◆◆◆はじめに◆◆◆

 平日、朝9:30、JRの新橋から品川を通過するときに、僕はいつも皮肉に考えてしまいます。

「膨大な数の人々がうつむき加減に無言でオフィスへと向かっている。でも、会社の中には、本当にそんなに〝やるべき仕事〟があるのだろうか? 多くの仕事は、誰かが誰かのために創り出しているだけではないか?」と。

 3・11が起こった直後、東京の大企業に勤める会社員の人たちはなんとかして仕事場へ向かったものでした。仕事が好きだから? やるべきことがあるから? もちろん、そうでしょう。

 でも、周りの会社員たちに本音を聞いたところ、「もし仕事場に行かなかったら、実は自分の仕事が必要ないということを証明してしまうから」といった答えの人も多くいました。

 今や、伝統的な大企業の社会における役割は、もはや毎月30万~50万円の生活費を分配する生活保護機関と化しているといっても過言ではありません。日本の大企業は互いの馴れ合いの中で富を配分し、価値創造や競争とは無縁になってきています。


 僕はかつて30歳で会社を辞め、いわゆる「社会のレールを降りた」経験があります。そして、自分の志に基づいて起業しました。

 起業したときは、年金も将来も経済もすべてに対して不安でした。起業の初期に抱いた、小さな部屋の硬いパイプ椅子の感触や、どうしようもない孤独感や劣等感を、僕は決して忘れないと思います。

 その頃、僕は毎日、ひとり夜中に駒込にある六義園の周りを走りながら、叫んでいました。「俺はできる、できる、できる!」と。ひたすら自分に言い聞かせて、夜中の空に向かって宣言していました。前に進むには、とてつもない勇気が必要でした。


 それまで、僕は一度も、トップやリーダーになった経験がありませんでした。実際、会社経営もへたくそでした。その分野では結局、たいした成長はしなかったと言えます。

 だからといって、自分の心に従わないわけにはいきませんでした。自分がやるべきこと、やりたいことを形にするしかないと思っていました。

 それから、その後の5年間、僕は自分の脚で立って、ただ耐えていました。やりたいこと1つの裏には、10のやりたくないことがあります。それでも、そのやりたくないことを一つひとつクリアしていくのが、起業の現実でした。

 僕は少しずつ歩み、事業を形にしていきましたが、最後は前のめりに倒れ込んで引き継いでもらいました。その事業は今でも成長しています。


 レールを降りたその時期のことを思い出すと、大変ではあったけれど、僕は、その期間【生きていた】と思います。

 生きている過程とは、何かと何かが分かれていない状態であり、常に一つです。

 手段と目的が分けられていなくて、何かのために何かをする、ということがありません。あるいは今と未来が分かれていません。ただ今、その瞬間だけのために何かをする、という状態が継続していました。

 それが生きるということの本質だと思います。そういう意味で、僕はたしかに生きていたのです。


 僕は、自分のように起業することを、皆さん全員にお勧めするわけではありません。

 ただ、今の息苦しい日本で、「生きている」ことを実感している人はどれほどいるでしょうか。その実感が持てないことで、とりあえず会社に通勤している人も、引きこもりをこじらせている人も、同じように苦しんでいる現実があります。

 この解決策として、とにかく盲目的に社会のレールに乗るのではなく、まずは勇気を出して立ち止まり、【自由を手にするべくあがいてみてほしい】のです。


 生きる意味がわからなくなったら、まずは自分が「好き」なことを追求してみてください。そして、自分が「好き」なことで社会に貢献し、そのお金で食べていくことができれば、そのときレールに乗った人生とはまったく違う、あなた個人の幸福が見つかると思います。

 今日本で、会社にいても会社から離れて生きていくことを考えている人、あるいはすでに会社を離れて世間的には「ニート」と呼ばれるような生き方をしている人が、じわじわ増えています。彼ら彼女らは、「好き」なことで「食う」ことさえできれば、それが目指す幸せな生き方だと気づいているのだと思います。

 それは、もちろん実際に僕のように事業を興して自分の会社を設立することもあれば、フリーランスとしてその業界で身を立てることもあり、あるいはNPOや社会起業を始める、さらにはそこまで至らなくてもかまわないかもしれません。納得のいく別の企業に転職したり、会社員であってもプロボノ(社会人としてボランティア活動に参加すること)などで生きがいとなる活動を見つけたり、副業や会社とは別の組織などで活躍する生き方もありえます。

 このことを言い表す的確な言葉は、ダニエル・ピンクが著した『フリーエージェント社会の到来』で述べられたフリーエージェント(雇われない生き方)が近いかもしれませんが、言葉の定義にこだわる必要はありません。

 本書では、それらを【「好き」なことで「食う」生き方】、と大雑把にくくります。金銭的、社会的な安定のための仕事ではなく、自分が本当に好きでやりたいことをして、それで食べていく生き方です。


 では、それをするために何が必要かというと、「勇気」と「知識」だけです。

 勇気はやってみなければ学べませんが、知識は学ぶことができます。

 僕はこの本で、【「好き」で「食う」を実現するための知識を、読者の皆さんとシェアしたい】と思っています。

 好きなことをただやみくもにやっているだけでは、当然食べていけません。食べていくためには身につけるべきことがあるのです。

 でも、それは会社で仕事ができるようになるスキルや知識とは大きく異なります。これまでのビジネス書が説いてきたスキルアップやビジネスのヒントにはない、新しい知識です。だから、まだあまり語られていないのも無理はありません。

 本書で、それを皆さんとシェアし、これからの時代の生き方として、「好き」で「食う」を実際にどう実現するのか学んでいくことで、たくさんの人に自由へ踏み出す勇気を持ってもらえればうれしいです。




◆◆◆序章 会社を辞めてニートになっても、食べていこう◆◆◆



●自ら選択する「自由」による不幸

「自由」であることは、実は「不幸なこと」です。

『三丁目の夕日』の時代が幸福といわれるのは、日本が高度経済成長期だったからだと世間的には思われていますが、本当はそうではなくて、生き方の〝選択肢〟が少なかったからではないでしょうか。経済的には貧しかったにもかかわらず、希望を持って人々が生きることができたのは、日本人の人生のパターンが今よりも単純な時代だったからとも思えます。

 そう考えてみると、【現在の若者の不幸は経済的貧困によるのではなく、本当は自分自身で人生を選択する勇気と知識の欠如による】ものなのです。

 自由であるというのは辛いことです。選択を自らしなければならないという点において、僕たちは不幸なのです。

 それでも、好むと好まざるとにかかわらず、僕たちは自由に生きることができる現在の日本に生まれ、これからの自分の人生を選択していかなくてはいけません。


●『島耕作』は僕たちのロールモデルにならない

 誰でも知っている通り、これまでの社会は単純でした。

 選択肢は少なく、一本のレールと経済の成長のスピードに合わせて走る、たった一つの急行列車があるだけ。それが【「勉強し、大学に入り、大手企業に入り、昇進する」という道】です。多くの人が目指す、平均的な道のりと言えます。

 日本人の人生とは、その列車に乗りこんで皆とともに年齢を重ねてゆくことでした。今でもそう思っている人は多いと思います。よって、これまで一生懸命、勉強も就活も頑張ってきたのに、この急行列車に乗れずに振り落とされ、絶望し、人生が〝詰んだ〟と思って引きこもっている人が少なからずいるのです。

 でも、ちょっと待ってください。

 みんなうすうす感じているとは思いますが、現代において、「高校・大学を出て大手企業の部長・課長になる」という「日本の平均的会社員」は、今や100人のうち3人もいないのです。つまり、会社員として出世を目指す人がマジョリティ(大多数)の時代は、実はとうの昔に終わっているのです。

 今は、『島耕作』は僕らのロールモデルにはなりません。あれはあくまでフィクションのお話、と割り切って読む時代になっています。

 あるはずの【レールが実はない、これが現実です】。大学まではあったはずのレールのその先がなくなってしまっているのです。

 はしごを外された状態で、まるで『銀河鉄道999』の宇宙に飛び出すレールのように、その先は宇宙が広がっているわけです。ただ、銀河鉄道のように宇宙に飛び立てないので、脱線事故を起こす可能性は高いでしょう。

 一方で、今でいう〝社畜〟として一生懸命働いてきた世代が、「豊か」になったとはいえ、「幸せ」になったとは言い切れないことも事実です。


●豊かさを示すのは、GDPではなく、〝一人当たり〟のGDP

 皆さんも感じているでしょうが、すでに日本は豊かではありません。

 日本の国民一人当たりのGDPは2012年以降、急激に下がってきています。下がっているのは図(※実際の書籍では図をご覧になれます)にある国の中では、唯一日本だけです。たしかに日本のGDPの〝大きさ〟は世界第三位です。しかし、GDPの額は豊かさではありません。豊かさを示すのは、一人当たりのGDP。その一人当たりのGDPで見ると僕たちは他の国と比べてもどんどんと豊かでなくなってきているということです。

 僕たちは、そのような経済的に厳しい状況にある日本で暮らしていくことになるのを、きちんと認識しておかねばなりません。


●シニア・女性活用、少子化対策は的外れ

 一人当たりのGDPが下がってきているという現状に対して、日本はさまざまな対策を打ってきました。労働力を増やすためにシニアといわれる年配の方や女性を活用しようとしたり、またそもそもの人口を増やすために少子化対策を行なったりしてきました。また、お金を増やすための金融政策もしました。しかし、そうした対策を実施して、本当に日本は豊かになったのでしょうか。あなたの生活は、何か変わりましたか。おそらく、何も変わっていないはずです。

 それは、問題の本質は、「量」でなく、「率」、つまり効率にあるからです。


●効率が悪いのが本当の問題

 日本人の労働時間は主要7カ国の中でも長い方だと言えます。日本人はたくさん働いています。しかし、時間当たりGDPを見てみると、主要7カ国の中ではイタリアに次いで低い水準にあります。


 つまり、他の国に比べると、たくさん働いている、しかし効率は非常に悪いということです。だから、問題は働き方だということになります。

 資本力に関していえば、「黒田バズーカ」(2013年に日本銀行が行なった、異次元規模の量的緩和。平たく言うと史上まれに見る大量のお金を日本社会に投入し、不況の日本を潤した金融政策)として64兆円を投下したわけですが、うまくは働かなかったようです。

 さらに日本でお金を持っているのは、結局は高齢者だということも問題です。日本の家計金融資産1700兆円の内、60歳以上の人がその80%以上を持っていると言われています。新しいことをしようとする若い人にお金が回っていかないのが、現在の状況なのです。


●大企業の生産性は世界と比べても低い

 大企業を見てみると、従業員と売り上げから考えた生産性の観点からNTTとAT&Tでは約1・5倍、NHKとBBC(英国放送協会)では約3倍の差があります。

 直感的にもわかることですが、日本の企業は働き方の効率が悪いのです。


●会社に入ってもキャリアは作れない

 そんな大企業にもかかわらず、なんとかして内定を取って入社しようと皆頑張ります。しかし、本当にその選択肢は正しいでしょうか?

 実は、苦労して入った会社ですが、入社3年以内に1/3の人が辞めてゆきます。5年で約50%です。しかもキャリア転換というよりも、多くの人が激務で心身の調子を崩し、仕事ができなくなって辞めてゆく。そうなってみると、リカバリーするのが大変です。結果としてずるずると年を取っていく人も多いのです。

 誰もが考えていた、一度就職すればずっとキャリアトラックに乗ってゆける、というのは、幻想です。就職してもよい企業は3つのみです。ホワイトな企業、スキルが身につく企業、信用を手に入れられる超ブランド企業です。その他はお勧めできません。それよりもむしろ学生時代からインターンに参加したり、できる範囲の仕事を企業から請け負いながら、やがては自分の会社を作ったり、事業を立ち上げてゆく方がよっぽど健全ではないでしょうか。そうしている間にどこか良い企業と縁があれば、30歳前後で初めて就職するのもいいでしょう。


●立ち止まって考えること

 僕はまず、今の社会のレールにそのまま乗ることを考え直すべきだと思います。

 これまでの日本のシステムは崩壊を始めています。これから新しいシステムが出来るまで、個人はどんどん解放されてゆくでしょう。

 だからこそ、【個人はもっと自由に生きていくべきです。好きなことを好きなようにして生きるべきです。崩壊するシステムの中に自己を埋没させるべきではありません】。そういったことはすべて、僕らが生きていくうえで必要ではないのです。


 若者世代はこのような認識は少ないと思いますが、これまでの日本の社会では、個人主義と集団主義は対立する考え方であり、個人主義とは、要するに「わがまま」ということでした。

 でも、「個人」と「社会」は、本来、対極の関係にはないはずです。

 個人の自由を追求することと、社会の利益に貢献することは矛盾しません。個人が幸福になることと、社会が発展することは、同時に達せられるはずです。

 日本人の幸福度が低いのは、周りの期待に応えて自己を抑制するからではないでしょうか。今こそ集団主義の「空気」の呪縛をやぶり、個を確立する時期だと思います。


 起業などしなくてもいいのです。

 浪人(ニート)でもいいわけです。本当は、会社員であることよりも、テレビばかり見て働かずに実家で親のすねをかじって暮らすニートとして生きることの方が、ずっと勇気がいります。みんながこぞって就活をするのは、就職したいのではなく、不安を解消したいからでしょう。

 実はニートであることは、なかなかよくできた人生戦略と言えます。ニートとは、社会のレールから外れた落ちこぼれではなく、衣食住について比較的豊かな親世代に依存しつつ、エネルギーを温存しておくという冬眠の戦略なのです。


●「選択をしない」という選択もある

 選択をしない、という選択もOKです。

 若者世代にとっての最良の選択肢の一つは、実は何も選択をしないことであると僕は考えているほどです。

 つまり、あえてポジションを取らず、虎視眈々と機を待つこと。今無理に働いても、そこで得られるスキルや知識は、旧世代のオペレーションに有効であるにすぎない場合が多いわけです。変革(イノベーション)が起こって枠組み(パラダイム)が変わってしまえば、過去の技術(スキル)は不要になります。

 旧世代のシステムに乗っかってサービス残業して無理して働く上に、上司や先輩に理不尽に怒鳴られながら、不眠不休で勉強して何とかついていったとしても、せいぜい心身を壊すのがオチです。その後の人生は誰も保証してくれません。


 でも、キャリアを積まなくてはこの先、自分は必要とされない人間になるのではないか? そんなふうに、あなたは心配するかもしれません。

 しかし、経済は生産人口で決まるし、いつの時代も若者は重要な生産要素です。移民を受け入れる土壌の薄いこの国では、若者は、「実は自分たちは、社会の生産性に対して大きな交渉力を持っている」ということをもっと自覚した方がいいと思います。若者向けの職業訓練制度が過保護に整備されているのも、生産者である若者の労働資源を社会は無駄にできないからなのです。


●生きる意味を見つけるなら「好き」か「やるべきこと」をやろう

 そう考えると、今会社員として働かないことにより生じる問題は、金銭面の不安だと思われるでしょう。

 しかし、現在の職を持たない若者の悩みのほとんどは、実際は、生きる「意味」の喪失なのです。どうアイデンティティを保つのか、が本当の課題です。

 実は、それが一番難しい問題なのですが、ただ僕たち世代は、年配世代のように経済力や出世競争だけにアイデンティティを見いだす必要はありません。

 【まずは「好き」を追求すべき】です。それでも、【やりたいことが見つからないなら、やるべきことをやる】のです。

【「やるべきこと」とは、「貢献につながること」】です。

 自分や自分の才能がわからないなら、本当にわずかなことでよいので、人の役に立つことをやってください。仕事でなくてもいいでしょう。お金が入らなくてもいいのです。貢献は信用を生み、それはいずれ経済的自立と社会的評価へと変わるでしょう。


●学校を出た後の世界は平等ではない。早く慣れよ

 どうあがいても今後、日本経済が衰退することは間違いありません。

 ただし、それは日本人全体が〝均等〟に衰退することを意味していません。全体はゆるやかに低迷しつづける一方で、とがった個人や一部の地域・組織(企業)が突出することになります。

 つまり、【これからの日本人は、〝まだら〟模様となって、〝凸凹〟が目立つ世界に生きる】はずなのです。

 現在でもすでに傾向はありますが、今後は才能にあふれ、個性的で、外見も優れた日本人がさらに輩出され、彼らには世界的にスポットライトが当たるでしょう。かつてはイチロー、宇多田ヒカル、今なら錦織圭や高梨沙羅に相当するグローバル人材が、急速にしかも多数輩出されるでしょう。

 多くの日本人は彼らを応援するかもしれませんが、切ないことに、彼ら自身は、自分たちを日本人(同類)だと思っていません。彼らは日本国民全体の0・01%を占める「地球人」なのです。

 残りの日本人のうち、80%は、各地域ローカルで生活をする「地域人」、20%は、東京~上海~シンガポールを行き来する「アジア人」の会社員となるでしょう。


 これからの日本では、〝平均〟は意味をなさなくなり、〝平等〟は消滅するでしょう。

〝平等〟に固執する人々は、もっとも大きな精神的苦痛を味わうことになるでしょう。

 これからはどんなにゆとり教育・平等教育を受けてきたとしても、学校を出た後は「世界は平等ではない」という前提で生きるべきだと思います。本当はすでに、目には見えない階層ができているのです。

 もし気づいていないなら自分で気づくべきだし、大人たちもいい加減にそれを肯定すべきです。ビル・ゲイツも言うように、「人生は公平ではない。若者よ、早くそれに慣れよ」なのだと思います。

 そのような前提をおいたときに、大事なことは何でしょうか?

 それは、個々の才能を土台とした「貢献の精神」で社会と関わってゆくことです。


●「好き」で「食う」は実現できる

 貢献の心で社会へ価値を提供していくことは、目には見えない個人の信用をつくり、信用はやがて貨幣(カネ)という具体的な姿に変わります。またそれ以上に、「才能」を土台とした「貢献」は、【人生の意味を「ただ生きる〝生存〟から何かを生み出していく〝創造〟へ」と根本的に変えてくれる】でしょう。


 では、どうすれば個人は価値を生み出し、社会に提供して貢献できるのでしょうか?

 誰しも自分の好きなことをして食べていきたいはずです。でも、多くの人はそれを夢物語だと諦めてしまっています。

 例えば、アーティストでは食べていけないから、会社員になろう、というふうに。あるいは、自分はその分野では一流になれない、だから就職しよう、という言い訳のもとに。

 でも、それは根本的に間違っています。「好き」で「食う」は実現できるのです。そのやり方をきちんと学ぶことで、そして、自分で考える方法を身につけることで。

 それをこれからの章で、説明したいと思います。



POINT

・社会のレールとルールは、壊れようとしている。だからもっと自由に生きよう。

・「好き」を追求しよう。「好き」がないのなら、やるべきことをしよう。やるべきことと は、貢献できることだ。