両開きの扉を開けると、トラマンテ通りに重たい雪が舞い落ち始めていた。

 溜め息を一つついて、僕は外套のフードを頭の上に引き上げると、そのまま通りに足を踏み出す。

 ディランの帰還からまだ三日しか経っていないが、すでに傭兵ギルド【スカイシールド】はいつもの落ち着きを取り戻し、お祭り騒ぎの余韻さえ見られなかった。

 トラマンテ通りの西の端に位置するギルドから出た僕は、東に足を向ける。

 ギルドはいつもの様子に戻っていたが、通りは日に日に誕生祭の飾り付けが増え、祭りの雰囲気を盛り上げていた。

 しかし、僕の足が重たいのは、早くもズボンの裾が濡れ始めたからではないだろう。

 せめて、抜けるような青空ならば、こんな気分を少しは和らげてくれただろうか? なんて、考えても仕方のない事を考えながら、いつも不思議と小綺麗に整っている路地に入る。

 そこで、僕は「ふぅ」と息を吐きだした。周りには誰もいない。

 あの店に入る前に、少しでも気持ちに整理をつけておきたかったのだ。だが、そうそう上手くいくものではないだろう。

 両側に犇めく建物に圧迫されるように、僕の心臓が小さく軋むような気さえする。

 シャインの防具を持って帰った時のような、張り裂けそうな気持ちじゃない。

 だけど、どうにもならないモヤモヤとした気持ちが、僕の心を灰色の空のように覆い隠してしまっている。

 重たい澱のような気持ちの元凶は、両手に持った荷物でも、旅で抱えてきた思い出でもない。それは、生まれて今までの僕自身。

 どうしたって、逃げようがない。

 そこまで考えたところで、もう見過す事のなくなった細くて急な階段に足を掛ける。薄く雪が積もった階段を踏み外さないようにゆっくりと降りて、フードを外す。

 ぼたぼたと雫が垂れて、濡れていなかった石畳に黒い染みをいくつも作った。

 目の前には、[防具全般取扱店 シャイニーテラス]の看板が、今日も商売意識の欠片も無く傾いて掛かっている。

 その傾いた看板を見ながら、もう一度深呼吸をして、大陸の神アルマハトが彫り込まれた立派な扉を押し開けた。


 カラン。

 軽いドアベルの音を響かせながら店内に入ると、いつもより少し暖かい空気が一斉に外へ逃げ出そうとする。

 それを防ぐようにすぐにドアを閉め、店内を見渡すが、ソラの姿は見当たらない。

 室温が高い事から察するに、今日も作業場の炉に火を入れているのだろう。

 窓が一つも無い店内。所狭しと並べられた防具。店の一番奥に鎮座する大きな柱時計。カウンターに置かれた分厚い台帳。その向こうの壁に貼られた、沢山の小さな紙と、それに書かれた沢山の名前。そして、それらを照らす人工的な灯り。

 もう、ずいぶんと見慣れた景色だ。

「……雪、降り出したのね」

 小さく、でもよく通る声にカウンターの向こうを見ると、奥から出てきたソラが僕を見ていた。

「……えぇ、見事に降られてしまいました」

 苦笑を浮かべて肩を竦めると、ソラは小さく頷いて「ちょっと待ってて」とまた店の奥に入ってしまう。

 濡れた外套を扉の近くに佇んでいる全身鎧に掛けると──ソラはいつもその鎧に掛けてと言ってくる──すぐに店の奥からソラが出てきた。

 手には少し大きめのタオルが一つ。それを無言で僕に差し出してくれたので、「ありがとうございます」とお礼を言って受け取った。

 僕の言葉に、また一つ頷いてから、ソラは再び店の奥に入っていく。

 きっと、今度はお茶を淹れに行ったのだろう。

 ソラから受け取ったタオルで濡れた手と顔を拭いて、いつのも席に腰を掛ける。足が濡れているのは、仕方ないので諦めるが、やっぱり少し気持ちが悪かった。

 こんな日に飲むお茶は、少しでも心が落ち着くカモミールが良い。そんな事をふと思い、すぐに後悔した。

 こういう事を考えるから、やっぱり僕は〝元〟貴族なのだろう。

 市井で生活している人達が考えるお茶とは、銘柄や生産地に拘るものではない。

 カチカチと茶器の音が聞こえてきて、そしてソラが現れる。そして、ソラの持っているポットから立ち上る香りに、一人苦笑を浮かべてしまう。

「……?」

 小さく首を傾げるソラに、片手を振って謝罪をしながら「今日はカモミールが飲みたいと思っていたところなんです」と答えた。

「……そう」

 僕の言葉に一瞬間を開けて頷いたソラの表情は、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。

 カウンターに茶器を置いて、僕のカップに注がれた液体は、透き通る若草色。

「なら、良かった」

 鼻に抜けるような爽やかな香りと共に差し出された僕用のティーカップには、カモミールティーが注がれている。

「……少し、元気が無いみたいだったから」

 目を伏せて、自分のカップにもお茶を注ぐソラに、「ありがとうございます」とまた苦笑を浮かべながら礼を言った。それに、ソラはまた黙って頷く。そして、彼女はシュガーポットから一欠け取り出して、自分のカップに沈める。

 その間、僕らを包んでいたのは、心地よいカモミールの香りと、小さな時計の音。後はソラがカップをかき混ぜる音だけ。

 僕は、砂糖も入れずにカップを持って、少しだけ口に含んだ。

 まるで、草原で寝転んでいるみたいな独特の香りは、僕の気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。

「……それで」

 聞こえた声に顔を上げる。

「どうしたの?」

 ソラの言葉は、やはり急かすでもなく。ゆっくりと僕に投げられた。

 これでは、どんな旅人でも、彼女に旅の思い出を聞かせたくなるだろう。

 僕はカップをソーサーの上に戻して、少しだけ重たい口を開く。

「任務の要請がありました」

 ソラは、しばらく僕の事を見ていた。

 僕は、ソラを真っ直ぐに見る事は出来なくて、彼女の手元──カモミールの注がれたティーカップを見る。

「……浮かない、顔ね。あまり嬉しくない任務なの?」

 その言葉に僕は頷いて、また苦笑を浮かべる。

 ソラに話を聞いて欲しいのに、ソラには知られたくない。

 そんな不思議な気分だ。

 だけど、僕はやっぱりソラに話を聞いて欲しくて。そして、何か言葉を掛けて欲しくて、たった一時間前の事を思い出す。

「昼前に、急に呼び出しがかかったんです。それもラヴィアンさんから、直々に。だから、僕は慌てて家を飛び出して、ギルドに向かいました」

 首領自らの呼び出しという事は、雑用や軽い任務ではない。それは、駆け出しの傭兵である僕にとって、ちょっとした光栄だった。

「何か、大きな事を任されるのかもしれない。そんな事を考えると、自然に歩く速度は速くなって、僕は息を切らせてスカイシールドの事務所へ駆けこみました。すると、すぐにラヴィアンさんの執務室に通されて、こう言われたんです」

 僕の苦い顔に、ソラが少しだけ眉を顰めた。僕の所属するギルドの首領であるラヴィアン・オムは、彼女にとっては第二の父のような存在。

 彼は、僕に何の考えも無しに酷い事を言う人じゃない。

 それを彼女も、十分に分かっている。

「ファウリング・エクルース伯爵は知っているか? ラヴィアンさんは、僕にそう聞いたんです。正直、すごく驚きました。エクルース家は代々、国の貨幣を担う名家で、ファウリング氏はその現当主です。貴族なら誰でも知っている人物。いえ、きっと国相手に商売をするような商人でも、その名は知っているでしょう。そんな人物の名を、傭兵になった僕がいきなり聞かれて驚かない筈ないです」

 僕の生家は、国の軍部を大きく任されている。貨幣を取り扱うエクルース家とは直接関わり合いは無かったが、確か晩餐会で僕も何度かファウリング氏を見かけている。家としての位も、たぶん同等だろう。

 だけど、そんな貴族同士の力関係など、ソラには伝えたくなかった。だから、僕はそのまま話を進める。

「頷いた僕に、職務机に座ったラヴィアンさんは言葉を選びながら、でもハッキリとした声でこう告げました。ファウリング・エクルース氏から、僕を名指しした任務依頼があった、と。正直、オレルの村の一件で、僕の正体はある程度の人にバレてしまっただろうな、とは思っていたんですけどね。まさか、こんなすぐに依頼が来るなんて思ってもみませんでした」

 しかも、かなりの名家からの依頼。スカイシールドとしては受けたい仕事だろう。

 だけど、僕はいつかこんな日が来たら、こう言おうと決めていた。

「その依頼、断る事は出来ますか? そう、ラヴィアンさんに聞いたんです。僕は、貴族の地位を棄てました。自分の勝手な理由で棄てたんです。でも、その地位を今更使ったら、なんだか棄てきれていないみたいじゃないですか。そして、ラヴィアンさんも、僕のそんな考えを予想していたんでしょうね。一つ頷いて、僕に椅子を勧めてくれました」

 ラヴィアンさんの執務室には応接用のソファーセットが置かれている。そこは依頼主との交渉の際に使われるのだが、先輩達から「重要な話をされる時はあの椅子に座らされる」と日々囁かれていた僕は、やっぱり来たか……。と少し諦め気味に硬いソファーに腰を降ろした。

「ラヴィアンさんも、自分の執務机から離れ、僕の向かいのソファーに座りました。もう、なんというか『逃がしはしない』と言われているような。猛獣に睨まれた子ウサギのような心地でした」

 僕が情けなく肩を竦めると、ソラは小さく笑ってくれた。

 その顔に少しだけ安心して、僕は言葉を続ける。

「南に内乱の兆しがある事を、ソラはもう知っていますか?」

「えぇ、少しだけ」

 僕の言葉に、ソラは頷く。

「軍は近い内に先手を打って、住人の半数以上がレジスタントである事が確認された町に攻撃を仕掛けるそうです。『約三十年前にレーギス王国に吸収されたあの辺りは、未だにレジスタントが多いのは周知の事実。小競り合いは絶えない場所だが、今回の作戦は小競り合いとは言えない規模になるだろう』ってラヴィアンさんは、次々に詳しい世界情勢を語ってくれました。僕が問いかけた言葉には答えずに、です。

 僕は一度口を挟もうとしましたが、片手で制されてそれまでです。もう、これは最後まで聞くしかないんだろうな。と、根性の無い僕は、諦めるしかありませんでした」

 その言葉に、またソラは小さく笑う。

 そして、「アルフォンスらしいわ」と応えてくれた。

「内乱の話はまだ極秘扱いで、軍に直接発言権の無いエクルース氏には語られなかったらしいんです。でも、とある人物が彼に伝えてくれたらしいんです。『軍が攻撃をする町の名前はメノン。貴殿の大切なエミリア様が居る町です』と」

 僕は、その時ふと違和感を覚えてソラを見る。

「……どうかしましたか?」

 僕の話を聞いていたソラが、少し驚いた顔をしたのだ。しかし、僕の問いかけにソラは黙って首を振り「それで?」と問いかけてくる。

 それに僕は、苦笑を浮かべながら答える。

 ソラが何かを隠すなら、僕はそれをしつこく聞きだしたいとは思わない。僕がこうやってソラに任務内容を話せるのも、誰かれ構わずソラがそれを話す事は無い。と信頼しているからだ。

「そこで、エクルース氏はスカイシールドに助けを求めたんです。彼からの依頼内容は、軍が動き出す前にご令嬢を、軍に内密に。しかも内乱を企む者達にも怪しまれず王都まで連れ帰ってきて欲しい、というものです。そして僕はラヴィアンさんの説明を聞いて、なるほど。と一人納得したんです。これは確かに、僕にぴったりな役目で。いや、もしかしたら、僕にしか出来ない任務なんだなって……」

 ソラはしばらく黙った。

 僕に与えられた任務が、どのようなものなのか。それを考えるように唇に手を当てて、でもすぐに肩を竦める。

 どうやら、先を促しているらしい。

「理由も無くご令嬢を王都に戻せば、敵に怪しまれ攻撃に備えられてしまう。それどころか、ご令嬢に利用価値を見出して人質にするかもしれません。つまり、彼女の王都への帰還が、攻撃の前触れであると思われてはいけないという事です。とすれば、修道院で生活していた令嬢が王都に帰る、一番ありきたりな理由で彼女を連れ戻すのが一番。という事なんですよ」

「……婚姻」

 ぽつりと呟かれたソラの言葉に、僕は頷く。

「そうです。でも、彼女の婚姻はまだ決まっていません。しかし、軍はあと二週間程で町に攻撃をする為に旅立ってしまう。もちろん、貴族の婚姻など数日で決められるものではありません。第一、情勢の危ない地域に本当の貴族を行かせる事は難しいでしょう。なにより、噓の婚姻を請け負うなどという不名誉を、貴族が了解する訳ありません。そこで、貴族としての振る舞いが出来て、向こうの修道院に怪しまれる事の無い僕が、ダミーとして候補に挙げられたんです。テリーをはじめ、スカイシールドの先輩は貴族を守る上位兵の役を請け負います。全て、噓の一行です」

〝元〟貴族だから僕は選ばれた。

 僕が、傭兵として優れていたからではない。僕が、傭兵としてやり遂げた仕事が評価されたからでもない。

 僕の生まれた家が、たまたま貴族の家だったから。そして、その家で貴族としての生き方。振る舞い方を叩きこまれたから。だから、僕が選ばれた。

 本来、名指しで依頼が来るなど、傭兵としては喜ぶべき事だ。それが、一度依頼をやり遂げて付き合いのある人物ならまだしも、初めての人に名指しされるという事は、自分の名が浸透してきた証だ。

 だけど、僕は違う。

 先日、酒場でベックスに言われた言葉が胸に刺さった。


 ───どんだけそいつが貴族を嫌おうと、家から出ようと。そいつは平民や下民が汗水垂らして、時には血まで流して収めた税金でそこまで育ってきたんだ。そいつの体の中には、永遠と貴族の血が流れ続けるんだよ。


 本当に、その通りだ。

 どれだけ僕が貴族を嫌おうと、どれだけ貴族じゃなくなろうとしても。僕の体には隅々まで貴族として育ってきた血が流れているんだ。

 貴族として過ごしてきた知識を捨てる事は出来ない。

 貴族として身につけた技術も、今更捨てる事など出来ない。

 それは、十八年間生きてきた、僕の全てだから。

 でも、だから僕に指名が来た。


 ───今更、貴族じゃなくなったなんて、調子が良すぎるとお前らは思わないのか?


 確かに、それは調子が良いだろう。でも、だからと言ってどうすればいいのだ。僕は、今まで貴族社会の中で生きてきてしまった。

「……武器にするしか、ないのだ」

 まるで、僕の心の中を読んでいたかのようなソラの声に驚き、顔を上げる。

 すると、ソラはカウンターに置いてあった籠手を一つ摑んで、まるで話しかけるかのように優しく摩っていた。

「そう、生まれてしまったのだから仕方がない。変えられないなら、武器にするしかない」

 また、言葉を紡いでから、ソラはそっと僕を見た。

「……父が昔、私に言った言葉よ」

 彼女の父上の言葉。

 何故、ソラがそんな事を父上から言われたのか。今の僕にはその理由が分かっている。彼女は、どうしたって変えられない体を持って生まれてきてしまった。

 陽の光に当たれない体に生まれたソラ。だけど彼女はそれでも、この【シャイニーテラス】の主人として、立派にトラマンテ通りに根付いている。旅人達に必要とされている。

「……ラヴィアンさんにも、同じような事を言われました」

 苦笑しながら言ったその言葉に、ソラは少しだけ驚いて。それから、小さく笑ってくれた。

「真っ直ぐに僕を見て『息子を返してくれた君に嫌な事は言いたくない。しかし、生まれは変えられない。いつまでも逃げ続けるか、乗り越えるしかない。逃げるにはレーギスを離れる事。それでも、生まれ育ちは君を追いかけてくるだろう。乗り越えるには、生まれ育ちを自分の武器とする事。それしかないんだ』そう、言われました。正直、厳しい言葉でした。でも、確かにそうするしか無いのかもしれない。とも思いました。

 正直、僕は貴族であった過去を武器にする事に違和感を覚えています。卑怯な気もします。それに、今回の任務は護衛するご令嬢まで騙すものです。彼女には、王都に着くまで僕が偽物であると明かす事は出来ません。それは酷く彼女の気持ちを弄ぶ事のような気がするんです。

 ラヴィアンさんは、生まれを武器にする為にも、この依頼を受けてみてはどうだろう? と言ってくれました。もし受ける気があるなら明日の朝、ギルドに来てくれれば良いとも、出発の準備は済ませておくからとも言ってくれました。条件も良いですし、ラヴィアンさんとしてもエクルース家との取引なら喜んで受けたい筈です。それなのに、僕に判断を委ねてくれた事を嬉しくも思います。だから、本当なら受けたいとは思うんです。……でも」

 次の言葉は、どうしても出てこなかった。

 貴族の生まれを武器にする事。

 そして、護衛者のご令嬢を騙す事。

 そのどちらもが、僕の心の中で引っかかって取れなかった。

 誰かが助けなくては、エミリア様は戦闘に巻き込まれてしまう。それは分かっている。そして、その役が出来る数少ない人間の一人が、自分である事も──もしかしたら、僕しか居ないかもしれないという事も、分かっている。でも、

「……なんだか、モヤモヤした気持ちなんです」

 僕は結局、何をソラに言って欲しいのだろう。

 行けと言って欲しいのか。それとも、止めろと言って欲しいのか。そんな事まで分からなくなる。

「……ご令嬢には、恨まれるかもしれないわ」

 ソラの口から出た言葉は、安い慰めの言葉でも、励ましの言葉でもなかった。

「……そうでしょうね」

 貴族の女性にとって。いや、貴族じゃなくても、女性にとって。自分と一生を共にする男性は特別だ。

 それが貴族なら、自分の人生だけでなく、家の命運さえその肩にかかってくる。そんな覚悟を決めた女性を騙すのは、誰がどう見たって非道だろう。

「でも、彼女も貴族に生まれてしまったのだから、そんな運命とも戦わなくちゃいけないわ。そして、アルフォンスも貴族に生まれ、そしてそれを棄てたのであれば、そんな自分の決意と戦わなくちゃいけない。そうなのだろうと、私は思う」

 そう語るソラの姿は、まるで何かに耐えているように見える。

 彼女自身も、必死に何かと戦っているかのような。そんな姿に見える。それを裏付けるように、ソラは小さな声で言葉を続ける。

「……私も、外に出られない自分を、未だに本当の意味で認める事は出来ていない。アルフォンスも貴族であった過去を、正面から受け止めるのは、とても難しい事だと思う。でも、戦わなくちゃいけないんだと、そう思う」

 ただ淡々と紡がれるソラの言葉は、悲しみや苦しみというよりも、どこか諦めに似た響きを孕んで、僕の心に滑り込んできた。

 戦わなくちゃいけない。

 ソラは、僕が貴族社会から逃げて来たように、陽に当たれない自分自身の体から逃げる事は出来ないのだ。どうしたって、自分の運命と戦わなくちゃいけない。何処に居ようと、どんな風に暮らそうと。その体はいつまでも付きまとう。

 でも、きっと。それは僕にだって言えるんだ。

 何処に居ようと、どんな風に暮らそうと。貴族として過ごした幼少時代は消えはしない。貴族として手に入れた知識は、技術は僕の体に染みついている。人々が苦しみながら納めてくれたお金で育ったこの体は、もう僕自身から離れはしない。

 生きている限り……永遠と。

「……そう、ですね」

 同意の言葉は、驚く程すんなりと口から出ていた。

 やっぱり、僕はソラに背中を押してもらいたかったのだろう。

 戦ってきなさい。そう、背中を押してもらいたかったんだと思う。