1


 弥生。

 今日、春いちばんが吹いたという。

 去年一昨年と名古屋以西での観測がなかったそうで、しきりに「関西に春いちばんが吹きました」とお天気ニュースは繰り返している。よほど悔しかったのだろう。

 そんなわけで、今日は風が強い。こちら鳴神小路に迷い込んだ風は出口を探して荒れ狂っている。暖簾を引っ込めた方がいいかもしれないと思い、風が揺らす格子窓へ目をやった。お向かいさんが鉢植えを避難させているところだった。そこへふっと、赤い物が横切っていった。京都の家々の軒下に佇む防火用赤バケツだ。バケツが空を飛んでいる。

 よし。暖簾回収しよう。

 格子戸に手をかけからりと引くと、ドッと風が流れ込んで奥まで走り抜けていった。暖簾が、ばたんばたん揺れている。

 鳴神小路は、東山区祇園町南側の一角にある。本来、如月小路と名がついているこの通りを私は愛情をもって鳴神小路と呼んでいる。古い、ひみつの名前だ。祇園といえば、八坂神社の門前町としておよそ四百年栄え、神社と寺と飲食店ひしめく観光地。花街。歓楽街。ずいぶん崩れた景観もあるが、京町家が軒を連ねる素敵な通りもいくつか残っている。

 鳴神小路も石畳の情緒あふれる通りのひとつ。北端には嘉永の昔から続く老舗料亭がシンボルとして立ち、バーに菓子屋やギャラリーなどがちまちまと並ぶ。こぢんまりした可愛らしい通りだ。

 平安の昔、泣く子も黙る葬送地鳥辺野へとつづく不気味な場所だったはずなのになあ。なんていうことをふと考えてしまう。

 当時は風葬に鳥葬がほとんどである。今日のように風の強い日には、風に晒された骸が粉々になって風に溶けたことだろう。その風はこのあたりもすべっていったはずなのだ。

 そんな不気味なことに思いを巡らせていたものだから、ガララッという威勢のいい音を聞くや、びくりと飛び上がってしまった。隣の戸が開いただけだったのに。

「あらっ。天草さーん。やーん。今日もハンサムですねー」

 コウモリの一匹くらいなら呼べそうな高い声で言われた。

 お隣《京飴アリス》の女主人、有栖さんである。大正浪漫な大胆柄の着物と、複雑怪奇に編んだ長い髪がトレードマークの気さくなひとだ。

「やっぱり、暖簾ですかー?」

「この風ですからねえ」

「うふふー。ですよねえー。バチンバチーンてうるさいんだもーん」

 少女のような、三十四歳既婚女性である。

 暖簾を外したところで、

「あっ。ねえねえ天草さん」

 と有栖さん。

「このあいだ、ゐかりの若大将さんと話していたんですけどー」

 ちら、と北端の老舗料亭《京懐石ゐかり》に視線を投げつつ有栖さんが言う。有栖さんと《ゐかり》の若大将は頻繁に鳴神小路井戸端会議を主催している。

「そういえば桃枝の光ちゃん、そろそろ卒業なんじゃないかしらーって」

「ええ。今月一日に」

「こっちへは帰ってこないんです? 大学も関東へ?」

「実は、今日お帰りの予定です」

「やーん。帰ってくるんですねえー。今日っ? やーんやーん。楽しみー。きっと美人さんになったでしょうねー。うふふー。光ちゃんがもう大学生? やだー。老けるはずだわー。やーんやーんやーん」

 ぺらぺらぺら、やーんやーん。と有栖さんの口からはなめらかに言葉があふれて尽きない。井戸端会議スイッチが入ってしまったのだ。このままでは昼食抜きで立ち話する羽目になる。

「はは……」

 とりあえず笑っておけば角が立たない。笑ったままで強引に会釈して引っ込んだ。

 紺地に《桃枝骨董店》が白く染め抜かれた暖簾を丁寧にくるくると巻いた。桃枝は、ここ鳴神小路に店を構えて三代目になる。店主は桃枝未之助という。御歳七十五歳のおちゃめな老人である。

 私、天草は、わけあって長年こちらでお世話になっている。店主桃枝未之助を師父と仰ぎ弟子入りした。自慢じゃないが背が高いので「蔵の整理はお前にしか任せられない」と全幅の信頼をいただいている。嬉しいことだ。


 師父には、四月から大学生になる孫娘、光お嬢さんがいる。赤ん坊の頃から師父の手ひとつで育てられたが、港町横浜の山奥、というなんだか狸に化かされたような場所に立つ全寮制の聖バルバラ女子学院で学ぶため、十一歳で京都を離れていた。

 丸い大きな目をした少女で、目尻がすこし、きゅっと吊っている。黙ってにこにこしていれば愛くるしい子供だったが、ムッとしたときは頬をぷくーと膨らませる癖があった。まるまるした白い頬にぽてっとした赤いおちょぼ口、丸く吊った目というのがどうにも、文鳥にそっくりだった。文鳥小娘などと心の内で呼んでいたことは内緒のひみつだ。

 対してお嬢さんは、私のことなど飼い犬程度に思っていたと思う。あちこち連れ回されたものだ。ふしぎと苦ではなかった。

 お嬢さんは好奇心旺盛で、それがときに悲劇を生んだ。

『かたつむり大作戦ですっ』

『は?』

『かたつむり大作戦をしますっ』

『それは……大作戦ですね』

 なんのことはない。カタツムリに塩を振ったらどうなるのかという検証だ。鳴神小路の南西端にあるレトロな廃墟《鳴神アパァト》の草むらをのんきに這っていたカタツムリは、お嬢さんの目に留まったがためにあえなく醜い泡ぶくとなった。南無。

 お嬢さんはわんわん泣いた。この世の終わりのように泣きつづけた。自分が殺したカタツムリのおばけに怯えた。以来お嬢さんは虫が嫌いだ。無論、カタツムリは虫ではない。実に理不尽なことだ。

『かたつむりこわいです』

 と言うので一緒に寝てやったのも私だ。

『かみなりこわいです』

 と言って布団に潜り込んできたこともある。懐かしい。

 そのお嬢さんが今日、帰ってくる。


「なんで今の今になって言うんです……ッ」

 お嬢さんは4時半に京都駅に着く。久しぶりだから歩いて町を眺めつつ帰ろうと思うの、と連絡があった。帰宅は5時から5時半くらいになるだろう。それに合わせて予定を立てていたのに、いきなり崩されてしまった。

 いやな痛みが背中に走る。

「なんでって、おまえ、光が帰ってくるんやもん」

 優雅に食後の茶などすすりながら、師父が言う。上品な面長の細面が今ほど憎たらしかったことはない。福毛だと言って師父が大事に大事に生やしている真っ白の顎髭をちょん切ってやりたくなる。

 そんなおちゃめな師父が急に思い立って、『そうだ、模様替えしよう』と宣言したのは昼食の途中だった。

 なんのコマーシャルだそれは。と思ったが、師父はお構いなしにあのカップボードをこっち、そのライティングビューローはこっち、テレビは、本棚は、と食事を終えぬうちから指示を出してきたのだからさあ大変。

 師父は御歳七十五歳の御老体。運ぶのはもちろん私だ。

 これがせめて朝だったなら、《ゐかり》に住み込みで働く若者をちょっと借りることができたし、運が良ければお隣《京飴アリス》の有栖さんのマッチョな御主人が飴工場から納品に来ていたりして助っ人を頼めたかもしれない。しかし今はランチどき。孤独な戦いとなった。

「だから、もっと前に言ってくだされば」

「だいじょぶだいじょぶ。いけるいける」

 いい気なもんである。

 職人の誇りをかけて製作されたアンティーク家具は美しい。その美しさを愛している。とはいえ、重いのだ。残念なことにその重さをも愛おしく思う領域には到達していない。豊満なボディを好むひとが必ずしもその体で圧死したいとは思わないのと同じように。

 家具を新しい配置につけたあと、腰を労わる暇も与えられず夕食の買い出しへと行かされた。

『早く行かないと、目ぼしい肉がなくなっちゃうよ』

 などど顎髭をねじりながら言われた。

 お嬢さんが帰ってくるから、御馳走の出番というわけだ。御馳走といえば、すき焼きに決まっている。


 特別な日には、京都人は三嶋亭の牛肉を選ぶ。大みそかには行列ができる。大丸にも髙島屋にも店舗があるが、せっかくだから三条寺町の本店へゆく。

 年々傾いていっているような気がしないでもない趣ある木造建築が三嶋亭の目印だ。奮発して百グラム二千円の高級肉を買った。これは私の腰への慰謝料を含んでいる。

 寺町通商店街を南下して向かう先は藤井大丸地下、生鮮食品売り場タベルト。野菜と果物はここが豊富で面白い。売り場は狭いが、新種や輸入物があふれる。葱、春菊、平茸など見繕い、苺の好きなお嬢さんのために《ひのしずく》というのを買ってみた。どんな味か知らないが、一番赤くておいしそうだった。

 タベルトから四条通地下通路へと出、そのまま地下をゆく。地下は混雑も信号もないので楽だ。しかし空気はまずい。

 河原町通で地上へ出た。ひとの多い四条大橋は渡りたくないので河原町通を南下してから東へと折れる。急に人波が途切れるからふしぎだ。

 瀬の浅い高瀬川を渡る。細かく波打つ水面がきらきら太陽をはじいて眩しい。木屋町通に沿って流れる高瀬川は、江戸のはじめに開削された運河だった。京と伏見とを結び、資材を運んだ。伏見稲荷大社の初午詣へゆく人々も運んだし、島流しの罪人も大阪まで運んだ。今では葉っぱがしずしずと運ばれるくらいだ。

 更に東へ進んで、団栗橋。下は鴨川が広くゆったり流れている。上では風が猛威をふるっているけれど。鴨川は意外に澄んで、銀色の魚が動くのが橋の上からでも見える。風に髪をいたぶられつつ鴨川を渡りきると、祇園だ。

 そのまままっすぐ進むと花見小路に出る。祇園の賑わいがそこにあった。花見小路は京都市でいち早く無電柱化された通りだ。道幅も広く、眺めがいい。ずらりと町家が軒を連ねるこの通りには、着物が似合う。揃って着物で決めたカップルが前をゆく。花見小路を南下すると、建仁寺北門で行き止まりだ。カップルは笑い合いながらそこをくぐっていった。門から垂れる幕が、強風にあおられてパタパタ鳴っている。

 建仁寺といえば、お嬢さんが子供の頃、托鉢に出発する雲水さんの後をつける、というろくでもない遊びに興じていたことがある。手を引かれて朝っぱらから付き合わされたのが他でもない私だ。

 隠れんぼの集合場所もここだった。鬼になって、私を見つけられないと必ずここに立ち、頬をぷくーとやっていた。あんまり可愛らしいので遠巻きに眺めて笑っていたものだ。というと変態のようではないか。誤解だ。

 思い出を拾いつつ、安井北門通へ折れて東へ進む。この通りは、東大路へと通じるゆるいゆるい坂になっている。隠れんぼのあとお嬢さんをおぶって歩いた。お嬢さんが私におぶられることは、もうないだろう。

 東大路の手前およそ百メートルというところで交差する御陵前通を北に曲がる。歌舞練場の裏手にあたり、悲劇の帝、崇徳天皇の御廟がある。この御廟のちょうど向かいから東へ伸びるのが、万寿通小路。万寿通小路を東に入ってすぐの角が鳴神小路への入り口だ。

 なんのかんので、店に戻るともう4時だった。あたりが薄暗くなり始めている。すこし早いが露地行灯を灯してしまおうとしゃがんだところで、

「どーも」

 と野太い声が降ってきた。

 しゃがんだまま振り仰ぐと、見なれた男が二人立っている。

「あんた、いつもそんな顔で商売するかね?」

 よっぽどうんざりしているのが顔に出てしまったのだろう。腕組みして言われてしまった。

「……逆光が眩しくてつい目を細めてしまいました」

 どうも申し訳ありません、と思わず謝ってしまう。

 そういう目に見えぬ何かを漲らせているのが礼田刑事。その後ろで生えたての竹の子のような頭をぽりぽり掻いているのが安東刑事である。

「もう日は暮れとるだろうが」

「後光が……」

 これ以上の言い訳はまずいと思い直し、

「どうも申し訳ありません」

 また謝ってしまう。

 露地行灯を灯す手を止めて立ち上がると、礼田刑事が顎をしゃくった。入れ、という意味であるらしい。格子戸を開け、どうぞと言った。礼田刑事はきちんと会釈して入った。礼儀があるんだか、ないんだか。

「今日はどういった御用件でしょう?」

 自分でびっくりするほど声に刺があった。礼田刑事に睨まれてしまう。

 だって、もうすぐお嬢さんが帰ってくる。招かれざる客とはこのことだ。

「店主はどうしたね。店にいないとはめずらしい」

 飾り棚が不規則に並ぶ店内の奥に視線を投げて礼田刑事は言った。いつもならそこの書きもの机の前に、店主、桃枝未之助がちょこんと座っているのだ。

 住居スペースと店とを隔てる暖簾を払ってみると、奥に草履が見えた。

「お客様がお見えですので」

「客の対応はそこの応接間だろう、ふつう」

 礼田刑事が、じろ、と書きもの机の隣、透かし彫りの衝立に一瞥をくれる。衝立の奥は仰る通り応接間となっている。なんでもご存知なのだ。

「柳浦先生がお見えなのです」

 草履の主である。

「なんだ。じいさん二人で花札か」

 その通りではあるが、遊び呆けているかのように言われては気分が悪い。しかし相手が悪い。はは、と笑って頭を掻く。

 沈黙を守っていた竹の子頭の安東刑事が「ははっ。花咲かじいさん。おっと。失礼」などと一人芝居。

「店主がおらんと話にならんから呼んでくれ」

「畏まりました」

 畏まって一礼し、その場を退出した。やれやれ。

 訪問の理由はわかっている。どうせまた窃盗事件でも起きたのだろう。古物商と窃盗とは切っても切れない固く結ばれた仲なのだ。先月も、盗品を売ってはないかと抜き打ち検査に来た。盗っ人はいねがー。なまはげのようだ。

 礼田刑事に悟られぬよう、小さく小さくため息をつきながら店と住居とを隔てる暖簾をくぐった。

 桃枝骨董店は京町家である。リノベーション済みだが基本的な構造は変わっていない。

 本来玄関の戸を開けると、通り庭という土間が奥まで延びている。部屋はその横に縦一列に並ぶ。通りに面した方から順に、見世の間(店)、ダイドコ(居間)、奥の間だ。間口が広ければ二列に並ぶ。もっと立派なところでは表屋造となり、店に一棟、住居に一棟、と棟が分かれる。

 桃枝骨董店は一般的な一列三室型の造りである。通りに面した見世の間の横に延びる土間を見世庭という。通り庭の一部だ。この見世の間と見世庭を一緒くたの総土間に改装した。お客様は靴のまま見て回れるというわけだ。

 仕切りの暖簾の先には冷蔵庫にコンロなどが並ぶ。炊事場だ。今でも炊事場のことをハシリと呼ぶひとがいる。ハシリに延びる土間を走り庭という。冷蔵庫に肉を入れて、走り庭を小走りでゆく。走り庭の上は火袋といって吹き抜けになっている。熱気や煙を流すだけでなく、竈の火が移って火事になっても火が上へ逃げられる造りだ。延焼をいくらか防ぐことができる。幾度となく大火に泣いた京都のささやかな知恵だ。

 突き当たりで靴を脱ぎ、戸を引くと縁側に出る。直進すれば右手に風呂、トイレなどがある。硝子障子の向こうはちんまりした坪庭が静かに佇む。閉じ込められた坪庭は、通りで荒れ狂う風がまやかしのように、凪いでいる。しゃらしゃら微かな笹の葉の音が心地よい。ずっと聞いていたいほどだが、そういうわけにはいかない。

 左へ折れて奥の間の障子を前に膝をつき、

「天草です」

 と声をかけた。返事はない。

 気を取り直し、大きくコンと咳払いした。

「師父。礼田刑事と安東刑事がお見えです」

「やだ。あとちょっとだけ」

「だめです」

 ぶー、という子供じみた音が障子の奥から聞こえた。

 ややあって出てきた師父は、負けていたのだろうなと察するに十分の顔をしていた。うさぎのように口をもごもごさせながら真っ白の顎髭をびよびよ引っ張っている。不機嫌のときの癖だ。お相手をしていた柳浦先生は、得意げに薄い頭を撫で凱旋パレードかのように威風堂々とお出ましになった。足袋をはいた足が刻む足音も、どや!どや!と聞こえるほど勝ち誇っている。この御歳七十五歳コンビ、揃って大人げない。

 師父を先頭にしてぞろぞろと見世へ出てみれば、礼田・安東両刑事が応接間の椅子にかけて待っていた。お通しした覚えはないのだけれど。

 応接間の椅子は四つだ。二つには刑事二人が座り、一つは店主の師父が座る。そして最後の一つに、当たり前の顔をして柳浦先生が座ったので、居場所がない。仕方がないからハシリへ下がってお茶を淹れることにした。

 お茶菓子まで用意して、応接間へ戻る。

「焙じ茶です」

「こりゃどうも」

 お茶菓子はいただき物、俵屋吉富の《洛中一富くいも》。らくちゅういっぷくいも、と読む。薄皮で芋餡を包んだ和菓子で春と秋の季節限定商品だそうだ。

 俵屋吉富といえば本店を相国寺のすぐそばに構え、御用を担う老舗。相国寺はかの水墨画家、雪舟が修業した寺としても有名である。

 という説明を律儀にしたのだが、礼田刑事はすいっと小皿を脇にやり、手をつけるつもりはないと意思表示した。

「えぇっ……」

 小さく安東刑事がつぶやいた。餌を前に「待て」の号令がかかった犬の顔になる。

 かわいそうな安東刑事の向かいに座る柳浦先生が、お構いなしに手を伸ばし、

「やァ、これおいしいんですわ」

 いじわるをなさる。

 柳浦辰寿先生という人、師父の友人であり焼き物コレクター(柘榴が描かれた柘榴文に目がない)という大事なお客様であり、そして本業は観世流シテ方能楽師という変わり種。能楽師と聞いて思い浮かべる荘厳さといったものからは対極にあり、いつも冗談ばかり言っている。そのせいかしらないが、未婚でいらっしゃる。

「十三里のお菓子では一番ちゃいますやろか。いやァ、おいしい」

「じゅうさんり、ってなんですかっ」

 食べられない安東刑事が噛みついた。

「お芋さんのこと、栗よりうまい、言いますねや」

 くりより、を九里四里と当て字し、足して十三里。と説明なさったが、安東刑事は首を傾げている。栗よりうまいと言われる以前は、栗には及ばぬ八里半とも言われたそうだ。お江戸の駄洒落文化である。

「おい。あんたも目を通しておいてくれ」

 礼田刑事が節くれだった指でテーブルをトントン叩いた。テーブルにはぽんと書類が置いてある。物品の手配書《品触れ》だ。失礼、と一言入れて手に取る。

 大きくブロック体で《重要品触れ》とある。なんらかの事件に絡む被害品ということだ。《特別重要品触れ》の場合は強盗殺人事件などだという。今度はいったい何が起きたのだろうか。

「ひったくりですか?」

「空き巣」

 ぶすっと礼田刑事が言った。

 今回の品触れには、プラチナ台エメラルドの指輪九号、ダイヤのテニスブレスレット、シリアルナンバー入りオメガの腕時計、などなど。きらびやかなものばかりがリストアップされている。

 桃枝骨董店が主に扱うのは、焼き物と古銭。それに金工、刀装具。象牙や鼈甲なんかも扱う。店にはちゃんと《特定国際種事業者》ステッカーも貼っている。それからばらばらと各種工芸品。

 今回のリストの中に桃枝で扱っているものはない。

「うちでは扱いませんねえ。お役には立てないかと」

「でも犯人って売りたくて売りたくてーなんですよぉ。桃枝さんは見た目がやさしいから、このひとなら買ってくれるかもーって来るかもしれません。おじいちゃん子の犯人とか」

 と安東刑事。窃盗犯の描写とは思えないほどほのぼのしている。

 ともかく、店で扱う品物がなくとも、品触れは古物営業法により六ヶ月間保管しなければならない決まりだ。

 師父が頷くような礼をした。

「ほな、注意しておきましょう」

「三月入って、卒業した学生らなんか暇でたまらんようでね。空き巣に万引き、増えとるんです。東山区は高齢者の割合がいちばん高いもんで、狙われやすいんですわ。桃枝さんも注意してくださいよ。これだけ物があったら、一つ万引きされても気づかない、なんていうこともあるでしょう。せっかく天草君みたいな若い青年がいるんですから、毎日隅々まで点検してください」

 こういった注意喚起の目的もあって、礼田刑事たちは店々を回ってくる。

「一見さんには向こうから遠慮される店ですさかい」

「たしかに入りにくいですよぉ。今日なんて暖簾もないから店だか家だかわかんないし、窓だって格子はまってるからちょっとしか見えなくて怪しい雰囲気だし。どうにかした方がいいんじゃないですか? お客さん来なくてやっていけてるんですか?」

 余計なお世話である。

 これでも通りから見えるように窓の方へ向けてディスプレイしているし、それなりに気を使っているのだ。

「おわーっとぉ!」

 余計なお世話のバチが当たったか、安東刑事が派手にお茶をこぼしてしまった。ズボンにしみが広がっていく。やれ世話の焼ける。

「若いひとは、元気があってええですなあ」

 師父がにこにこと手ぬぐいを渡した。元気とは、やかましいという意味の京言葉だ。あながち嘘でもない。

「元気だけが取り柄で……。湯呑、割れてないと思いますけど……すみません」

 太股をごしごし拭く安東刑事に、

「いえいえ。器の機嫌が悪いんでしょう」

 とっておきの皮肉を言った。柳浦先生も薄い頭を撫でながらにやにやしている。これが京都人というものだ。

 お愛想程度の世間話が尽きると、礼田・安東両刑事は次の店を回ると言って席を立った。礼田刑事はお茶にさえ手をつけなかった。いつものことではあるが、なんとなく悔しい。

 ともかく、お見送りについてゆく。

「あっ、そうだ。光ちゃん、もう大学生じゃないですか?」

 格子戸を出たところで安東刑事が踵を返して言った。

「ええ。今月一日、無事に卒業されました」

「じゃ、じゃ、」

 馬、とつなげたくなる。

「じゃっ、京都に帰ってきますかね?」

「ええ。寒梅女子大学へ進学なさいますから」

 上京区にあるお嬢さん大学である。通称、梅女。

「かっ、帰ってくるんですねええ!」

「あほうっ、行くぞ」

 スパンと小気味いい音を竹の子頭が鳴らし、礼田刑事にしょっ引かれるようにして安東刑事は遠ざかっていった。東山区の治安は大丈夫だろうか。やれやれ。

 さてこれでようやく灯し損ねた露地行灯を灯せる。

 細く短い隠れ道、鳴神小路には端っこにしか街灯がない。そこで鳴神小路に軒を連ねる店々はそれぞれ露地行灯を出して小路を照らす。統一した方が見た目によろしかろうということで、お揃いのきりっとした四角錐台だ。石畳によく似合う。石畳に延びる灯は、見飽きることがない。美しい。

 しゃがんでスイッチを入れると《桃枝骨董店》の躍るような筆文字がゆらりと浮かんだ。


「天草」

 ふいにかけられた声に、思わず、顔を上げた。

 東山を滑るように吹き下ろす風が、目前に立つ女性の黒髪をはらはら揺らす。肩上で切り揃えた髪を華奢な指で耳にかけながら、彼女はこちらを見上げた。目尻がきゅっと上がった鈴張りの目をぱちぱち瞬かせる。

「お、お嬢さん……!」

 もはや幼い少女ではないお嬢さんが、そこにいた。

 裾に向かって広がった濃紺のノーカラーコートからブラウスの大ぶりな白い襟を出して着こなしている。コートに合わせた濃紺のベレー帽。まっすぐな脚には白いタイツ。服装は子供服か制服のようだ。

「ばかっ」

「ばか!?」

 いきなり浴びせられた罵声に驚いてのけ反ってしまった。すると自然、どしんと尻をついて座る形になった。はずかしい。

 尻をついたままの私を無視して、お嬢さんはカラリと戸を開けた。

「おじいさん、ただいま帰りました」

 かくして、お嬢さんは生まれ育った鳴神小路、桃枝骨董店へとお戻りになったのである。