Prologue


 一人でだって、輝ける。

 そんな事実を私に知らしめた目の前のステージは、立ち尽くしたまま動けずにいた私に手を差し伸べる道しるべとか、一筋の光とか、吹き抜ける風とかそういうものみたいだった。

 一人じゃ何もできないって思ってた。

 居場所なんてないんだって諦めてた。

 ステージに立つことはできないって。

 照明を反射する銀色のポールに彼女は手を伸ばす。白い手がポールを掴んだ瞬間、その身体がふわりと宙に浮いた。重力から自由になった彼女の身体は、ポールを軸に回転し、反転し、かと思えばピタリと動きを止めて、その身体の曲線を主張する。

 それは、もはや私がよくよく知った従姉とは別人だった。広いステージにたった一人でも臆することなく堂々と胸をはり、前を向き、気高く強い彼女はただひたすらに美しい。

 私もあんな風にステージに立ちたかった。

 そんな後悔を抱いていた私は、ステージにさらに釘づけになって息を呑む。演技はクライマックスを迎え、勢いを増した彼女の身体が大きく舞った。

 回る、回る、回る。全身を大きく使ったスピン。

 これまで以上にアクロバティックで観ているこちらまで血が躍る。後悔なんてしててもしょうがないって自然に思え、新たな決意がわき起こる。

 私もあんな風にステージに立ってみせる。

 ポールから降りた彼女を、会場が震えんばかりの万雷の拍手が迎えた。一礼した彼女の顔はもう私の知ってる従姉の顔に戻ってて、そのギャップすらも私の胸をときめかせる。

 空っぽになって潰れかけてた私の中は、気づけば銀色のポールでいっぱいになっていた。座って拍手しているだけの自分がもどかしい。今すぐにでも駆けだしたい気持ちを抑えきれず、頬が熱を持っていく。

 私も、競技ポールダンスをやりたい。

 そう思ってから、心の内ですかさず訂正した。


 私も、競技ポールダンスをやるんだ。



 高校生になったら、競技ポールダンス部を作ろうと思っていた。

 この高校を受験したのだって、部の新設がしやすい、それが一番の理由だった。最低限の部員も揃えたし、顧問の先生だって見つけた。設立申請のための書類だって提出してあった。

 そう、ここまでは順調だったのだ。順風満帆すぎて、こんなにうまくいっていいのかなって思うくらいには。

 そんな気の緩みもあったのかもしれない。

「あぁ、あなたが坂巻さん? 競技ポールダンス部の設立申請出してた、」

 そう問いかけてくる教頭先生に、背筋を伸ばしてから頷いた。ハゲタカを連想させるような鋭い眼光に身体が強ばる。

 私は現在、職員室、教頭先生の机の前に立たされていた。

 まさか入学早々、呼び出しを喰らうことになってしまうとは。

 私の隣で不満げな表情を隠そうともしない男子生徒――星村先輩が恨めしい。この人の挑発になんて乗るんじゃない、と少し前の自分を叱咤したい。心に蓋をして、壁を築いて、フィルターをかけて、周囲から一歩離れた所に身を置いて、うまくやろうと思っていたのに。

 八ヶ月前、従姉の咲子ちゃんの演技を観て以来、虜になった競技ポールダンス。ポールダンスに恋をした、なんて表現を使っても差し支えない、私は高校生活のすべてをこの部に捧げるくらいの意気込みでいる。競技ポールダンスのことで冷静になれなかったのは仕方ない。

 意識を教頭先生に戻した。星村先輩とはもう関わらない、気にしたら負けだ。

「ちょうどよかったです。坂巻さんには話もありましたし」

 先が読めず反応できないでいると、教頭先生は鋭い眼光はそのままに笑んだ。

「競技ポールダンス部の設立は認められません」



 ――三十分ほど前のこと。

 私は昇降口、二年生の下駄箱がある一角にいた。

「さっさと会いに行けばいいのに」

 そんな満園の言葉に、それはイヤ、と答えながら、下駄箱に貼られた名前のシールを目で追っていく。

 四月も半ばを過ぎ、各部の新入生勧誘活動も一段落ついた時期だった。放課後の学校は、新入生を迎えて練習に精を出す運動部のかけ声や、吹奏楽部の合奏の音なんかでにぎやかだ。

 かくいう私も、無事に競技ポールダンス部の設立申請書類を提出し終え、活動に向けた準備を始めたところだった。顧問は担任でもある新山先生が引き受けてくれ、中学時代からの付き合いである満園がマネージャーとして部員になってくれるというので、部を設立するための部員の頭数も足りている。部として正式に認められれば活動費をもらえるみたいだし、練習場所とか道具とか、そういうものを整えれば学校で練習できる。ほかに考えることなんてない、はずだった。

「心ちゃん、ハリキリ屋さんだよねー」

 左手でボブヘアの後ろ髪を、右手でスマホをいじりながら満園が呟いた。

 新山先生こと、新山心、二十五歳独身。何かとやる気に満ちた若手教師は、すでに一部の生徒たちから愛称で呼ばれている。

 そんな新山先生が、まさか独自に部員獲得に向けて動くだなんて予想できなかった。

「でも、部員が増えるのはいいことだね」

 満園の言葉に、そうだね、とは素直に返せなかった。部を作ろうとしておいて矛盾してるかもしれないけど、無理して部員を増やそうとは思っていなかった。

 競技ポールダンスは個人競技だし。

 興味がない人を無理に誘ってもお互い不幸だし。

 満園にしたって、スマホをいじることに興味はあれどスポーツに興味があるようには思えなかったし、積極的に誘ったわけじゃなかった。競技ポールダンス部を作るつもりだというのは中学時代にも話したことがあったけど、いざ高校に入って本当に創部の準備を進めていたら、マネージャーをやると立候補してきたのだ。部の設立に必要な最低部員は二名。誰かに名前だけ借りてでも設立しようと思っていたので、満園のおかげで助かりはしたけど、何を考えてマネージャーをやると言ってきたのかはいまだによくわからない。

「心ちゃんが言ってたの、競技ダンス部だっけ?」

 新山先生が勧誘したというのは、去年廃部になったという競技ダンス部の元部員らしい。競技ダンス部の噂は耳にはしていたものの、新設が容易なゆえに部の数が多いうちの学校では部の統廃合は日常的にあることらしいし、あまり気にしていなかった。

「競技ダンスじゃ、競技ポールダンスとは違うと思うんだけど」

 私がやってるのは、全身を使うアクロバティックなスポーツでもある「競技ポールダンス」だった。フィットネスとしても流行ったし、イベントで活躍することもあるいわゆる「ポールダンス」。そんなポールダンスから派生しルールを厳格化した、今では五輪の正式種目を目指してたりもする「ポールスポーツ」。その双方の特徴を兼ね備えつつ、学生向け競技として独自進化したのが「競技ポールダンス」だ。

「あ、あった」

 探していた名前を見つけた。

『星村郁斗』

 やっぱり実在する名前だったのか、と肩を落とす。新山先生の創作とかであってほしかった。

 競技ポールダンス部に入部希望者がいる、と新山先生が声をかけてきたのはついさっき。元競技ダンス部だという、二年生の男子が二人だそう。一人は『星村郁斗』で、もう一人は『白谷優』。今度紹介するから、とは言われたものの、気になって下駄箱に名前を確認しに来たのだった。

 満園は小首を傾げ、顔の前にさらりと流れた黒髪を耳にかけつつ横から覗き込んでくる。マスカラなど必要なさそうな長いまつげの丸い目が、その下駄箱と私を交互に見つめた。

「まだ外履きがあるね。教室とかにいるんじゃない?」

「……会いに行くの?」

「行かないの?」

 そう言われてしまうと、行かない方が不自然な気がしてくる。でも、何を話したらいいのか全然わからない。部員が増えることなんて想定してなかったんだから。

 左手首にはめたシュシュをいじりつつ、満園に答えられずにいたところ。

「おい、」

 ふいに声をかけられた。私たちの背後に怪訝な顔の男子生徒が立っている。

 下駄箱に用があるらしいことに気づいて、すみません、と慌てて一歩下がった。私より頭一つ分背が高く、野暮ったい印象の黒髪は全体にやや長めで、けれど見上げたその顔は予想外に鼻筋が通っていた。グレーのブレザーの前ボタンを外していて、中にはフード付きのパーカーを着ている。挙動不審な私たちに男子生徒はチラとその切れ長の目を向けるも、下駄箱にしまってあるスニーカーに黙って手をかける。

「もしかして、星村先輩ですか?」

 いつも通りの少々甘ったるくも聞こえる口調で、男子生徒にそう問いかけた満園を止める間はなかった。男子生徒は、確かに『星村郁斗』と名のある下駄箱からスニーカーを取り出した。

 主に男子ウケする満園の人懐こい笑みを向けられたというのに、その目は途端に険しく細められ、満園を、それから私を見る。

「何?」

 友好的とは言い難いその態度に、人見知りしない満園といえど怯んだに違いない。私を盾にして引っ込んでしまったので代わりに答えた。

「競技ポールダンス部の、坂巻です」

 男子生徒は怪訝を通り越し、伸びた前髪の奥から睨むような目をこちらに向けてくる。

「それが何?」

 変な沈黙が降りてくる。話が通じてない、気がする。

「あの……新山先生に、入部届、出されましたよね?」

「入部届?」

 全部疑問符で返される。もしかして、新山先生に教えてもらった名前が間違っていた、とか。

 目の前の男子生徒はあからさまにイラついているし、ここは一度退散した方がいいかもしれないと思い始めたときだった。

「どうかしたの?」

 ふいに隣の下駄箱の陰から声をかけられた。顔を覗かせたその男子生徒は、制服をやや着崩している星村先輩とは異なりブレザーのボタンをきちんと留めていて、真面目そうな印象を受けた。前髪のすっきりした髪型のおかげで表情がよく見え、人好きがしそうな顔をしている。柔らかそうな茶色がかった髪と瞳は同じ色をしていた。

「よくわかんねーけど。入部届がどうとか……」

 その男子生徒は、もしかして、とその顔を明るくしてこちらにやって来た。人を寄せつけない雰囲気の星村先輩とは対照的な、親しみやすい好青年だ。

「新山先生が言ってた、ポールダンス部?」

「競技ポールダンス部です」

 そこはきちっと訂正しておく。

 男子生徒の胸元、名札の『白谷』の文字に気がついた。もう一人の入部希望者だ。

 自己紹介した私に、白谷先輩はよろしくね、とにこやかに返してくれた。こちらは話が通じそうでよかった。

 和やかになった空気を察知した満園も私の背後から顔を出し、マネージャーの御笠満園です、とかわいらしく笑んだ。こんなの普通だよと満園はいつも言うけれど、初対面からこういう風に挨拶できたら男女関係なく好感度が上がるんだろうなと思う。私にはできない。

「舞ちゃん、どんな人なのか気になって、下駄箱に来てたんですよー」

 途端に白谷先輩は申し訳なさそうな顔になる。

「こっちから挨拶に行けばよかったね」

「それはいいんですけど……」

「さっきからなんの話だよ」

 堪りかねたように口を開いた星村先輩の苛立ちなど気にしていないのか、白谷先輩は穏やかに答えた。

「部活、やったらどうかなって」

 星村先輩は虚をつかれたような顔になる。

「……シロ、部活に入るのか?」

「そんなところ」

 星村先輩はよくわからないけど、白谷先輩が入部届を持ってきたのは間違いないらしい。

「白谷先輩は、その、競技ポールダンスに興味がある、ということなのでしょうか?」

 入部届を持ってきたくらいだから当然だろう、と思う一方で。もしかしたら籍だけ入れたいってこともあるのではと思いついた。内申点のためにとりあえず部に入っておこう、みたいな。それならそれでかまわない。予算は増えるし、練習には支障ないし。

「そうだね。うん、興味あるよ」

 興味あるんだ、と意外に思った。ポールダンスといえば、やっぱり女子向けのイメージが強い。とはいえ、女子に比べて競技人口が少ないものの、男子選手だってもちろんいるし、男子だからこそ映える力強い演技だってある。興味を持つこと自体は不思議じゃない。

 けど、白谷先輩は思いがけない方向に言葉を続けた。

「同じダンスなら、郁斗にもいいかなって」

 ……どういう意味?

 星村先輩はちょっと呆けた顔になってから、何かを察したらしい、再び目元を険しくした。

「お前まさか……」

「郁斗の入部届も、僕が出しておいた」

 笑顔の白谷先輩以外、その場にいた全員が固まった。


 一拍遅れて私も状況を理解した。

「白谷先輩が、星村先輩の入部届も出した、ということなのでしょうか……?」

 うんそう、なんて悪びれた様子もなく、朝の挨拶と同等の爽やかさで白谷先輩は答える。

「こうでもしないと、郁斗、部活やらないだろうし」

 混乱する私の隣で、そうなんですかー、なんて満園が間の抜けた調子で相槌を打ってて、お願い今は黙ってて。

 星村先輩は不機嫌どころか怒りオーラを全開にして白谷先輩の肩を掴みにかかる。

「どういうつもりだよ」

 さすがに星村先輩に同情する。そりゃ怒りたくもなる。

 なのに白谷先輩は動じるどころか、星村先輩に笑みを向けすらする。

「どうって、郁斗と一緒にポールダンス部に入ろうかなって」

 だから競技ポールダンス部ですってば、と今の空気じゃ訂正もできない。

「……ポールダンス?」

 星村先輩は白谷先輩を思いっきり睨んだあと、その目を私に向けてきた。

「何、お前、ポールダンスやんの?」

 こういうときこそ私の代わりに軽く答えてほしいのに、満園はまた私を盾にする。しょうがないので頷いた。

「競技ポールダンス部、です」

 苛立ちを隠そうともしない星村先輩を見返すことはできず、目を足元に落としてそう答えるのが精いっぱいだった。沈黙が長い。怒り爆発とかだったらどうしようって、内臓が縮こまる思いだったのに。

 思いもかけず、星村先輩は吹き出した。

「ありえなくない? 部活で? ポールダンスって、そういう店でやってるようなヤツ?」

「それは、」

「それ、俺にやれっての?」

 まだ笑ってる星村先輩に思わず言い返した。

「私がやろうとしてるのは――」

 でも、それすらも星村先輩は強い語気で遮ってくる。

「バカじゃねーの?」

 初対面の人間から投げつけられるには、あまりに強い言葉に押し黙った。

「なんで俺がお色気ダンスなんか――」

 郁斗、と白谷先輩がその言葉を止めたけど。

 遅かった。

 私の中で何かが切れた。

 勝手に入部届を出されたことには同情する。でも、そんな風にバカにされるようなものをやろうとしてるわけじゃない、私は。

「……なんにも知らないくせに、」

 さっきはまともに見られなかった星村先輩の顔を強く見返した。

「知ったようなこと言わないでくださいっ」

 さっきまでのお返しも含めて睨みつける。舞ちゃん、と満園に腕を引かれたけどふり払った。これは私のプライドの問題だ。

「何、文句でもあんの?」

 けど星村先輩も負けじと嘲笑を浮かべたまま睨んできて、その黒い瞳とかち合った。

 ここで引いたら何かに負ける気がして、睨み合ったまま数秒が経つ。

「――いい加減にしなよ、郁斗」

 白谷先輩に嘆息されつつも、星村先輩は引かずに言ってきた。

「じゃ、見せてみろよ」

「え?」

「俺が知らないポールダンスとやら、見せてみろよ」

 できるわけないって思われているのがわかった。帰る、とこちらに背を向けかけた星村先輩の道を、下駄箱に足をついて塞いだ。

「じゃあ、見せてやりますよ」

 肩から提げていた通学バッグを下ろして制服のブレザーを脱ぎ、ついでに首元の赤いリボンも抜き取って満園に押しつける。

「舞ちゃん?」

 全身に沸き立つ衝動のまま、学生シャツとチェックのスカート姿になって昇降口を駆けだした。

 昇降口の前には車寄せのスペースがあり、その向こう、運動部が使っているグラウンドの入口にそれはあった。突き抜けんばかりに広がる青空を背景にそびえ立つ、銀色のポール。式典などのときに、校旗を掲げるためのものだ。

 そのポールに手をかけ、手前に引いてビクともしないことを確認する。

 追いついてきた満園に何か言われたけど、気にせず上履きとソックスを脱いで素足になり、シャツの腕をまくった。手首のシュシュで下ろしていた長い髪を一つに結い上げる。

 遅れて昇降口から出てきた星村先輩を視界のすみに捉え、何か言ってやろうかと思ったそのとき、唐突に管楽器の和音が頭上から降ってきた。吹奏楽部が合奏を始めたらしい。

 下手な言葉より、見せた方が早い。

 ポールに手をかけ、思いっきり地面を蹴り上げた。


 吹奏楽部の音楽はどこかで聴いたことがあるクラシックだった。明るくテンポが速い曲。

 ポールを掴み、そのリズムに乗って勢いよく身体を反転させる。まずはポールを使った逆立ちのような技『ハンドスタンド』。そこから下半身をポールに絡ませて身体を逆さまにして、一度ポールから降りて身体を起こして登り直し、次はポールに腰かけるような姿勢になってキープするホールド技『シート』。

 受験が終わって、競技ポールダンスの練習を本格的に始めたのは先月のこと。音楽に合わせて演技を披露したことはまだなかった。リズムに合わせ、できる技を順々に披露していくくらいしかできないのが歯がゆい。

 競技ポールダンスはこんなもんじゃない。

 足を交差させてポールをさらに登る。競技用のポールよりも太くて登りにくいし、肌が引きつれて少し痛かったけど顔には出さないように意識する。スカートが邪魔だ。下に短パン穿いてるし、いっそ脱いじゃえばよかった。

 ポールを登って上を目指すと視界が開け、吹き抜けた風に自分が汗を掻いていることに気がついた。まだ数分も経ってないのに息も切れてる。体力をつけないといけない、まだまだ練習しないといけないことも山ほどある。今日だって、これから咲子ちゃんの大学に練習させてもらいに行く予定だった。こんなところでこんなことをやってる場合じゃない。

 でも悔しい。

 何も知らないくせに、あんなことを言われる筋合いはない。

 ――坂巻ってさぁ。

 ほんの一年前の、そんな言葉が脳裏に蘇る。

 ――そういうところ、ウザい。

 ポールを握る手に力を込めて、嫌な記憶をふり払った。

 競技ポールダンスに出会ったとき、私がどれだけ嬉しかったかなんて、他人にわかるもんか。

 一人でだって輝ける、全力で挑める、ステージに立てる、自分と戦えればいい、もう誰にも迷惑なんてかけない。

 そんな私の決意なんて知らないくせに。

 音楽はテンポを上げていく。もうすぐ終わりなのかもしれない。だったら、最後に披露する技はこれだ。咲子ちゃんの演技を初めて観たときに一番印象に残った技。

 スピン!

 両手でポールを掴み、下半身をポールから浮き上がらせた。そのまま足を伸ばして勢いをつけ、回転しながら降下する。専用のポールじゃないのもあって回りにくい。手のひらの痛みに歯を喰い縛った。

 回れ、回れ、回れ、見ろ、見ろ、見ろ!

 これが今の私だ!

 着地してポールから手を離し、地面に座り込んだ直後に音楽が終わった。

 額から汗が流れ落ち、上がった呼吸を抑えきれない。ヒリつく両手に顔を歪める。手のひらの豆が潰れた。

 痛む両手をかばいつつも、スカートを払って立ち上がる。気がつけば、さっきまでの苛立ちは薄れて今は気持ちが晴れていた。図らずも演技を披露したおかげで、練習を始めてからの約二ヶ月間、がんばってきた自分を実感できた。まだまだ足りない部分はたくさんあるけど、それはこれから埋めていけばいい、自分は間違ってなかったって素直に思える。理解がない人に苛立ったってしょうがない、私は私の道を進めばいいだけだ。

 ポールから少し離れた所に、満園と白谷先輩、そして星村先輩が立っている。脱ぎっぱなしにしていた上履きを素足のままつっかけ、そちらに一歩近づいて星村先輩を見据えた。

「これが、競技ポールダンスです」

 呆けたように目を瞬いている星村先輩に畳みかける。

「さっきの言葉は訂正してください。それと、無理に入部しなくて結構ですからっ!」

 そう言い放った直後だった。背後から聞こえてきた拍手と歓声に飛び上がる。

 ふり返るとそこには人だかりができていて、グラウンドで活動していたであろう野球部やサッカー部、陸上部らしき生徒たちが集まってきていた。

「何それ、サーカス?」

「ポールダンスって言ってたじゃん」

「何かのデモンストレーション?」

 わいわいと話しかけられて困っていたら、今度は満園に抱きつかれた。

「舞ちゃんカッコいい!」

「あ、ありがとう……」

 すると今度は、坂巻さん! と声をかけられた。誰だと思って首を巡らせると、白谷先輩の隣にポニーテールにメガネの我がクラス担任にして顧問でもある、新山先生が立っていた。基本的ににこにこしているイメージなのに、珍しく表情が険しい。

「どうかし――」

 新山先生の少し後ろに立っている、教頭先生に気がついた。



 どうして俺まで、と呟く星村先輩も含め、こうして私たちは職員室に呼び出され。

「競技ポールダンス部の設立は認められません」

 という宣告を受けたのだった。

 血の気が引いて、さすがに冷静になってくる。校旗用のポールに登ったのは、確かにあまり褒められたものじゃない。

「すみませんでした! よさそうなポールだったのでつい……」

 そうですね、と教頭先生は嘆息で返してくる。

「スカートのままポールに登るなんてはしたない」

「中は短パン穿いてるんで問題ありません」

 そういう問題じゃありません、という言葉は冷たい。

「品格の問題です、品格の」

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。ステージであんなにも綺麗だった咲子ちゃんの演技を思い出し、自分の至らなさでいたたまれなくなってくる。

「でもあの……それだけで設立を認められない、ということでは、ないですよね?」

「今日の一件で、認められないと再認識したところです。――PTA会長からも、ちょうど苦言を呈されていたところでしてね」

 部の設立にPTA会長が出てくるなんて聞いてない。

 憮然としている私に、坂巻さん、と教頭先生は問いかけてきた。

「ポールダンスというものがどういう場所で行われているものか、ご存じですか?」

 意地悪な質問で言葉に詰まる。もしかしたら、私なんかよりも大人の方が、ポールダンスに対するいやらしいイメージが強いのかもしれない。夜のお店、露出の多い衣装、身体をくねらせるような動き、ストリップショー。――でも。

「私がやりたいのはそういうポールダンスじゃないんです。スポーツの競技ポールダンスで……」

 反応の薄い教頭先生に、心折れかけるも気力をふり絞る。

「アクロバティックで、技の難度や芸術性を競うスポーツなんです。競技ポールダンスの基にもなってるポールスポーツでは、五輪を目指してたりもします。ポールを使った新体操とか器械体操とか、そういうイメージに近いものなんです」

「うちには体操部もありますが?」

「体操部じゃ、競技ポールダンスはできません。それに、ポールがなきゃ……スピンができません。ポールを使ったスピンってすごいんですよ。色んな種類があって、勢いもあって見た目にも派手で――」

「回りたいなら鉄棒があります」

「わ、私は回りたいんじゃなくて、競技ポールダンスがしたいんです。競技ポールダンスは、さっき説明したポールスポーツとかポールダンスをベースに学生向けに広まったもので、競技としてちゃんと認められてて……」

「初耳ですね。その『ちゃんと』がどの程度のものかもわかりかねますし。高校生が、よりにもよってポールダンス? というのは普通の感覚ではありませんか?」

 ダメだ、口で勝てる気がしない。

 どうしてみんな、よく知りもしないで否定してくるんだ。

「私はっ……」

「それに、競技ダンス部の二の舞になるんじゃないかという心配もありますしね」

 競技ダンス部?

 ふいに空気がはり詰めた。あ、と思った瞬間には隣の星村先輩が教頭先生の机に詰め寄ろうとしていて、それを白谷先輩が押さえた。星村先輩を押し戻しつつ、教頭先生、と白谷先輩は淡々とした口調で言った。

「競技ダンス部と競技ポールダンス部は別ものです」

 そのひと言で、教頭先生を睨みつけたままではあるものの星村先輩が下がり、白谷先輩が大きくため息をつく。

「切り離して考えていただけませんか?」

「別もの、と言われましてもね。――新山先生、」

 急に話の矛先が向いて、はいっ、と新山先生は裏返った声を上げた。

「部員は、ここにいる四人なんですよね?」

「えぇ、はい……」

 新山先生、星村先輩の入部届の件を知らないんだ。

 競技ダンス部で何があったか知らないけど、そのせいであまりいい展開にならなそうなのはわかった。私はこの人たちとは関係ないのに。

 あの! と声を上げると、みなの目がこっちに向いた。

「来月末には大会もあって、出ようと思っていたところなんです!」

 とにかく、競技ポールダンス部はこれからがんばるつもりで、目標もあるんだってことを言いたかった。

 それが裏目に出た。

 教頭先生がにっこりと笑んだ。その目は全然笑ってない。

「では、そのやる気だけは買いましょう。その大会で入賞してください」

「え?」

「そしたら設立も認めましょう。やる気のある部員が四人もいるなら余裕でしょう」

「あの、教頭先生、部員は――」

「楽しみにしていますね」

 教頭先生が席から立ち去り、それ以上言い返すこともできず話は終了した。


 職員室を出て、文字どおり頭を抱えた。

「坂巻さん、がんばりましょう!」

「舞ちゃんならできるよ! さっきもカッコよかったし!」

 新山先生と満園の励ましが辛い。言われなくたって、やるしかないってわかってる。でもだからって、何もこんな形で大会に出たくなかった。しかも、いきなり入賞?

 頭が痛い。思い描いていた高校生活が遠ざかる。

 こんな風に、終わりになんかしたくない――

 そのとき、唐突に大きな音が廊下に響いてビクついた。星村先輩が壁を蹴った音だった。

 郁斗、と声をかけた白谷先輩すらをも星村先輩はふり払う。なんだかわからないけど、顔を赤くして怒りを抑えきれていない様子だった。何がこの人をここまで怒らせているのか、怒りたいのはこっちだ。

 そんな星村先輩と目が合った。

 もう関わりたくないって思うのに、星村先輩の方から大股でこちらに近づいてくる。

「それ、誰でも出られるのか?」

 その質問に眉を寄せたら、星村先輩は苛立たしげに声を荒らげた。

「大会だよ! あるんだろ、競技ポールダンスの大会とやらが!」

 大会はもちろんある、けど。

 答えられずにいたら、私の後ろから満園がおずおずと顔を出した。

「エントリー、まだできると思いますよ」

 満園の言葉に呼吸を落ち着かせるように大きく吸って吐いて、よし、と星村先輩は頷いた。

「なら、俺も出る。あのハゲに言われっ放しでたまるか」

 展開が唐突すぎて頭が回ってない。教頭先生、ハゲタカみたいではあったけどハゲてはなかったような、なんてどうでもいいことを考えてしまう。

「シロも出ろ。そもそも、お前が勝手に入部届出したからややこしいことになってんだ」

「郁斗がやる気なら僕は付き合うよ」

「え、勝手に入部届出したって何?」

「あたしは裏からみんなをサポートしますね」

 気がつけば私は蚊帳の外で、勝手に話が進んでいく。

 大会で入賞するしか道はない、覚悟はとうにできている、けども。

 この人たちも一緒に?

 なんだか呆然としてしまって、立ち尽くしたまま動けなかった。