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 青暦一八七八年八月三日付 ガゼット・ドゥ・フランス

 少女、またも謎の失踪

 パリ市ランブラルディ通り四九に住むルイーズ・ファルジアが一昨日から行方不明になっていると、父親のブリュノ・ファルジアから、第十二管区警察分署に届け出があった。燃えるような赤毛が印象的なルイーズ嬢は十四歳。市内で続発している一連の少女失踪事件と同様に、彼女もまた謎だけを残し、忽然と姿を消した。

 ムッシュ・ファルジアが本紙に語ったところによると、ルイーズ嬢は八月一日、フォブール・サン=タントワーヌ広場のほど近くにある叔父の家を出てから帰宅せず、行方が分からなくなった。失踪当日も変わった様子はなく、家庭内外にも問題が見当たらないことから、パリ警視庁は事件性が高いと見て捜査を開始している。

 ルイーズ嬢は眉目秀麗にして品行方正。ムッシュ・ファルジアの自慢の一人娘だ。「当日は普段と変わった様子はなかった。どれだけ考えても、ルイーズが自ら失踪する理由はない」と母親であるキトリー・ファルジアは、本紙の取材に対し涙ながらに語った。

「彼女は煙のように消えたわけではない。必ず目撃者がいるはず。市民の皆さんの協力が欲しい」と第十二管区警察分署のエルネ署長が声明を出しているが、有力な情報は、これまで一つも同署に寄せられていない。

 そこでムッシュ・ファルジアは、ダルマシー子爵が先月二十日に行方不明となった十三歳の長女、クラリス嬢に関わる情報に懸賞金を賭けたのにならい……

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 玄関の呼び鈴が忙しなく鳴り続けている。夏季休業中の暖炉の上に置かれた時計の針は、午前一時を少し過ぎていた。

「夜更けに馬鹿みたいに鳴らしやがって……。これで手ぶらだったら、許さねえからな」

 シャロン・ベルミリオは、読みかけの新聞を無造作に折りたたんでテーブルに放り投げると、組んでいた脚を解き、革張りの椅子から立ち上がった。

 仕事場を兼ねる屋敷は、地上三階、地下一階という広さだが、利便性よりも気楽さを優先した為、門番はおろか、召使をただの一人も雇い入れていない。お陰で夜分にやってきた過分に無作法な客も、自ら出迎えねばならなかった。

 呼び鈴を取り外せるようにしようか、真剣に検討しつつ、居間の扉を押し開け廊下へ出る。

 数歩進むと、卵を酷く腐らせたような独特の臭いが、玄関から微かに漂ってきた。真夜中の不埒な訪問者は、遅ればせながら注文の品を見つけたらしい。

 眉根に皺を刻み、玄関へと進む青年は、人目をひく容貌をしていた。

 細く整えられた眉、影深い長い睫毛、背の半ばまで届く頭髪。その全てが根元から毛先に至るまで、新雪のように真白い。瞳も色素が薄く、パリの冬空を連想させる灰色だった。お陰で二十一歳になったばかりだというのに、遠目では背筋の伸びた老人にしか見えない。

 玄関に辿り着くと、足音で察したのか、鳴り続けていた呼び鈴がぴたりと止んだ。

 シャロンは鍵を開け、近くにいるであろう来訪者に痛撃を与えるべく、鉄の鋲が打ちこまれた樫の扉を力一杯蹴り押した。風を起こし、勢いよく開いた扉が、標的を打ち洩らして外壁にぶつかる。鈍い音が暗夜に響いた。

「危ないなあ。当たったら、どうするつもりなんです?」

「手を叩いて喜んださ」

 シャロンは素っ気なく答え、不埒な訪問者を睨みつけた。門灯の光の中で大げさに体を仰け反らせ、ティエリ・ゴセックが顔を引き攣らせている。

 黒い線を真横に引いたような糸目の青年。深夜といえども、季節は酷暑の盛り。にもかかわらず、シャロンより頭一つ高い長身を厚手のコートで包んでいる。当人は至って涼しい顔だが、その姿を見せられる側の人間は、暑苦しい事この上ない。

「呼び鈴を鳴らし続けたことで怒ってるなら、お門違いですよ。シャロンさんが玄関に出てくるのが、遅過ぎるんです」

 ティエリはそう抗議し、体勢を立て直すと、壁にぶつかった反動で閉まりかけた扉を足先で止めた。

 彼の後ろで、双子の大男が黒塗りの棺桶を肩に担いでいる。石塊を切り出したかのように角張った顔は、まるで見分けがつかない。律儀に留められたコートのボタンは、膨れ上がった胸の筋肉で、今にも弾け飛びそうだ。

 棺桶の蓋の隙間から滲み出た悪臭が、玄関一帯に立ちこめていた。屋敷の真向かいがパリ市内、第二の規模を誇るモンパルナス墓地でなければ、近隣から苦情が上がったに違いない。場所が場所だけに棟続きの住民たちは皆、季節柄漂ってくる腐臭に鈍感だった。

「遅過ぎるは、こっちの科白だ」

「急ぎだから配送は深夜になっても構わないって、注文した時に言ってたじゃないですか。まさか忘れたんじゃないでしょうね?」

「違う、その遅いじゃない。納品が遅過ぎると言ったんだ。あれからどれだけ日数が経ったと思ってるんだ?」

 シャロンはにじり寄り、ティエリの胸に指を突き立てた。

「シャロンさんが色々と難しい注文をつけるから、時間が掛かったんです。それでも一週間で用意したんだから、御の字と思ってくれなきゃ」

「お前がやれ大変だ、やれ遅くなりそうだとうるさいから、前金を増やしてやったろ。あの時、二日で段取りをつけると言ったのは、どこの誰だ?」

「あれは意気込みというやつで……」

 自分の安請け合いを思い出したらしく、糸目の青年が明後日の方向に顔をそらし、口ごもる。

「……努力はしたんですけどね。中々掘り出し物で、いいのが見つからなかったんです」

「そんなこと知るか。これだけ待たせたんだ。もし物が悪けりゃ、どうなるか分かってるだろうな? 覚悟しろよ」

「嫌だなあ。怖いこと言わないで下さい」

 眼光鋭く詰め寄るシャロンを、ティエリが壊れ物を扱うように、そっと両手で押し返す。

「怖いってことは、自信がないってことか?」

「いいえ、物はいいです。絶対に気にいってもらえますよ」

 と胸を叩いた青年は、表向きはタンプル通りに店を構える骨董屋の若主人だが、正体はパリ屈指の盗掘団の首領である。その家業は一代、二代のものではなく、先祖が第一次十字軍に従軍し、かの地で荒稼ぎをしたのが事の始まりらしい。

 彼は人当たりの良さと裏腹に、情け容赦なく金になる物は何でも墓から盗み出す。薄給の青年将校が見栄を張り、恋人に派手な贈り物をしたいと言えば金の首飾りを掘り起こし、医学生に安価で解剖実習がしたいと依頼されれば、屍体を墓穴から担ぎ出した。

 革命の動乱に巻き込まれた曾祖父の時代から、そうこう融通を利かせているうち、上客の求めに応じ、墓地に限らずあらゆる場所から商品を調達するようになったそうだ。故に今では、専門外の生き物を除き、求めて手に入らない物は殆どない。

 しかも、ティエリは生来の多弁家ながら、仕事に関しては鉄の城門のように口が堅かった。どんな屍体を注文しても、使用目的を一切詮索してこない。隠し事が多いシャロンにとっては、何かと重宝する存在で、彼の代わりになるような人間はパリにいなかった。

「本当だろうな?」

「任せて下さい。死人にしておくのは惜し過ぎる、とびきりの美少女ですから」

 自信満々で言ったティエリを胡散臭げに見ながら、シャロンは顎をしゃくり、季節外れのコートの一団を中へと招き入れた。深夜で人通りは絶えているが、百万人都市のパリである。誰の目があるか分からない。棺桶を担いだ珍妙な格好の客と、いつまでも玄関先で問答を続けるわけにはいかなかった。

「運ぶのは、地下室でいいんですよね?」

 頷いたシャロンに糸目の青年が並び歩き、その後方に寡黙な大男たちが続く。

「結局、どこで掘り出してきたんだ?」

「いえ、今回は掘り出してないですよ。偶然、出物がありましてね」

 それを聞き、シャロンの片眉が跳ね上がる。

「埋葬前にかっさらったのか? あとで面倒なことになるのは、御免だぜ」

「してませんよ、そんなこと。シャロンさんが嫌がると分かってますからね。貧民窟の住人から買ったんです。仕入れに金を使うのは主義じゃないんですが、物が良かったですし、逃せば次に納品される見込みがなかったんで」

 不本意そうに言い、ティエリが鼻の頭を掻いた。

「親が売ったのか?」

「いえ、同じ浮浪児です。新入りらしくて、名前も知らないと言っていました」

 糸目から覗く極薄の瞳に、一瞬影がよぎった。それを見逃さず、シャロンが問う。

「お前、何か隠してるだろ?」

「何です、藪から棒に。隠してることなんてありませんよ」

 そう言いながらも、ティエリは僅かに声を上ずらせた。

「いいや、怪しいな」

「本当に何もないですよ。長い付き合いなんだから、もう少し俺を信用して下さい」

「長い付き合いだから、信用してないんだ」

「傷つくなあ、そんなこと言われたら。こう見えても、心は乙女のように繊細なんですよ」

 わざとらしく胸に手を当て訴えた青年に冷たい視線を投げつけてから、シャロンは地下へと続く階段に足をかけた。

「そんな怖い顔しないで下さいよ」

 ティエリが前へ出て振り返り、器用に後ろ向きのまま下りていく。シャロンは何も言わず、そんな彼を面倒くさげに見下ろした。

「老婆心で言いますが、シャロンさんは愛嬌がなさ過ぎです。もう少し人間関係が円滑にいくよう努力しないと、世間を狭く使うことになりますよ。この前、俺が遺体修復の仕事をとってきてあげた時も、今みたいにむすっとしてるだけで、お礼の一言もなかったでしょ。愛嬌は人生の潤滑油。いくらパリで一番の遺体修復師でもこのままじゃ、そう遠くない将来、死人にしか相手にされなくなりますよ」

「俺はそれでいいぜ。お前に愛嬌を振りまくぐらいなら、犬に尻尾を振った方がましだ」

 薄暗い地下に降りたシャロンは、後進するティエリに灰色の瞳を細身の決闘剣のように突き刺した。

「そもそも、俺によくそんな偉そうなことが言えるな。何が仕事をとってきてあげただ。他の修復師がお手上げの酷い状態の遺体ばかり請け負って、間で金を抜き取ってるくせに。クールランド伯爵夫人の遺体で、お前がどれだけ儲けたか、俺が知らないと思ってるのか?」

 たじろいだティエリが、処置室の扉の前で歩みを止めた。

「やだなあ、抜き取りなんて変な言い方しないで下さい。手数料ですよ、手数料。お高くとまった貴族方と付き合うには何かと金がかさむんで、シャロンさんの報酬から先に、必要経費を少し頂戴しただけの話です」

 シャロンは、汗を拭くふりをして弁明するティエリを押しのけ、処置室の扉を開いた。ひやりとした空気が頬を撫でる。遺体修復の作業に適するよう、季節に関係なく室内温度は二十度前後に保たれており、地上の暑さが嘘のように涼しかった。

 闇の中へ一歩踏み入ると、シャロンはポケットからマッチ箱を取り出し、漆喰の壁に取り付けられたガス灯に火を灯した。

 広い地下室の大部分を安置所として利用しているので、遺体修復の作業を行う処置室は必要最小限の広さしかない。部屋の中央に大きな金属製の作業台が置かれ、左右の壁際に遺体修復の器具が並ぶ机と、各種の薬液が収められた棚が、やや窮屈ぎみに配されている。

「のせてくれ」

 シャロンは銀色に鈍く光る作業台を顎先で指した。ティエリがお供の二人に、棺桶を床に下ろすよう目配せする。

「王女様をお出しするんだ。丁重に扱えよ」

 棺の蓋が外された。死臭と共に、蠅が数匹、耳障りな羽音を鳴らし飛び出す。双子の大男は、中で横たわっている少女の肩と足首を巨大な手で掴むと、軽々と持ち上げ作業台へ移した。

「どうです、上物でしょ?」

 それには答えず、シャロンは息を呑んだ。ティエリが胸を張るのも無理はない。頭部に蛆の大群が蠢き、あられもない裸身は、夥しい量の血で肌も見えないぐらいに覆われているが、少女は驚くほど美しかった。

 歳の頃はおそらく十四、五。小柄で、身長は百四十センチもない。眩い銀髪が腰の際まで優美に流れ、同じ色の長い睫毛が、固く閉じた瞼を縁取っている。目尻は心持ち下がり、出来すぎた感のある美貌を絶妙に和らげていた。白絹の光沢をもつ肌。細い首。華奢な肩。まるで硝子細工のようで手荒く触れれば、今にも壊れてしまいそうだ。

 職業柄、腐るほど屍体を見ているが、これだけ綺麗なものは珍しい。まさか眠っているだけなのではと思い、頬に触れると、石像のように冷たかった。

「何か言って下さい」

 得意げなティエリに促され、シャロンはようやく口を開いた。

「本当に貧民窟で見つけたのか?」

 肉づきや髪の艶などから、生前の少女の暮らしが恵まれたものであったことが容易に窺い知れる。両手の爪が丁寧に切り揃えられ、間に汚れが一塵もたまっていない。先程ティエリは、新入りの浮浪児と語っていたが、貧民窟で暮らしていた痕跡がなさ過ぎる。どう見ても、やんごとなき家柄の令嬢だ。この屍体に厄介事が潜んでいることを、シャロンは、はっきり嗅ぎ取った。

「何か臭うな」

「そりゃあ、屍体ですからね。臭って当然です」

「惚けるんじゃねえ。こいつの何処が浮浪児だ」

 シャロンが眼光鋭く問い質すと、糸目の青年は観念した顔つきで、後ろ頭を掻いた。

「やっぱりシャロンさんに隠し事は出来ないなあ」

 重い雰囲気にならないようにする為か、口調が嫌に軽い。

「何処で盗ってきたんだ?」

 ティエリは顔の前で手を振り、それを否定した。

「貧民窟で浮浪児から買ったのは、本当の話ですよ。彼ら曰く、発見した時には死んでいたそうです。それまで一度も見かけてないらしいので、ほやほやの新入りの可能性はありますが、まず浮浪児ではないでしょうね。お見立ての通り、俺もこの子は貧民窟には縁のない、何処ぞの貴族か、商家のお嬢さんだと思いますよ」

「貧民窟に慈善活動にでも来ていて、災難にあったのか?」

「どうでしょうね。絶対とまでは言いませんが、俺は犯罪に巻き込まれたんだと思ってますよ」

「どうしてそう思う?」

「浮浪児たちが言うには、彼らのねぐらの傍にある、下水道に続く階段の上で倒れていたそうなんです。貧民窟でもかなり入り組んだ場所にある上、この子の靴に汚水の中を歩いたような痕跡があったとなれば、少女が下水道から出てきた、もしくは連れて来られたと考えるのが自然。となれば結びつくのは、その筋の人間ですよね?」

 中世の頃より、その悪臭で名高かったパリも、前セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンの市街大改造により、下水道の建設が飛躍的に進んだ。「全ての通りの下に下水道を」という号令の下、事業が推進された結果、今では総延長五三六キロメートルを誇る下水道網が、地下に張り巡らされている。その躍進に取り残され、老朽化した下水道が未整備のまま放置されている貧民窟などの例外を除き、パリの衛生環境は極めて高い水準に保たれていた。

 ただ、下水道は今も昔も恩恵ばかりを、パリにもたらしたわけではない。街をより良くする為に造られた設備が、皮肉にも犯罪の苗床となっていた。地上を歩くことに憚りがある犯罪者たちが、官憲に追われた時の逃走路や、盗品の運搬路として下水道を用いているのである。百万都市のあらゆる場所へ通じていることを巧みに利用し、神出鬼没する彼らに、警察は長年、大いに手を焼いていた。

 何か理由があって下水道に迷い込んだ可能性はなくはないが、ティエリの言う通り、少女の出自や場所の特質上、誘拐などの犯罪に巻き込まれ、殺害されたと推測するのが妥当だ。

「警察に捜索願は出てないのか?」

「それが、パリ警視庁はもちろんのこと、二十区全ての警察署に足を運んで調べたんですが、この子に該当するものは一つもなかったんです。全くの身元不詳でして」

「こんな見た目のいい令嬢がいなくなれば、どんな親でも、すぐに血相を変えて探しまくるもんだぜ」

「俺もそう思ったんですけどね。ないものは見つけようがないですよ」

 それならばと、他の手掛かりについて訊く。

「発見された時も、裸だったのか?」

「いいえ、服は着ていましたが、浮浪児たちが血で染まる前に引き剥がして古着屋に売り払ったんです。中々品が良かったらしいですから、もう売れてるんじゃないですかねえ」

 その店に行って服を買い戻せば、身元に繋がる何かが見つかったかもしれないが、盗掘屋のティエリが、そこまで商品に心を配る筋合いはない。それを非難するつもりはないが、自分に一杯食わそうとした性根が気に食わなかった。

「で、これ幸いにと、ややこしいことは全部伏せて、俺のところに持ち込んだわけだな?」

「まあ、そういうことでして」

 ティエリは悪びれもせずに認め、コートの襟を正した。

「こう言っちゃなんですが、シャロンさんに屍体を見せれば、浮浪児なんかじゃないと気づくのは分かっていましたよ。物は極上なので、ややこしくても一度見てもらった方がいい。詳しい事情を説明することになるなら、指摘された時に話しても同じかなと思ったんです。だから黙り通さず、すぐに白状したでしょ」

 そう居直ってから、猫なで声で尋ねる。

「やっぱり、出所がきな臭いと、買ってはもらえませんか?」

 シャロンは腕を組み、作業台に横たわる少女の顔を見つめて考え込んだ。腹黒の司祭から依頼を受けている一連の少女失踪事件を解明する為の囮としては、これ以上望むべくもない素材だった。これだけ可憐な容姿ならば、必ず正体不明の犯人も喰いつく。あとは自分が上手く操るだけだ。

「いや、いいだろう。残りの半金を払ってやるよ」

 苦り切った表情で、シャロンは言った。

「流石、シャロンさん。話が分かる」

 対照的に顔を輝かせたティエリに、厳しい口調で付け加える。

「但しあと五日、捜索願が出てこないか継続して調べろ。届け出があり次第、俺に連絡をよこせ。それと念の為、予備の屍体探しを始めておけ」

「探すのは構いませんが、この子と予備を重複して納品することになった場合も、両方の代金を頂けるんですか?」

 恐縮しながらも、そこは商売人。タンプル通りの若主人は、抜け目なく尋ねた。

「いいぜ、払ってやる。その代わり、今度は出所がはっきりした物に限るぜ」

 甘いなと思いつつも、少女の屍体がなければ仕事に取り掛かれない。もちろんですと調子良く答えたティエリは、すぐさま背後に控えていた大男たちに、店へ駆け戻って手配を済ますよう命じた。

 無言で頷いた二人が、空になった棺を担ぎ、処置室を立ち去る。

 シャロンは、屍体から視線を起こし、上機嫌のティエリを睨んだ。

「何で残ってるんだ? お前も帰れよ」

 石つぶてを投げつけるような口調だったが、糸目の青年は、笑みを絶やさない。

「良かったら、少しだけ屍体の処置を見せてもらえませんか? 後学の為に」

 シャロンは片眼を細め、その申し出を鼻で笑った。

「後学? 白々しい嘘をつくな。どうせ例の剥製屋が、屍体の処置方法を盗み見て来たら、金を出すと言ったんだろ?」

 先々月、ティエリが三万フランで、剥製職人に屍体の処置方法を伝授する気はないかと話を持ち掛けてきた。何でも、その職人が知人の葬儀で、シャロンが処置を施した遺体を見て、仕上がりの美しさに感動し、教えを乞いたいと思ったのだそうだ。ティエリの仲介で引き受けた仕事だったので彼の元を訪ね、熱心に頼んできたらしいが、シャロンは即座に断った。

 高額の仲介料をちらつかされたのか、ティエリは暫くの間、顔を合わせる度にこの件を持ち出してきた。最近は何も言ってこなくなったので、諦めたと思っていたが、正攻法は無駄と悟り、攻め方を変えてきたようだ。

 ティエリがわざとらしく、ぶんぶんと首を振る。

「違いますよ。あの話は、きっちり断りました。本当に後学の為です。死んだ親父が、機会があれば、ベルミリオ葬儀店の遺体修復を見せてもらえって、言ってたんですよ。遺体に対する接し方は、勉強になるって」

「お前の親父さんが死んだのは、二年も前だぜ。それを今になって思い出したのか?」

「実は昨日、親父が夢の中に現れましてね。俺に説教を始めたんです――」

 話を聞いているのも馬鹿らしくなり、シャロンは視線を屍体に戻した。ティエリを処置室から叩き出すのは、蛆虫と大量の血を掃除させてからでも遅くはない。それに万一、今から始める検分で、少女の身元に繋がるものが発見出来れば、明日彼を呼び出さずとも、この場で調べておくよう命じることが出来る。

 シャロンは、少女の髪を撫で、心の声で問い掛けた。

(お前、何があったんだ?)