4


 さなかの家の中はとても綺麗に片付いていた。新築の広々としたリビングにはふかふかの絨毯が敷かれ、その上にやはり真新しいソファやテーブルが並んでいる。三人がテーブルの回りに座って待っていると、さなかがトレイにジュースを載せて運んできた。

「さなかちゃん、お母さんは?」やややが聞く。

「でかけています」

 どうやらインターホンに出たのはさなか本人らしかった。喋り方が大人っぽかったので理桜は母親かと思ったが、こうして聞いてみれば確かにさなかの声だと判る。

 ジュースをそれぞれの前に置くと、さなかは三人と向かい合う形で腰を下ろした。

 やややはわーいと早速ジュースに手を付けている。柊子はちっちゃくなってモジモジしていた。さなかとは話さなくても済むと思っていたのに突然家に上げられてしまい、かなり戸惑っているようだ。

 そして理桜は、手負いの獣であった。

 理桜はあくまでも自然な体を装いながら、心中でダメージの回復に努めていた。先ほどの痛ましい出来事に整理を付けようと必死だった。動揺はそう簡単には静まらない。だがどうやらさなかは動揺したまま相手をできる子ではないようだ。ならば是が非でも気持ちを整えるしかない。理桜はまるで一流アスリートのような精神でセルフマインドコントロールに務めた。それは小学生としてはあまりに特殊でちょっと嫌な技術であり、そのプロ並の技たるや青木功もかくやというほどであった(理桜の父親はゴルフが好きだった)。

 さっきのつっこみは明らかなミスだ。しかしあれが私に致命的な傷を負わせることはない。なぜなら私は三年連続クラス委員、四年目も当選確実と目される、クラスで、学年で、最も重要な位置を約束された女子なのだから!(理桜は父親の持っているゴルフ漫画の登場人物の影響をちょっと受けていた)。

「ジュース、ありがとう」

 淀みなく言って、理桜は美しく微笑んだ。左右に座るやややと柊子はあ、立ち直ったと思った。

「いえ、こちらこそプリントを持ってきていただいて。井の頭西小学校からだとここまで来るのは遠かったでしょう。わざわざありがとうございます、やややさん、柊子さん、理つっこみ桜さん」

「く……っ!」

 堪えた。

 理桜は堪えた。

 場に緊張が走る。やややと柊子にも緊張が走る。とばっちりである。手に汗握るややや。やめてほしいと思う柊子。

「二十階まで上がってきていただいたのも本当にご足労でした。皆さんにはとても感謝しているのです。やややさん、柊子さん、理うっかり八兵衛さん」

「ぐ……!」

 理桜堪える。堪える。コップを力いっぱい握りしめながらも微笑みを崩さない。今にもひび割れてしまいそうなギリギリの笑顔とコップ。まさに薄氷一枚の攻防であった。

「ところで理国鳥のトキさん」

「ニッポニア・ニッポンッ!!

 結局負けた。

 理桜は力尽きてテーブルに突っ伏した。

 あまりにも、あまりにも高度な駆け引きだった。トキと言えばニッポニア・ニッポン。つっこみからうっかりという音の流れできたのだから、その連想は当然の帰結だった。だが理桜はあくまで冷静で、うっかり八兵衛からニッポニアニッポンへのステップアップはちょっと階段上がり過ぎだろうことも客観的に理解していた。だから左右の二人、やややと柊子はついてこれていないことももちろん解っていた。

 となるとあそこで理桜がつっこまなければ、二人のどちらかが「え、どういうこと?」と質問したに違いない。もしそうなれば、さなか自身が口頭でネタの意味を説明せざるを得ないだろう。それはもう、なんかもう、ダメである。あんまりである。

 そのあんまりな空気を甘受するか、それとも自らのプライドを犠牲にしてつっこむか、さなかはあの一瞬で、理桜にそんな高度な二択を迫っていたのであった。そして理桜は敗北を選んだ。それは人間として大切な何かを守り通した、名誉の敗北であった。

 やややが首を傾げた。

「え、どういうこと?」

「日本の国鳥でトキという鳥がいるのですが、その学名がニッポニア・ニッポンと言います。つまり今のはつっこみとうっかりとニッポニの音の抑揚をかけた」

「あんまりでしょっ!?

 理桜は復活してもう一回つっこんだ。

「さっきから何なのいったい! 私がっ、私がもう色々諦めてわざわざつっこんであげたのに台無しじゃないの! あんたは何がやりたいのよ! 目的はなんなの!? 私を苦しめたいの!? ハッキリ言いなさいよ!」

「貴方を苦しめたいのです」

「ハッキリ言うなぁ!!

「り、理桜ちゃん落ち着いて……」なだめる柊子。

「だってひぃ! この子私のことおちょくってるのよ!」

「すみません」

「認めてるし! おちょくってるって認めてるし! 本当は謝る気なんて全然無いんでしょ!」

「すみません」

「二回もすみませんて言ったのに謝意が全くない!!

「理桜ちゃん止まってぇ~……喧嘩ダメだよぉ……」半泣きの柊子。

「ちょ、泣かないでよひぃ……そりゃあ私だって喧嘩しに来たわけじゃないけど……」

「そうだよ!」やややが勢いよく乗り出す。「喧嘩に来たんじゃないよ理桜ちゃん! ややたち、さなかちゃんに学校に来てもらおうと思って来たんだよね!」

 ああ余計なことを、と理桜は顔を顰めた。

「学校、ですか?」

 さなかが無表情のまま首を傾げる。

「……そうよ。あんたが学校に来てないっていうから、先生に言われて様子を見に来たの」

 理桜は苦々しく答えた。内心ではもう学校に来ないでほしいとすら思っていたが、そこはまたもクラス委員。不登校の相手に面と向かってそんなことは言えなかった。

 理桜はふーと息を吐いて、半分浮いていた腰を下ろした。ちょっと落ち着こうと自分を諭す。

「で……。どうして学校来ないの? なにか事情でもあるの?」

 理桜は割と横柄に聞いた。普段初対面の子と話す時にはもう少し猫をかぶるのだが、もはや今更である。

 そしてそれに対するさなかも猫も杓子も被る様子はなく、やはり半分眠ったような目のままで言った。

「事情はありません」

「うん?」

「特に事情はありません」

「じゃあ……なんで来ないの?」

「行く理由もないので……」

 さなかは平然と言った。

「いや……理由はあるでしょ。義務教育なんだし」

「義務が課せられているのは知っています。ですが私は学校にあまり意味を感じていないのです。今小学校に行っても得るものが少ないと思っています。義務に背いても行かない方が有意義だと判断して、登校を自主的に取りやめているんです」

「いるんですって……」

 理桜は反応に困った。学校に行かなきゃいけないのは当たり前の話なのだが、義務だと知ってるけど行かないと開き直られてしまうと何も言えない。そこに発生する不利益や罰則を自らの裁量で受け入れているのだと、目の前の同学年の少女は主張している。

「そもそも私はもう行かなくてもいいはずなのですが……」

「うん?」首を傾げる理桜。「行かなくていいってどういうことよ。いいはずないでしょ。あんたが言ったんじゃないの、義務だって」

「それについては事情があります」

 さなかはスッと立ち上がると、廊下の方を指差して歩き出した。


    5


 廊下の最初の扉の前で、さなかは立ち止まった。

「私の部屋です」

 そう言ってドアノブを回して中に入る。

 理桜達三人も、促されるままに後に続いた。

「ゆあっ!」

 奇声を上げたのはやややだった。残りの二人も面食らってしまって声もない。

 さなかの部屋はあまりにも汚かった。それは汚れているという意味での汚いではなく、物が異様に散らかっているという類の、乱雑な汚さであった。

 まず目につくのは本だ。厚さもサイズもバラバラの本が、部屋の床とベッドの上、全ての面を覆い尽くしている。こちらではうず高く積まれ、あちらでは開いたままの状態で打ち捨てられ、まるで床と壁の半分が本でできているようにすら見える。

 唯一本が避けられている部分が机の周辺だった。机といっても理桜が家で使っているような学習机ではなく、天板と足だけの無機質なデザインの机である。机上には威圧的なPCのディスプレイが三台並べられており、机の下にはやはり三台の黒い箱が静かな唸りを上げていた。そのパソコンの周辺だけは作業をする最低限のスペースが確保されていて、そこから一歩外に出ればまた本の地層が続いている。

 理桜は足元に積まれた本のタワーに目をやった。古そうなのもあれば新品のもあるが、とにかく難しそうな本ばかりだった。本屋で見るような漫画や小説は一冊も見当たらない。また別なタワーの本は背表紙が全て外国語で、理桜にはタイトルすら読めなかった。

 部屋に入ったさなかは、本の海を無造作に渡り始めた。足の踏み場は無い。だが本人は何も気にせずに本の上をぐちゃぐちゃと歩いている。開いたままの本が無造作に踏まれ、柊子は別に自分の本でも無いのに「あぁ~……」と泣きそうな顔で喘いだ。

 本の海を渡ってベッドまで辿り着いたさなかは、今度はベッドの上の本を漁り始めた。山の中から十数冊の本を選び出すと、両手で抱えて再び海を渡るさなか。再び喘ぐ柊子。

 戻ってきたさなかは、持っていた本をどちゃどちゃと床に落として座り込んだ。三人もつられてしゃがみこむ。

 さなかが持ってきたのは何枚かの紙と、たくさんの教科書だった。

 理桜が一冊を手に取る。『生物』と書いてある。他も『倫理』『数学』など見慣れぬタイトルで、小学校の教科書でないのは一目瞭然だった。

「……これ、中学の教科書?」

「高校のです」

 さなかはさらりと言った。

「日本で足並みを揃えて習う分のカリキュラム、つまり高校まで勉強を、私は全て終えてしまったのです」

 さなかはやはりさらりと言った。

 理桜は絶句した。

「終わってるって……え?」

 理桜は怪訝な顔で、今見ていた教科書を見直す。

 実を言えば理桜も、四年生ではあったが、中学受験に備えて既に中学一年レベルの勉強に取り組んでいた。いたのだが。目の前の教科書は本当に高校の物らしく、理桜の全く知らないことばかりが書かれている。

 ハッと、エレベーターで考えたことを思い出す。

 大学に飛び級するような天才児の話。

 まさかこの子は、本当に。

「……もしかしてあんた、大学に行ってるとかいうの?」

「いえ」

 さなかは言った。

「それも終わりました」

 さなかが、持ってきた紙の一枚をつまみ上げる。英語の書面だった。もちろん理桜には読めない。

「イギリスの大学ですが、一昨年数学科に入学して、去年終わりました。こちらが卒業を証明する書面です。在学中に博士号も取りました。籍、という意味では、現在は同じ大学の応用数学研究所に外部研究員という形で在籍しています。つまり平たく言ってしまいますと、私は社会人なんです。肩書きは研究者、数学者です」

 理桜は。

 さなかの荒唐無稽過ぎる話に置いていかれそうだった。

「その……つまりあんたは……」

「はい」

「小学生でも大学生でもなくて、ていうか学校の生徒じゃなくて……本当に、本物の《数学者》なの?」

「そうなります。数学分野の研究でしたら、研究所に席を構えて通う必要はありません。この部屋でも、私は他の研究員と変わらずに、数学者として遜色なく研究を続けることができるのです」

 さなかはやはりさらりと言った。

「……あんた、またからかってるんじゃないでしょうね」

 理桜はさなかに疑念の目を向けた。それは当たり前の反応だった。世の中に天才児が居ることは認めるが、自分の生活範囲にほいほい彷徨いているとは思えなかった。

「この教科書も実はお兄ちゃんかお姉ちゃんの本とか……」理桜が一冊をつまみ上げる。

「102ページはメッセンジャーRNAのスプライシング」

 さなかはポツリと言った。

 理桜は一瞬何の話か解らなかったが、ハッとして自分の持っている本をめくった。102ページを開く。そこには〝mRNAのスプライシング〟の一文があった。

「全部覚えてるの!?

「覚えようと思って覚えているわけではないのですが……別に忘れる必要もないので覚え続けているだけです」

 理桜は再び絶句した。自分の持っていた本を再び見る。生物と書かれた教科書だった。見れば理科の内容で、数学とはあまり関係がない。でもさなかは本の内容を暗記していた。

「私は別に数学者になりたいわけではないのです」

 さなかは別の教科書を拾いあげて言った。それは現代文と書かれた教科書だった。

「ただ、数学が最初に学びやすい分野だったというだけです。自分の満足がいく所まで数学を理解できたら、また別な分野に手を伸ばしたいと思っています。興味の湧いたことに、別け隔てなく順番に取り組んでいきたい。それには長い時間が必要です。人の一生という短い時間では足りないような気もしています。ですからあまり無駄なことはしたくない。一度学んだことを繰り返して学ぶ気にはなれないのです。だから過程を終えてしまった小学校には、行く必要を感じませんし、行きたくもないのです」

 さなかは現代文の教科書をパタリと閉じた。

「あの、でも……」

 ずっと話を聞いていた柊子がオドオドと口を開いた。

「その…………さなかちゃんが大学まで出ちゃってるなら、もう小学校には行かなくてもよかったりはしないの? 大学出てても、義務教育って受けなきゃダメなのかなぁ……?」

「それが〝事情〟です」

 さなかはさっきとは別な紙をつまみ上げた。やはり英語の書面だった。

「これは特例措置の書面です。柊子さんの言う通り、正規の手続きを踏んで、日本国における小学校の義務を免除してもらうこともできるのです。ですが……私の母が、私に小学校に通ってほしいと言っているのです。無理強いをするわけではないのですが、とりあえず籍だけ置いて、気が向いたら行ってみたらと……。私自身はあまり意味を感じないのですが親の言うことですので邪険にはできません。そういう事情で、この場所に引っ越して来た時も特例措置は使わす、通常の手続きを取って井の頭西小学校に転入したのです。結局一度も登校はしていませんが」

「あー、そっかぁ……。お母さんの希望なんだねぇ……」

 柊子とやややが得心して頷く。

 もちろん理桜も隣でさなかの事情を聞いていた。

 聞いてはいたが。

 しかしあまり頭に入っていなかった。

 理桜の頭は今、別な考え事でいっぱいだった。

(本当にこの子はそんな先まで勉強を……本物の天才児なの……? 本当に? 嘘でなく?)

 理桜の頭は、未だに目の前の事実を認められなかった。

(でも天才児なんてそんな…………そうよ。本物の天才児なら、もっと良い所に住んで、もっと凄い場所で研究とかするはずじゃない。なんで吉祥寺に住んで小学校に通うのよ。おかしいわよ。それにほら、さっきの教科書の暗記だって、冷静に考えたらトリックかもしれないじゃない。今持ってきた教科書は二十冊くらいだから……一冊について一カ所ずつ覚えておけば、まるで全部を覚えてるように見せかけることだって……)

 と、そこまで考えて。

 理桜は気付いた。聡明な理桜は、本当は気付きたくなかったことにも気付いてしまった。

 自分は認めたがっていない。

 さなかの方が自分より勉強ができるという事実を認めたがっていない。

 さなかの方が自分より優秀だという事実を認めたがっていたい。

 私は心の奥でこの子に負けていると思っている

 それは理桜が、九年の人生の中で初めて味わう屈辱だった。

「理解していただけたでしょうか」

 さなかはそう言うと、持ってきた教科書をベッドに向かってポイポイと投げ込んだ。ドサドサと乱雑に落下する本。喘ぐ柊子。

「そういう事情で、小学校には転入しましたが登校するつもりはないのです」

「そうなんだー……」

 やややがしょんぼりした顔で言う。

「そうだよね、一回勉強した事もう一回教わってもつまんないもんね。ややもピアノ習ってるけど、またエーデルワイスからやれって言われたらちょっと行きたくないかも……。もう勉強終わっちゃってるなら、さなかちゃんが来ないのもしょうがないのかなぁ……」

「間違ってる!!

 やややはびっくりした。柊子もびっくりした。

 勢いよく立ち上がって叫んだのは理桜であった。

「あんたは間違ってる! 勘違いしてる!」

 上からさなかを見下ろして叫ぶ理桜。

「勘違い、ですか?」

「そうよ……勉強ができるのはもう解った。学校の勉強を全部終わってるってのも、数学者をやってるってのも多分本当なんでしょう。でも、解ってない。勉強が終わったら学校が無駄っていうのが間違ってる。絶対間違ってる。だってあんた……」

 理桜はさなかをビシリと指差した。

「友達居ないでしょ!!

「友達……?」

「そうよっ! いい? 学校ってのはね、勉強だけするところじゃないのよ。クラスのみんなと一緒に生活して、一緒にご飯食べて、一緒に掃除して、そーいう勉強以外のことにこそ大切な意味があるの。つまり……社会勉強なのよ! あんたはどーせこの部屋で、ずっと一人でカタカタやってるんでしょ! いい? 世の中にはね、一人じゃ解らない事ってのがたくさんあるのよ! あんたは社会ってものが解ってない! 友達が一人も居ないんじゃ、いくら勉強ができたって全然ダメなんだから! どれだけ頭が良くたって、いつまでたっても大人にはなれないんだから! ずっと子供のままなのよ! 友達の一人もできないうちはね!」

 理桜は一気に捲し立てた。半分以上は考えて喋った言葉ではなく勢いだけで口から出た言葉だった。この子に負けたくない、この子より優位に立たなくてはならないという理桜の本能、理桜の体内に備わっているという特殊な内臓、クラス委員器官の暴走であった。

 そんな理桜の魂の演説を聞いたさなかは、少し俯いて中空を見つめている。

「友達……」

 さなかは顔を上げて、立っている理桜を見上げた。

「友達が、必要なのですか?」

「そうよっ!」

「なぜ必要なのですか?」

「なっ、なぜって……必要に決まってるでしょ! 人間は一人じゃ生きられないんだから……」

「それはワークシェアリングという観点でですか?」

「そうじゃなくって!」

 そこで理桜の言葉は詰まる。そうじゃなくって何なのか、理桜は頭の中で論理立てようと試みたが、上手く説明できずに口を止めた。

 繰り返しになるが、三年連続クラス委員の理桜は、間違いなく頭の良い子だった。

 だから彼女はさなかの質問の意味を正確に把握していた。さなかが求めているのは、親が語るような優しさに溢れた答えでも、教師が語るような道徳に溢れた答えでもない。

〝友達の必要性〟

 友達は本当に必要なのか、必要でないのか、そういう本質的で、あまりにも単純な二択の答えをさなかは求めていた。

 なぜ友達が必要なのか。

 何のために必要なのか。

 いやそもそも。

「友達とはなんですか?」

 さなかの質問が宙に放たれた。

 それはさなかと理桜、二人の間に生まれた問題の核心だった。

「それは……」

 理桜はその時、九年間の短い人生の中で一番頭を巡らせた。

 そして今の自分の出せる可能な限りの答えを、飾らずに、素直に、言葉に変えていった。

「…………正直に言えば、私にだって友達が何かなんて説明できない。できないけど……でも私は思う。友達は絶対必要なの。だって考えてみてよ。大人も、子供も、みんな友達がたくさん居るでしょう? 中にはあんたみたいに友達が居ない子も居るんだろうけど、でも大多数は、一人でも二人でも友達が居る。数えたわけじゃないけど絶対そうだと思う。だから、式じゃなくて答えが先に来ちゃうけど、友達って必要なんだよ。なにか必要な理由があるから、みんな自然と友達を作るんだよ。私は……そう思う。……………私だって! 全然論理的じゃないって解ってるけど……」

「いいえ」

 さなかは、半分閉じた目で理桜を真っ直ぐに見上げていた。

 理桜は恥ずかしくて目を逸らしそうになるのを、強い気持ちで堪えた。

「貴方の意見はとても科学的でした」

「科学的?」

「そうです。確かにこの世界には、友達と称される関係が多数存在している。それは間違いなく事実です。現象論的には十分理解できる。ではその裏に理由が存在するのか。友達はなぜ必要なのか。友達とは何なのか。私も、貴方も、それを説明できる言葉をまだ持っていない。私達は、友達とは何なのかをまだ知らない」

 さなかが立ち上がる。

 理桜から視線を外すと、よそ見をするように首を捻って、なにもない空間をじっと見つめる。

「興味が出てきました」

 理桜は。

 嫌な予感がした。

「やややさん」

「うんっ?」

「こちらのお二人とは友達ですか?」

「へ? もちろん! 理桜ちゃんもひぃちゃんも親友だよ!」

「いつからの?」

「え。えーとー、一年から、だよね?」

 やややが聞くと柊子がうんと頷く。「一年の時に同じクラスになってからだよね」

「同じクラスというのは重要ですか?」

「え、う、うん……。やっぱり隣のクラスよりは仲良くなりやすいと思う……。席とかも近い方がいいし……」

「なるほど、距離……」

 少し考えるような仕草を見せた後、さなかは理桜に向いて、微笑んだ。

 さなかの初めての笑みを見た理桜は。

 もう嫌な予感しかしなかった。


「明日から、学校に行きます」


 理桜は。

 この少女と友達にならないで済む方法を必死で考えていた。