『皆さん、ご無事ですか』

 大画面方向から甲高い声が聞こえた。それでも、福永は画面を見なかった。他のメンバーも同様に視線を逸らしている。ご無事なわけないだろ……。

「……黒い?」

 ひとりだけ画面を凝視していた藍が目を見張っている。

「福永先輩、画面を見てください」

 いぶかしげに顔を上げた福永の目に飛び込んできたのは、黒い色をした兎だった。いつの間にか画面が真っ白くなっており、その中に黒い兎が座っている。

『皆さん、初めまして』

 黒い兎がぴょこんと頭を下げた。画面の違和感に、徐々にメンバーたちの視線が集まる。アニメ調にデフォルメされた黒ウサギは、ぴょこんと耳を動かしこちらに赤い瞳を向けている。

『私……お礼に来たんです。罠にかかった私を助けてくれましたよね。誰だったかよく憶えていないのですが、確かにあなたたちの中の誰かです。罠にかかって怪我した足が治ったので、改めて恩返しをしたいと思ったのです。そしてこの部屋にやってきました』

「白いのと同じことを言ってやがる」

 松浦は画面に目を向けることなく吐き捨てる。

「……違う。白とは違う」

 立ちあがった福永は画面に近づいた。

『警告に来たのです。この部屋にいては危ないと』

「やっぱり、部屋って言ってますね」

 隣で画面を見つめる藍が言った。黒ウサギは、ここを村でなく部屋と言ったのだ。

『あなたたちは利用されています。密室に閉じこめられ、死を賭けたゲームを強制されています』

 福永は顔をしかめた。黒ウサギはこのリアルな状況を説明していた。強制的に村人を演じさせていたラビットとは違う。他のメンバーも、そんな黒ウサギが映る画面に目を向けた。

『こういった噂を知ってますか? 自殺志願者を集めてゲームをさせるんです。それも、死のペナルティがあるゲームです。それをコーディネートする集団も存在するのです』

「自殺志願者のゲームだと?」

 福永はつぶやいた。この黒ウサギは何を言っているのだ?

『そうです、この密室でそのゲームが行われているのです。死の映像を作るためにあなたたちは閉じこめられたのです……』

 冷や汗が首を伝って流れていく。……死の映像。

 それが目的なのか? 娯楽として映像が求められているのか? そして、集団とはなんだ? 暴力団関係だろうか。

 確かに裏の映像はよくある話だ。薬や闇スロットや風俗の規制が厳しくなり、一時期裏DVDに暴力団関係者が流れ、ネットやポスティング広告を通じて異常に大量の裏DVDが流通したことがある。これは松浦から聞いたことなのだが、ネットの各所に裏DVDの映像カットを貼りつけるのだ。ユーザーはその映像を拡大し、画面の端に小さく表記されたアドレスに連絡するという、そんな手法もあるらしい。

 この状況は、その延長だとでもいうのか。SMやスカトロ、児童ポルノでは飽きたらず、死という禁断のテーマに手を伸ばしたのか。裏DVDもリアルなレイプもの、小学生の幼女ものなど反吐の出るほどの映像が求められ、さらに際限なくエスカレートする娯楽映像……。

『メンバー集めはそれほど難しくなかったらしいですよ。ほら、今でもネットでは一緒に自殺する人間を募っている掲示板がありますよね。ちょっと前は、それがファッションのごとく流行ってましたから。そして、どうせ死ぬ気の人間ですから……』

 黒ウサギは表情すら変えずに淡々と語っている。

『最初は自殺をする過程を隠し撮りするだけのおしとやかな映像だったようです。それらの映像は当初流行りましたが、すぐに飽きられてしまいました。広くそんな映像を売ろうとすると、映像に制限もかけねばなりませんから、さらに刺激が薄まります。ですから、薄利多売の方針にストップをかけることになりました……』

 福永たちは黒ウサギの言葉を棒立ちになって聞いていた。

 黒ウサギの説明は続いている。娯楽映像は刺激を求めてエスカレートを続けた。ただのドキュメントに娯楽エッセンスを入れ始め、ストーリー性やゲーム性を入れた映像が作られる。

 また、買い手のほうも厳重に制限がかけられることになった。専用再生機などのハードの制限はもちろん、買い手の選別も慎重に行われた。

『映像の作り手に罪悪感がなかったわけではありません。ですから、それにあたって、いくつかの厳格なルールを自らに課したのです。そのルールはフェアであること、です』

 これが公平だと? 福永は隣に立つ藍と顔を見合わせた。

『まず、噓は言わないということです。作り手と自殺志願者とが交わす言葉はフェアであります。例えば、生き残ることができると言われればそれは真実であり、魔物が潜んでいると言われれば、またそれも真実であるのです』

 背筋がぞくりとした。黒ウサギが語っているという形だが、これは明確なメッセージだった。福永たちを密室に閉じこめた人間の言葉だ。

『言葉だけでは信憑性が薄いので、これを見てください……』

 画面に映ったのは週刊誌や新聞の切り抜きだった。それは集団自殺の事件を取り上げたものだった。

「知ってる。この事件は見たことがある。一人だけ死ねなかったやつがいて、ネットで実名と顔が出回ったやつだ。学校の同級生が写真を流出させたから、ネットで祭りになったんだよ。確か女子高生で……」

 つぶやいたのは松浦だった。

 さらに映像が切り替わり、どこだか薄暗い場所で数人の男女が集まっているシーンになった。最初はそれがなんであるかわからなかったが、すぐに気づく。この映像は、福永たちと同じ状況を映しているのだ。

 固まるメンバーの前で、映像はダイジェストで流れ続ける。切り貼りの映像でストーリーはわからないが、画面の向こうで混乱している男女の姿は、まるでこれまでの福永たちのようだった。そして、彼らの死ぬシーンも一瞬だけ映り画面が切り替わる。最後のシーンで映ったのは外だった。

 そのシーンは遠目で学校の校門を映していた。放課後の学校だろうか。ブレザーの制服を着た数人の女子生徒が校門から出てくるシーンで映像が停止する。

 再び画面は黒ウサギだけとなった。そんな画面を福永は見つめ続ける。先ほどの最後の映像で、女子生徒の中にいたひとりは、あの生き残りであったことに気づいていた。

『悪い結果だけではないのです。自殺志願者の彼女は、ああして社会復帰しました。現在は女子大に進んだようです。そして、彼女には多額の賞金を支払いました。それも、社会復帰の助けになったようです。あれ、賞金に興味がおありでしょうか?』

 黒ウサギは首を傾げてみせた。誰も反応していなかったが、妙な空気が場に流れた。

 賞金だと? なんの話をしているのだ。いつの間にか密室に閉じこめられていた自分たちは、なんの話を聞いている?

『賞金の受け渡しは、ほとんどのパターンが宝の地図です。賞金を埋めた場所を示した地図が渡されるのです。ラリー要素を含んだものとなっており、結構楽しい感じですよ』

 メンバーの不穏な空気をよそに、黒ウサギは淡々と説明を続ける。画面には地図らしきものが映り、そして箱に入れられる札束も映った。箱はどこか林のような場所に埋められる……。

 その額、一千万ほどだった。メンバーは画面を凝視している。賞金に目を惹かれた訳ではなかった。黒ウサギの意図を測りかねている。

「口止め料、か?」

 つぶやいたのは小泉だった。その意味もあるかもしれない。生き残った彼女への口止め料。

 藍がちらりと福永を見た。藍も福永と同じことを思っている。これは、ゲームの賞金なのだ。ゲームにおけるアメとムチ。鞭はすでに存在した。この密室での死のペナルティだ。メンバーたちは死の恐怖に押しだされるように行動し続けてここまできた。しかし、それも限界だった。精神状態は臨界点に達し、こぼれる寸前のコップの水のような状態となっていた。

 そして、このタイミングで飴が提示されたのだ。その飴の内容は、約一千万の賞金ではない。勝者は生きて出られるという確約だった。メンバーたちが何よりも欲した生存確約。

 福永はずっと考えていたのだ。このゲームを続け勝利したとしても、果たして生き残れるのか、と。この状況をセッティングした側からすると、どのような結末になろうとも最後には全員殺して処理をするのが一番安全であるはずだ。

 そんな絶望的な思考に陥ると、密室の人間は自暴自棄になる。ゲームは崩壊する。だから、こうして現実的な要素を織り交ぜて説明することになった。

 同時にこの時点で、この不可解な出来事の全貌が判明してしまった。

 ──これはゲームなのだ。

 そして、福永たちはゲームのプレイヤーだった。ゲームのプレイヤーというより、観客を楽しませる演者だろうか。今まで恐怖に怯えていた自分たちの姿は、エンターテインメント作品として配信されるのだ。

 画面では賞金を探しだした女子生徒のカットが映っている。彼女は賞金を手にしてどう思っただろうか。それを証拠として、残酷な出来事を告発する行動に出なかったのか。

 告発はしない。福永はそう思った。先ほど見た映像は、ダイジェストなので詳細はつかめなかった。しかし、この福永たちの現状と酷似しているはずだ。冷酷な行動を求められ、感情を削り取られる密室の時間。つまり、生き残った彼女は冷たい判断をするだろう。沈黙して金を受け取ることが最善だと理解するはずだ。

 福永でさえも、彼女の立場だったらそうするはずだ。生き残ったとしても、この密室で自分の取った残酷な行動を世間に晒すことはできない。集団自殺の生き残り、との汚名のほうがまだマシだ。

『この一件だけでは信用性が乏しいので、他のケースも簡単に紹介します』

 黒ウサギが言い、画面にはさらに別のネット情報や、週刊誌の切り抜きが映る。あの女子生徒と同じく、集団自殺のニュースだった。そして、その中にいる生き残り。生き残った人間は、もともと自殺志願者ではなくだまされて連れてこられた、強要された、などの理由が付加されている。

 このルールはフェアなのでは?

 福永はそう思った。思わせる状況証拠があった。

『このような映像を撮ることで、幸せになる人がたくさんいるのです。現在は人間を輪切りにするような単純な作品では満たされませんから』

 さらに、様々なケースが紹介されたあと、真っ白だった画面がふっとグレー一色に染まった。

『あとですね、もっと重要な情報をあなた方に伝えにきたのです』