたこともある。

 今だってそう。旅人はきっと良太の心情も見抜いている。気を遣ってくれている。それが、逆に辛い。

「応とも! 用事ならある! 旅人にしか頼めないことなんだ!」

 だから、できるだけ明るく振る舞おうと大袈裟に手振り身振りを加えてみた。湿った空気のままではこの『お願い』も苦いだけだ。

 持参した楽器ケースを突き出した。

「知世のことさ。兄貴として、あいつのために一肌脱ごうかって思ってな。明日が卒業式だもんよ、思い残しが無いようにしなくちゃな。そうだろ?」

 知世もきっとそれを望んでいる。

 遺された想いを蔑ろにしてはおけなかった。

「あいつの遺品の一つが見つからなくて困ってんだ。一緒に探してくれないか?」


         *


 三週間前、知世はこの世を去った。

 それは祝日のことだった。級友と一緒に街に買い物に繰り出した知世は、出先で交通事故に遭った。歩道にはみ出した2tトラックに撥ねられたのである。病院に担ぎ込まれた後、三日ほど昏睡状態が続いたが、二度と意識が戻ることは無かった。

 知世の友人たちは泣いて自分自身を責めていたが、一瞬一秒でもタイミングがズレていたら死んでいたのは彼女たちだったかもしれず、そう思い至ったとき身の竦む恐怖に襲われてまた泣いた。間近に突きつけられた二つの死を一生引き摺るだろうことを思えば、真に同情すべきは彼女たちの方かもしれない。

 友人たちが恨まれる謂れはない。しかし遺族は、なぜ知世だったのか、と思わずにはいられなかった。悲しみはいずれ慣れるがやりきれなさだけは払拭しきれない。なぜ知世が――。良太は同年代の少女を見かけるたびにそう思ってしまう。悪いのは運転ミスをしたドライバーであるはずなのに、事故に至るまでの巡り合わせのどこかに責任の所在を見つけ出したくなるのだ。

 祝日に街まで出掛けなければ。

 友人たちと一緒でなければ。

 そもそもこの学園に入学しなければ。

 知世は死なずに済んだかもしれない。


「――――遺品?」

 旅人は眉を顰めた。妹が他界したことで、周囲も、旅人も、良太にはどことなく気を遣っている節があった。直接的にデリケートな問題を口にしたことで旅人はどう受け止めてよいものか量りかねていた。

「ああ。葬儀が終わった後、俺は女子寮の知世の部屋に何度か足を運んだんだ、あいつの私物を整理するために。ンでも、女子寮はなんか暗くってさ、特に一年生の子たちは結構ショック受けてて、俺が知世の部屋に頻繁に出入りしていたら気にする子も出てきそうだったんだ。大っぴらにできなかったから片付けに随分と時間掛かっちまった」

「うん。大変そうだった」

 神妙に頷いた。まだ四十九日も過ぎておらず、まして遺族を前にしているのだ、たとえ相手が良太でも一つ一つの言葉には配慮があった。

 話し方が拙かったのだろう。知世の死を悼むにしてもこの雰囲気では楽しくない。割と気楽に、普段どおりの口調を意識しつつ、続けた。

「で、知世の私物を片付け終わってから気づいたんだが、一個だけ重要なある物が見当たらなかったんだ。一旦整理した荷物を解いて探したんだけど、どこにも無かった。小さいから見落としている可能性もあるかもしんねえけど」

「見落とすくらい小さいって、それ何?」

「携帯電話に使われるメモリーカードだよ。電話帳とかメールとか撮った写真とかのデータを、本体とは別にして保存しておけるやつな。ケータイ自体は俺のモンだけど、一時、知世にメモリーカード込みで貸してたんだ。あいつケータイ持ってねえから。で、ケータイを使って何をしたかと言うと、録音だ」

「録音?」

「知世は自分の演奏を録音して、その音源データをメモリーカードに残したんだよ」

 ほれ、と持っていた楽器ケースの蓋を開けた。取り出したトランペットを見て、旅人はなぜか目を瞠った。

「旅人?」

「……いや、何でもない。そう、知世ちゃん、音楽やってたんだ」

「似合わねえだろ。しかも、超へったくそでさ! 人には聴かせられないレベル。ひっそりこそこそ練習しててよー、誰かに聴いてもらうのが恥ずかしいからってんで、演奏の出来を自分で確認するためにわざわざケータイ使って録音してたってワケ」

 本当の目的は違うのだが、嘘も方便だ。

「ところがある日、間抜けな知世は大切なメモリーカードを失くしてしまった! 誰かに拾われて再生でもされてみろ。あいつ、お空の上で顔から火ぃ吹くだろうぜ。恥ずかしい過去を晒されるんだ、死んでも死にきれねえよな。兄貴としては、まあ、妹のためにも回収してやりたい」

 これは本当。知世が録音の際に何と喋ったかは知らないが、内容自体は想像がつく。紛失したままというのは良太としても気掛かりだ。

 旅人は顎に手を添えた。

「知世ちゃん自身で隠した、あるいは廃棄した可能性は?」

「隠すのはわからんが、廃棄はありえない。元々は俺のモンだし、そんなに安いモンでもないしな。貧乏性のあいつに人の物を捨てられる度胸なんてねえよ。落としたってのが一番可能性として高いと思う」

 秘密にしたい物は、度々確認したくなるせいか、案外取り出しやすい場所に隠すものである。知世の私物をすべて漁っても出てこなかったとなると、手の届く位置、目に見える範囲にはもう無いような気がする。これは紛失したと見るべきだろう。

「落とし物か。それって、見つけ出せるのかな?」

 旅人の懸念ももっともである。いくら知世の行動範囲が狭いと言っても、隈なく捜索するとなれば学園とその周辺だけでも広すぎる。ふたりでは手に余るだろう。でも、

「たぶん、大丈夫。心当たりがあるんだ。知世が落としたかもしれない場所のな」

 それでも一人で探すには困難なので旅人に協力を仰いだ次第である。

「先に見つけた方が勝ち。敗者は勝者に私物を一つ贈呈ってことでどうよ?」

 突然の提案に、旅人は目を瞬かせた。

「どうよって、ゲームか何かかコレは?」

「俺が勝ったらおまえの腕時計を貰おう。値段は知らんがなんか高価そうだし、売ったらちょっとした小遣いくらいになるんじゃね?」

「売るなよ。まったく」

 だが、旅人は肩の力を抜いて笑った。ゲームの対象が知世の遺品だからといって気兼ねする必要はない。良太は単に「遊ぼうぜ」と誘っているにすぎないのだ。高校生活最後のお遊び。レクリエーション。思い出作り。

 楽しもう。

 思い切り。

 思い残しのないように。

「わかった。一緒に探すよ。そのゲーム、乗った」

「しゃあ! そうこなくっちゃ!」

 知世の葬儀以来、どことなくぎこちなかった空気をとりあえず払拭できたと思う。辛気臭いまま卒業してお別れなんてのはあまりにも寂しすぎる。せめて親友とは笑って再会を約束したい。このお遊びはそのための段取りの一つであり、儀式だった。

「それで? 知世ちゃんがメモリーカードを落としたかもしれない場所っていうのは?」

 早速探しに行こう、と外出の準備に取り掛かる旅人。やる気を見せてくれて非常にありがたいのだが、しかし少しだけ落ち着いてほしい。

 待ったを掛けるように手を突き出した。

「慌てるな。それを今から考えるんだから。言ったろ? 旅人にしか頼めないことがあるって」

「――――、んん?」

「場所に心当たりならある。だが、それがどこかはわからない」

「僕は良太が何を言っているのかわからないよ」

 そもそも場所に見当がついているなら旅人を訪問する前にまず自分で探しに行っている。良太は、心当たりはあっても確実な場所までは特定できていなかった。

「あいつがトランペットの練習をしていた場所がそのまま録音場所だと思う。落とす可能性があるとしたらそこだと思うんだ。心当たりっていうか推測だな」

 メモリーカードの出し入れをしていて弾みで落とすことがあるかもしれない。ただ一つ問題があるとすれば、それがどこだかわからないということだ。

「なるほどね。練習場所か。……部室棟の裏とかどうだろう? あそこ意外と静かだし」

「へえ。そうなんか。けど、どうしてそんなこと知ってんだ?」

 良太と旅人はふたりとも帰宅部である。部室棟なんかには縁もゆかりもないはずだが。

「三年生に上がったばかりの頃にね、写真部の荷物運びを手伝ったことがあったんだ。部室棟はあくまでも倉庫という感じで、それほど人気は無いんだよ」

「ああ、そういえば俺も手伝わされた。あれってたしか新入生部活勧誘週間の後片付けだったっけ。俺の方はグラウンドで野球部の道具の整備させられたわ。ったくよー、部活組は帰宅組を小間使いか何かだと思ってんだよなー」

「でも、楽しそうだったよ、みんな。活気があって」

「だな。新入生が入ってきて張り切ってたよな」

 手伝うのもやぶさかじゃない――そう思わせるくらい、部活動とは無縁の良太たちにとっても、眩しい季節だったのだ。