安寧の陽春、十八歳。

 私、榛名なずなの朝は早い。


 バージンオリーブオイルで焼いたベーコンとサニーサイドアップ。香ばしいトーストにストロベリージャム。そして、マリアージュフレールの紅茶。地方紙である新潟日報を広げながら、一日の活力源とするべく彩色豊かな朝食を食べているはずだったのだが……。

 目の前のテーブルには、バナナ一房のみが存在している。

 貧乏学生に現実は厳しい。まだ入学式が終わっただけで、オリエンテーションすら始まっていないのに、一人暮らしを始めて三日、早くも生きることの困難を感じ取っていた。

 父から渡される生活費は月に二万円である。それに奨学金の三万をプラスした合計五万円で、一ヵ月をやりくりしなければならない。共益費込み家賃二万四千円、ユニットバスの1Kが私のアパートであり、家賃を引いた二万六千円が一ヵ月の生活費となる。

 学生の本分は勉強であり、支障の出る活動は認めないという父の教育方針に従い、私は高校でアルバイトをしていなかったし、大学在学中のバイトも禁止されていた。

 電気、ガス、上下水道、一人暮らしの水道光熱費は、月に一万円ほどかかると聞いたことがある。加えて制服から私服に変わったことで、買わなければならないものも山ほどあった。食費が節約の対象となるのも必然の帰結である。

 自営業で普段から自宅にいる父は家事をそつなくこなす人間であり、私は甲斐甲斐しくお手伝いを行うような娘でもなかった。それ故に、生きていくということを甘く見ていたのかもしれない。

 初めてきちんと向き合ったスーパーの値札を前に、愕然とするばかりだった。ベーコンもストロベリージャムもこんなに高いなんて知らなかった。マリアージュフレールなんて悪い冗談である。エンゲル係数を下げる以外に生き残る術がない私に、贅沢をする余裕なんてあるはずもなかった。

 目覚めたのは優雅な朝食のためではない。ろくに夕食をとれなかったことで発生した空腹のせいである。残金を計算し、スーパーで三十分以上、悩みに悩んで到達した朝食メニューの結論は、一房のバナナだった。

 朝ご飯は、毎日バナナ一本。生き延びるにはそれしかない。


 肉や魚をお腹いっぱい食べたい。十代男子みたいな煩悩を抱えて、窓辺で寝転びながら光合成に耽っていた。カーテンを買うお金がないせいで、太陽光が燦々である。

 青森と同様、新潟市も四月の上旬ではまだ室内も寒い。エアコンは備え付けられているが、風邪をひいているわけでもないのに文明の利器に頼るなんて、霊長類としての敗北だ。東北電力の支払い要求ですら恐怖の対象だし、エアコンのボタンは爆破スイッチ並みに重かった。

 大学に入ったら携帯電話を買おうと思っていたが、それもいつになるか分からない。テレビ、レンジ、掃除機、炊飯器。欲しい物は幾つもあったが、最優先にすべきと判断した冷蔵庫と洗濯機を買ったところで貯金は潰えた。目下、自宅には固定電話すらない有様である。

 一年半前に会った時、生活費くらい援助してあげると母は言っていたけれど、冠婚葬祭でもない限り、連絡を取るのは父に悪い気がして、大学の合格すら伝えていない。こんなことになるなら報告くらいしておけば良かったわけだが、後悔先に立たずである。

 青森出身の私には当然、この街に友達がいない。窓辺で猫のように日光浴をしながら、もしもミジンコに生まれていたらという妄想をして自分を慰める程度には孤独だった。


 しかし、今日の午後、ついにその孤独にも終止符が打たれるだろう。

 入学式は人数の多さと、すべての学部が集まっているという状況に萎縮してしまったが、本日のオリエンテーションは、学部の課程ごとに行われる。教育学部には四百名ほどの新入生がいるが、私はその中でも約二百名の学生が所属する学校教員養成課程だ。一人くらい友達になってくれる人もいるに違いない。

 大学生になるのは初めてだから、その実態はよく分からない。だが、政治に対する鋭利な不満とか、年金問題に対する茫漠とした不安を語り合えば良いのだろうと想像している。

 益体もない討論を高尚と錯覚しながら、安い喫茶店の珈琲で何時間も熱くなり、善し悪しも分からないジャズを聴いて、ブルージーだねなんて嘯くのが大学生という生き物のイメージだ。今のところ、私は政治にもジャズにも興味がないのだけれど。



 パスタとはイタリア料理の主食であり、至高のメニューである。

 ペペロンチーノは戦時下でもびっくりのコストパフォーマンスだし、シンプルな料理なのに、その語感だけで何だか凄くちゃんとした物を食べたような気になる。病は気から。栄養も思い込みから。

 オリエンテーションで誰かと喋る可能性を考慮し、ニンニクを抜いたことで、もはやペペロンチーノかどうかも怪しいパスタで腹を満たすと、久しぶりに気合を入れて鏡の前に立った。

 まあ、十人並みの容姿だとは思う。インドアな生活を貫いてきたお陰で色白だし、地味な印象は拭えないが、国語専攻だからポジティブに見れば文学少女然と言えないこともない。

 肩の下辺りまで伸びた髪を、赤いとんぼ玉のついたかんざしでまとめ、戦闘態勢を整える。

 そろそろ出発する時刻だが、戦場へ出掛ける前にもう一つ準備が必要だ。春空の下には悪魔がいる。親の敵よりも憎い相手、花粉症の脅威に対処せねばならないのだ。十四の春に発症して以来、春と秋の年二回、大いに苦しめられており、あまりにも目と鼻がかゆいせいで、首から上を切って捨てたいと、三日に一度くらいの頻度で思わされていた。

 耳鼻科に処方された第一世代の抗ヒスタミン薬、ポララミンを光に翳す。

 この子がまた厄介な奴で、顔面が麻痺したような感覚に襲われることと引き換えに、症状は緩和されるものの、酷い眠気を運んでくるのだ。これからオリエンテーションであることを考えると、服用は避けるのが賢明だが、大学までは徒歩で十分ほどかかる。マスク一枚の装備だけでは心もとない。

 前門の虎、後門の狼。眠気か、花粉か。

 深淵な逡巡を経て、私は薬を服用することにした。


 この街で暮らし始めるまで、私は青森も新潟も似たような地方都市だと考えていた。しかし、政令指定都市でもある新潟市は、故郷に比べてずっと発展している。

 整備されたアスファルトの道を歩くこと十分。ポララミンの服用からは三十分が経過していたが、教育学部の校舎が近い西門に辿り着いても、眠気に襲われていなかった。緊張や期待は眠気に対する最大の防御なのだろうか。

 この季節は立ち止まって花を愛でる余裕がないけれど、花壇には色とりどりの水仙やビオラが咲いていて、子どもの頃に写生した記憶が蘇った。薬が効いているせいで、目と鼻の辺りの感覚が鈍くなっているが、そもそも春なんて鈍さの代名詞みたいな季節である。


 恐る恐る教育学部棟の大講義室を覗くと、既に座席の大半が埋まっていた。

 集まっている人たちは皆、本当に数ヵ月前まで高校生だったんだろうか。

 数少ない私服の組み合わせから、最良の物を選んだつもりなのに、周りを見ていると何だか妙にやぼったい気がしてしまう。流行りの格好をすることでマジョリティと化すなんて、目的と結果が乖離している気もするが、そんなことを私が言っても、センスのない人間の負け惜しみに過ぎない。

 地方都市の国立大学だ。地元出身の学生たちには初めから知り合いがいるのだろう。室内は騒々しさで満ちており、空席を探しながら戦慄と共に今更気付く。

 他県から進学してきた私は、二百名ほどの学生がいる座席表のない空間で、何の脈絡もなしに誰かに話しかけて友達を作らねばならないのだ。早くも八方塞がりの予感でいっぱいだったし、このままでは居たたまれない自分を誤魔化すために、いらない紙をひたすら細かく千切るという現実逃避にいそしまなければならなくなってしまう。

 大講義室の入口で受け取った、学習計画を記したテキスト版のシラバスを前に、千切れる空白ページが何枚あるか確かめていると、喧騒が止み、講師らしき人物が入ってきた。

 下らない思考でふわふわしていた時間も終わりである。

 私は中学校の国語教師になりたくて、この大学に入学したのだ。

 ここから、いよいよ夢を叶えるための壮大な四年間が始まることになる。

 少なくともこの時は、そう確信していたのだけれど……。



 まだ大学の授業は始まってもいないのに。

 と言うか、スターターピストルの号砲から一時間ほどしか経っていないのに。

 オリエンテーションが終わりを告げた時、私は窮地に追いやられていた。


 喧騒と学生たちが椅子から立ち上がる音で意識を取り戻し、前方にある掛け時計に目をやって気付く。この十分ほどの記憶がない。第一世代の抗ヒスタミン薬、ポララミンの攻撃に屈し、居眠りをしてしまったのだ……。

 言い訳はしないが、釈明はさせて欲しい。花粉症に対抗するために処方される薬には強烈な眠気が伴うのである。それは薬による眠気であり、抗うのが非常に難しいのだ。居眠りはオリエンテーションに対する認識の欠如によるものではない。そりゃ、あの講師の話は要領を得なかったし、単調な声の調子は春眠を誘うには十分過ぎるものだったけれど、抵抗しがたい眠気はポララミンによるものなのである。

 学生たちは次々に教室から出て行っているが、次にすべき行動が分からない。前半は単位履修に関する説明が主だったけれど、終盤は何が話されていたのだろう。オリエンテーションは完全に終わったのだろうか。

 席から立ち上がったものの、そこから動けない。

 ぼんやりとする頭で周囲を観察すると、大講義室を出て行く学生たちの何人かがシラバスを開いていた。確認しているのは巻末のようで、自らのそれをめくると、末尾には校内の見取り図が載せられていた。やはり次の目的地があるのだ。

 誰かの後をつけるべきだろうか? 二百人が一堂に入れる教室は多くない。全体説明が続くようなら教室を変える意味はない。次に行われるのは、より少人数での具体性を増した何かだろう。

 適当に当たりをつけて尾行した場合、恥をかく危険性が大いにある。学科ごとか学生番号順に集合場所が分けられている可能性は高い。やはり誰かに聞くしか……。


「いってぇ」


 何かがぶつかるような音が聞こえ、振り返ると一人の男の子が腿をさすっていた。床に固定された長机の間隔は狭い。通路に出る際にぶつけてしまったのだろう。

 彼は落とした荷物を拾い始めていて、私の足元にもルーズリーフの紙が落ちていた。拾ってあげようと手を伸ばすと……。

 そのルーズリーフにオリエンテーションで聞きとったであろう連絡事項が書かれていた。喉から手が出て、勢いで突き指しかねないほどに欲しい情報である。

『基礎演習のクラスごとに二時半からオリエン。国語科、三〇四教室』

 その文章を目にした時、感動で心臓が右側に移動するかと思った。ルーズリーフに記された情報を彫刻刀で脳に刻み、まだ腿をさすっている彼に差し出す。

「あの……。これ……落とし物です」

 誰かと喋るのが久しぶりだったせいか、口が上手く動いてくれなかった。

「ああ。ありがとう」

 この後、基礎演習のクラス別に再度オリエンテーションが行われるらしいが、幸運にも彼は私と同じ国語学科だったのだ。

 彼のメモに心の中で深く感謝をし、大講義室を立ち去ることにした。



 花粉症とポララミンの巧妙な連携業に嵌められ、最悪のスタートを切るところだった大学生活だが、何とか無事に二つ目の教室に辿り着くことが出来た。今度は各専攻学科に分かれてのオリエンテーションとなるらしい。

 そして、事態は意外なところから好転する。何とその二番目のオリエンテーションにて、ついに私にも友人が出来ることになったのである。


 二十名の学生が集まっていた一年生国語科のオリエンテーション終了後。

 ぼんやりと室内の掲示を眺めていたら、不意に後ろから肩を叩かれた。

「自分さっき寝てたやろ。うちもな、眠たかってん」

 振り返ると、視界の先にいたのは小柄な一人の女子だった。彼女はブラウンに染めた髪をふんわりとカールにしており、グロスの光る柔らかそうな唇も本当に女の子然としていて、これが都会の何処かに住むという愛され系女子なのだと思った。

 彼女が身につけている私服は瀟洒だし、少なくとも青森の片田舎では、こんなに垢抜けた少女を見たことがない。

「緊張でな、昨日、あんまり眠れなかったんやけど、オリエンから寝るなんてやばいやん。だから、うち、けっこう頑張ったんよ。なのに自分、爆睡してたやん。惚れるわ」

 くりっとした大きな目で私を見つめる彼女は、アヒル口をしていた。

 何という女子力だろう。初対面から割と失礼なことを言われているような気がしないでもないが、彼女の愛らしさの前ではそんな違和感も一蹴される。

「なあ、良かったら友達になってくれへん? うち、まだ知ってる子が一人もおらんねん」

 それが、人生で初めて遭遇した関西人、柊木怜夢との出会いだった。

 怜夢は大阪出身であり、引っ越しの関係で一昨日の入学式に出ておらず、新潟には知り合いが一人もいなかったらしい。

「うちな、寝るの大好きやねん。現実は残酷やけど、夢は優しいやん」

 関西弁というのは、未体験の人間からすると一種異様である。

 早口でまくしたてられる関西弁には、何処か恐ろしいイメージがあったのだが、おっとりとした彼女の話し方は、気付けば私の緊張を消し去ってくれていた。パブリックイメージというものは、本当に当てにならないものである。

 聞けば、そもそも関西弁と一言で言っても地域によって大きく異なり、怜夢の方言には子どもの頃に住んでいた四国のものも混ざっているらしい。


 耳慣れない関西弁のせいで、彼女の人間性についてはなかなか判断がつかなかったものの、蓋を開けてみれば柊木怜夢は結構なお嬢様だった。

 彼女が暮らすオートロックのマンションは家賃がうちの三倍であり、管理人による手入れのいき届いた花壇には、ユリウスやマリーゴールドが植えられている。毎月の仕送り額も驚愕するレベルだったのだけれど、彼女は育ちの良さとは裏腹な庶民感覚も持ち合わせていて、あっという間に私たちは仲良くなった。


 大学には色んな種類の人間がいて、それぞれに暮らすスピードが違うのだろう。

 広大なキャンパスを私たちは速足でなんて歩かないが、常に早送りでもしているみたいに生きている人たちだっている。

 同じ速度で生きている人の方が、友達としての相性は良い。おっとりとした性格の怜夢は新しい街で出来た初めての友達であり、時間を重ねただけ大切な存在になっていった。

 恩師の思い出とか、目標とする先生像とか、そういうちょっと真面目な話から、一人暮らしを始めて経験した失敗談や高校生の頃の話など、新学期が始まるまでの数日間に色んなことを話し合う。

 寂しさというのはきっと、人間を結びつけるための接着剤みたいな役割も持っている。

 私たちはこの街で、お互いのほかに誰一人として友人がいない。加えて私は携帯電話もパソコンも持ち合わせてないから、実際に会う以外の方法でコミュニケーションを取ることが出来ない。一緒にご飯を作ったり、学生街を冒険したりしながら、スズランの季節に私たちはふんわりとした友情を育んでいった。


 私の通う大学には、大きく分けて二つの講義がある。

 学部を問わずに履修する一般教養と、学部、学科ごとに学ぶ専門科目である。一年生は主に一般教養を中心に受講していくことになるのだけれど、基礎演習という学科ごとに行われる必修の専門科目もあった。

 専攻学科によってクラスの人数も異なるが、今年の国語科は二十名である。毎週同じメンバーで顔を合わせるし、学生同士でコミュニケーションを取る必要もあったから、その授業でなら友達を増やせると思っていたのに、現実は少しだけ期待から外れていた。

 講義が八時半からスタートする一限にあるため、遅刻する学生も多かったし、授業後はすぐにそれぞれが履修している一般教養の授業に移動してしまう。せっかく同じ国語学を専攻していても、仲良くなるチャンスがほとんどなかったのだ。

 それでも、週を重ねれば自然とクラスメイトたちの顔も覚えていく。

 女子高出身の私には男の子がいる空間が、それだけで新鮮だった。そして、やはり目立つ人間というのは確固として存在しているもので、そういう人たちが時間と共に教室の中心を占拠していくというのも、集団の真理であるようだった。

 ディスカッションの度に中軸を担う男子の二人組は、クラスで一番目立っていたし、そんな彼らとフラットにお喋りが出来る女の子たちは、やっぱり容姿もモダンで、ちょっと近付きがたいなと思ってしまう。

 現代に存在するのは、血統ではなくコミュニケーション能力に根拠を有する階層差社会であり、そんなヒエラルキーの中で彼らは貴族、私たちは平民なのだ。

 入学から一ヵ月が経ち、二ヵ月が経っても、一人きりでいる学生もいる。教室の一番前の席で、振り返りもせずに黙々と教師の話に耳を傾けている男の子。いつも遅刻気味に教室に入って来て、授業後には最初に出て行く女の子。授業に対する態度一つとっても、様々なタイプの学生がいた。

 過去を振り返った時に、ターニングポイントだったと気付く瞬間があるとすれば、私にとってそれは、ラベンダーが香り始めた水無月のことになる。

 基礎演習の講義が終わった後、すぐに教室を出て行こうとした何人かを呼び止めて、一人の男の子が立ち上がった。教室で目立っていた二人組のうちの一人だ。背が高くて、アシンメトリーにした長い髪の毛を綺麗な茶色に染めている。

 貴族階級の彼が教室中に響く声で提案したのは、基礎演習メンバーでの親睦会だった。四年間、このメンバーが学科の同級生になるのだから親睦を深めようと、軽やかな口調で彼が告げ、すぐに辺りの目立つ女子たちが賛同する。

 私も怜夢もほかの同級生たちと喋ってみたいと思っていたから、素敵な提案だと思った。あえて私なんかと喋りたいと思う子はクラスにいないかもしれないけど、それはそれ、これはこれである。

「予定の調整も必要だろうから、親睦会は十日後の日曜日。先生にも声をかけるので、全員に参加してもらえると嬉しい。大学近くの居酒屋を予約しておきます」

 その時はまだ名前すら知らなかったが、あの日、親睦会を提案した男の子が伊庭智之だった。そして、この時、開催された親睦会こそが、様々な未来を変えていくことになるのだけれど、それを私が知るのは、もう少しだけ先の話になる。