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 七月末に入ってめっきり夏らしさを増した日差しに焼かれながら、琢磨は全長四百メートルのランニングコースを走る。ひた走る。汗はとめどなく流れる。口の中は乾いて塩辛い。人を抜かす。一人、また一人。二人。横並びに歩くみたいに走っているカップルに意味もなく苛立つ。舌打ちをする。加速すると足の筋肉が引きつるのがわかる。痛い、痛い、でも胸は、もっと、ずっと、痛い。

 頭をよぎる。

 忘れられない。

 瞼の裏に焼きついている。

 最後の先輩の顔が。サメ先輩の表情が。去年は大泣きだった。今年は泣かなかった。歯を食いしばるように、搾り出すように、引退演説をぶっていた。強い人なのは知っている。だけどあのときくらい……。藤ヶ丘の三年生は、だいたいいつも泣かないそうだ。ソラ先輩だって、ほんの少し涙を浮かべたくらいだった。だけど一年二年のときはあの人も大泣きしたらしい。

 ――だいぶ前に藤ヶ丘が準優勝したときの部長がすごい人でさ。あの年は決勝まで行ってたし、最終スコアもすごい惜しくて、だからこそ普段の何倍も悔しい年だったけど、その人は三年は後輩の前で泣くもんじゃないって言って、本当に最後の最後まで後輩の前で涙は見せなかったんだって。三年生だけになってから大泣きしたっていうのは噂だけど、これからチームを託される二年一年の前で最後までカッコよくいろっていうのはその代からの伝統らしくてさ。何度か会ったことあるんだよ。すげえ人だよ。今でも現役バリバリでさ。

 都立戦の後で、見にきてくれていたソラ先輩がこっそり教えてくれた。あのソラ先輩がすげえ人と手放しで言うのだから、きっとそうなのだろう。

 サメ先輩も、だから泣かなかったのだろうか。

 俺たちの前で最後までカッコよくありたかったから、泣かなかったのだろうか。

 そんなの別によかった。そんな最後まで、カッコつけなくてよかった。あの人には泣く権利があったし、何なら怒る権利があった。不甲斐なく単複共に大敗を喫した後輩に、そんな律儀に気を遣う必要なんて微塵もなかった。詰られるべきだった。お前のせいだとけなされたかった。だけどサメ先輩は最後まで涙の一滴をこぼすことさえなく、来年は勝てよと静かに言った。

 来年は、勝てよ。

 その来年に、もうサメ先輩たちはいない。

 くそっ、と捻りのない詰りが口角に泡を飛ばす。はっ、はっ、はっ、と息が切れる。

 敗北が痛いのはいつものことだ。誰だって負けるのは嫌だ。誰だって負けるのはつらい。勝負の世界に立っている人間で、負けるためにやってるやつはいない。負けるためにやってるんだとしたら、そいつは最初から勝負をしていない。勝負っていうのは、敗者を決めるものじゃない。勝者が決まるから、必然的に敗者が決まるだけだ。勝負の世界にいて敗者を目指すやつなんて、絶対に、一人だって、いやしない。誰だってそうだ。勝つためにやっているのだ。負けるつもりなんて毛頭ないのだ。だから、負けるのは、いつだって、痛い。

 でも今回の痛みは鈍く、重たく、抉るように、胸の奥底へ深く深く、紙で切ったときのようなズキズキとした痛みをいつまでもいつまでも残して、それは日を追うごとにひどくなる。

 なんで疑わなかったのだろう。勝てると思っていたのだろう。本当に、百パーセントこれ以上ないってくらい、努力しただろうか。練習しただろうか。もっとできることがあったんじゃないか。やれることが、あったんじゃないか。

 去年の合宿のとき、駆に言ったのを覚えている。

 ――サメ先輩たちは最後の年だろ。今年みたいに無様な試合して、三年生に迷惑かけたみたいに――不本意な結果に終わらせるようなこと、もう嫌だ。

 嫌だったのに。

 嫌だったから、必死でやってきたつもりだったのに。

 今年は怪我もなかった。スランプはあったがきちんと抜け出した。成長している実感だってあった。強くなったと、思っていた。だけど勝てなかった。色々手に入れたはずなのに、一番欲しかったものは手に入らなかった。結局結果は無様な敗北で、迷惑をかけて、不本意だった。

 仁のボールに、まるで追いつけなかった。あれは、なんだ。テニスの権化か。自分が努力している間、仁が努力していないわけはない。単純にそれは、努力の差だったのか。

 わかってる。わかってるんだ。足りないものは。

 あと一歩、ボールを追える脚力があれば。

 あと少し、精密にボールを操れるコントロールがあれば。

 あとわずか、気持ちを切らさない集中力があれば。

 結果は天と地ほどに変わっていたかもしれない。そしてそれは、決して手に入れられないものではなかったはずだ。

「くそっ!」

 大きく悪態をつきながら、再び亀の歩みのカップルを抜かした。急になんだよ、と男の方がぼやいているのが聞こえたが、琢磨の足は止まらない。止まれない。ずっと動いていないと気が狂いそうだった。立ち止まってしまったら、本当にもう二度と歩き出せないような気さえして。都立戦は終わってしまったのに、もう結果は出てしまったのに、マラソンのゴールテープを越えてからも走り続けているみたいに、立ち止まれない自分がいる。

 四百メートルのマークラインのところで、リョウが立っていた。

「いつまで走るんだよ」

 琢磨は速度を緩めた。ラインを少し過ぎて、リョウに腕をつかまれてやっと立ち止まった。汗がダラダラと滴っていく。足が震えている。頭に何かを被せられて、リョウのスポーツタオルだとわかる。

「勝ち、てえ」

 絞り出すように吐き捨てた言葉とともに、ぽたぽた、と地面に黒い染みができる。リョウが変な声で笑った。

「がむしゃらに走ったって強くはなれないよ」

「わかってるよ」

「なにかしてないと気が済まないのはわかるけど、体いじめるのはやめたら? 気を紛らすだけなら遊ぶんだっていいでしょ」

「リョウは、なんとも、思わないのか」

 少し睨むような形になった。あまりに淡々と、飄々と、言うものだから。

 逆に睨み返された。

「見えんの? はっきり言うけど、なんとも思ってなかったら、エースが体ぶっ壊そうと躍起になってるの止めたりしねえから」

 エース。その言葉が自分に向けられることには未だ慣れないが、正論だと思った。

「……ワリィ」

「謝るくらいならもう上がろうぜ。明日合宿準備あんだし」

 リョウはタオルの上からポンポンと琢磨の頭を叩いて歩いていく。

 強くなりたい、と思ったことはあった。上手くなりたいと、願ったこともある。負けたくない、はいつも考えている。

 だけど、勝ちたいと――こんなにも強く、貪欲に、純粋に、勝利だけを渇望したことはなかった。過程などどうでもいい。ただひたすらに、勝ちたかった。どんなに無様でも、卑怯でも、姑息でも、負けるよりはマシだと思えた。

 勝ちたい。勝ちたい。俺は勝ちたい。俺を、俺たちを負かしたあいつらに、絶対に勝ちたい。



 先輩たちが引退した都立戦の二日後、幹部の引継ぎがあって、学校に制服姿で現れたサメ先輩は、すでに都立戦なんか遠い過去のことみたいになんでもない顔をしていた。でも、なんでもないわけないのはみんなわかっている。だから敢えてそのことに触れようとする人もいなかった。

 部長になる駆、副部長になる森と、前部長のサメ先輩、前副部長の獅子田先輩。それから、女子部――女子部の方が、幾分感情的だった。部員同士でなくなってから初めて会う先輩に、宙見は今にも泣きつきそうだった。二日目で負けてしまった彼女たちは、駆たちより一日早く涙をこぼした。だけど一日早かったからといって、その涙の意味が男子部より軽いわけじゃない。

 引継ぎはあっさりと終わった。マネージャーのいない部なので、事務的なことは部長、副部長の仕事だ。学校の代表として大会の説明や抽選会に出席すること、学校同士の繋がりを保つこと、顧問との連携や部長会への出席など――サメ先輩は、あまり心構えのようなことは語らなかった。本当に事務的なことだけを話して、激励っぽいことはどちらかといえば獅子田先輩の口から語られた。それでも端的に、頑張れよ、とか、まずは九月の新人戦だな、とか、それくらいだ。あっさりしたものだった。

「早いよなあ。もうおまえらが幹部代だもんな」

 サメ先輩がようやく感傷的なことを口にしたのは、引継ぎをした教室を出てからのことだった。

「一年、あっという間だからな。時間は大事にしろよ」

 そう言って、駆と森の頭をワシャワシャっとかき回した。それはソラ先輩がよくやった仕草だった。そういえばソラ先輩も引退するとき、三年間は短い、と言っていたっけ。懐かしさと、寂しさと、心もとなさ――励まされたはずなのに、足元がなくなって、真っ暗な宙に放り出されたかのようだった。ああ、これでもう、本当に、この人は部活に来ないのだと思った。

 引継ぎが終わると、先輩たちは受験勉強あるから、と予備校へ向かった。その現実的な理由はどこかおかしくて、チグハグで、まるっきり冗談のようだったが、実際に先輩たちがすでに受験生であることは鞄に大量に詰められていた参考書や、ノートや、赤本の鮮烈なその色が如実に物語っていた。

 夏休みの校舎は、どこか寂しくガランとしている。七月末の今日がたまたまそういうタイミングなのか、野球部も、サッカー部もいない。陸上部が走っているけれど、彼らは静かだ。吹奏楽の音もしない。どこかで聞こえる騒音の漏れは軽音楽か。上の階から笑い声がする。廊下を歩く自分の足音が、やけに大きく響く。隣を歩く森はしゃべらなかった。窓の外を見ている。視線を追うと、テニスコートが見えた。三階からはちょうど綺麗に見渡せる。今日は男女ともにオフなので、誰もいない――と思ったら、一人でネットを上げているやつがいた。宙見だ。河原は帰ってしまったはずなので、相手なんかいないだろうに。サーブでも打つのだろうか。制服姿のままで? あ、獅子田先輩だ。何か宙見に声をかけている。宙見が頭を下げている……あ、行っちまった。宙見はコートに残っている。

「……行ってやれば?」

 森が言った。駆は森の顔を見た。こいつが口をきくのを、今日初めて聞いたかもしれない。

「なんで」

「俺はちょっと今気分的に無理」

「オレだってそんなテンションじゃねえよ」

「部長同士だろ。行ってやれよ。ひでえ顔してたよ、あのコ。俺の経験上、そういうときに壁当てとかサーブ一人で黙々とやると、ますますヘコむ。止めた方がいい」

 職員室に用があるという森とは階段を下りるところで別れて、駆は下駄箱へ向かった。昇降口を出ると、夏の日差しが待ってましたとばかりに肌に噛みついてきた。もうすぐ八月だ。都立戦がすでに一昨日のことだと気がついて、軽く絶望する。この二日、なにをした? まったく覚えていない。

 コートへ行くと、宙見は壁当てをしていた。シューズだけはきちんと履き替えたらしい。左右に動くたびにスカートが危なっかしく翻っている。さすがにハーフパンツくらいは穿いているのだろうが――目を逸らしつつ、駆はローファーのままコートに入った。どうせ打つわけじゃない。

 コートの錆びついた扉が開く音で宙見は気づいたようだ。振り向いて駆を認めると、ラケットを下ろした。打ち返されなかったボールがコロコロと転がっていく。ずいぶんと散乱していた。普段なら壁当てくらい一球あれば延々と続けられる宙見が、今日はボールのコントロールもままならないらしい。

「呆れた?」

 と、宙見が笑った。無理をしている笑みだってことは、声だけでわかった。

「やめたら? 見てたけど、全然、いいボール打ててない」

「知ってる」

 宙見ははあ、とため息をついて空を仰ぐ。揺らぐ蜃気楼みたいなため息だと思う。

「あっついね」

 どうでもいいことを、わかりきったことを、わざわざ口にするとき、人はたぶん他に言いたいことがある。行間を読むべきか迷って、結局駆もわかりきっていることを口にした。

「夏だし」

「汗だくだよ。制服なのに」

 宙見のシャツには確かに汗がにじんで、少し肌が透けている。だいぶ伸びた前髪が額に張り付いている。前髪を留めずにテニスをする宙見は、そういえば初めて見た。

「どうせ九月まで着ないじゃん」

「それもそうだ」

 あはは、と宙見は乾いた声で笑った。居た堪れなくて、駆はボールを拾い上げてカゴに放り込んだ。

「帰ろうぜ。片付け、手伝うよ」

 敗戦は全員の心に傷を残した。それは別に、特別なことじゃない。どこの学校だってそうだ。負ければ悔しい。つらい。苦しい。引退試合は、特にそうだ。自分たちを負かした学校なんて、仇みたいなもんだ。来年は絶対にぶっ潰す――みんながそう思う。その悔しさを翌年までフレッシュなまま覚えてるやつはそんなにいないだろうが、たぶん宙見は覚えているタイプだ。そして、自分も。琢磨や、森もそうかもしれない。そういう人間が、今の代には多い気がする。男女問わず。一年二年問わず。だからここ最近のコートには、重苦しい空気が立ち込めている。時の止まった悔しさだけが、あの日からずっと、夏の風に流れていくこともなく、どんよりと漂っている。

 部長という立場は実感が湧かない。結局なってしまったけど。どうすればいいんだろうと思う。今のチームを。今の宙見を。目の当たりにして、自分にできることなんて何があるんだろう。せいぜいボールを拾って、これ以上惨めな気持ちになるのを止めてやることだけか。去年、三年生が引退した直後、サメ先輩たちはしっかりチームをまとめあげていた。あれほど号泣していたサメ先輩が、直後の合宿ではしっかり指揮を取り、チームを盛り上げていた。自分はどうするのだろう。

 もうすぐ合宿だ。このままじゃいけない。

 宙見はしばし迷うようにラケットとにらめっこをしていたが、駆がぽいぽいボールを拾っていると、やがて浅くうなずいて一緒にボールを拾い始めた。

 二人でコートを出る。駐輪場のところで、宙見が思い出したように言う。

「進藤くん、チャリ?」

「おう。乗ってく?」

 宙見が目を丸くした。

「いいの?」

「途中までなら。部長同士だし」

 自分で言っていてその理屈はどうなのだろうと思ったが、宙見はただうなずいた。

「ん。ありがと」

 微笑んだ宙見の顔は、夏の陽炎に溶けてしまいそうなくらい、儚かった。



 都立対抗団体戦三日目、準決勝で山吹台に当たった藤ヶ丘は、1-4で敗北した。

 一勝したのはサメ先輩だった。ダブルス二敗、そしてシングルスでも琢磨が山神仁に敗北し、その時点で藤ヶ丘はチームとしても敗北した。

 決して、弱くはなかった。だが山吹台の壁は高く、厚く、圧倒的だった。決勝戦は山吹台と松耀になり、雌雄を決する戦いとなった山神と仙石のハードヒッター対決は史上稀に見る激戦となったが、駆たちはそれをどこか遠くから、ぼんやりと眺めていた。山吹台が優勝杯を受けとった表彰式が終わった後、三年生の引退演説で、頬を引っ叩かれたように現実に引き戻された。

 去年よりもずっと、敗北が重たかった。先輩が泣かないから、後輩も泣けなかった。去年はサメ先輩が口火を切って、後は号泣の大伝染だったのに、そのサメ先輩が泣かず、去年の姿を知っている二年は泣けず、だから一年も泣くわけにはいかなかったのだろう。誰も泣かないという、三年生の引退演説にしては異様な光景だった。

 ただ、それはそのときだけの話だ。

 家に帰ってから、こみ上げた感情に自然と涙がこぼれた。そしてそれはきっと、先輩たちだって。

 負けた。負けた。だけど涙の理由は悔しさじゃない。なんだろう。単純に、後悔や自責の念――先輩たちを、勝たせてやりたかった。自分たちには、まだ来年がある。だけどあの人たちにとっては、最後だった。最後の年に、後輩の前で悔し涙をこらえさせるより、うれし涙を流させてやりたかった。

 ……いや、それさえも違うのか。

 単純に、寂しかった。もうあの人たちと、藤ヶ丘のチームメイトとしてテニスをすることは、一生、金輪際、二度とないのだと。一試合でも多く、ともにテニスをするためには勝ち続けるしかなく、そのもっとも美しい終わり方は優勝しかない。だけどその終わり方は、都立でもたった一校にしか許されていない。うれし涙で引退できる三年生は、ほんの一握りだ。

 くそ、と何回枕に向かって口にしたか知れない。涙と鼻水と唾液で濡れた枕に顔をうずめて眠り、目が覚めたときには夏が始まっていた。夏休みが始まっていた。

 藤ヶ丘では都立戦の直後に合宿がある。山中湖での、三泊四日の遠征合宿だ。当然指揮を執るのは、最年長たる二年生だ。

 合宿の準備は一年のときにも経験している。ボールを袋詰めして、カゴを重ねて、カートは連ねる。コーンはまとめてスズランテープで縛り、トレーニング用のラダーとメディシンボールはカゴに放り込む。要は出発時にバスに積めればいいのだ。一年生への指示出しはほとんど森と涼がやってくれて、駆は琢磨と練習メニューやコート割りについて相談していた。どこか、上の空で。

 出発にあたり、恒例の部長挨拶があった。自分でしゃべっておいて、あー、とか、えー、がやたら多かったことしか覚えていない。宙見の挨拶は記憶にすらない。

 バスの中はそれなりににぎやかだった。男女同じバスで全員乗り切れてしまうような小さなチームで、にぎやかだと感じたのはたぶん一年生がそれなりにはしゃいでくれたからだろう。駆も話を振られれば応じたし、森や涼も悪ふざけはしていた。琢磨は寝ていた。女子部は、宙見が寝ていた。別に雰囲気が悪いとは感じなかった。新しい何かが始まりそうな気がした。

 山中湖は涼しかった。一年ぶりだ、と思って、そういえば去年は琢磨はまったく打てなかったんだよな、と思い返す。怪我をしていたのだ。都立戦の無茶が祟って、まるっきり打たせてもらえなかった。

「今年は打てるな」

 そう声をかけた横顔は、妙に強張っていた。

「そうだな」

 声も怖かった。こいつが怖い顔をしているときは、だいたいろくなこと、考えていない。

「顔怖えーぞ。人でも殺しそうな顔だ」

「ほっとけ。もともとだ」

 そんなことはないと思うが、それ以上はつっこまないでおく。

「あんまり引きずるなよ。オレが言えた義理じゃ、ないのかもしれないけど」

 都立戦で単複ともに山神に敗北した琢磨が、試合後に魂が抜けたように呆然としていたのを見ている。あのまま死ぬんじゃないかと思ったほどだ。

「わかってる」

 返答は短かった。

 全員、がむしゃらにボールを打っていた。駆も声は張っていたが、どことなくそれは自分の声ではないように聞こえた。先輩のいない練習はなんだか別世界のようで、律儀に数人分の声が足りない寂しさがどこからともなくコートの中に忍び込んでくる。追い出そうと声を張り上げるほどに浮き彫りになって苦しくなる。自分はこんなに感傷的な人間だっただろうか。ボールはばすばすとネットに突き刺さる。いつもならそんな駆に怒号を飛ばす琢磨は、自分のミスショットに対してイライラと舌打ちを漏らしている。珍しく森も苛立っていた。涼が困ったような顔をして駆を見、駆も困った顔で見返すしかなかった。やたらと大きな声を出す嵐山のショットばかりが、綺麗にネットを越えていた。

 三泊四日はあっという間に過ぎた。ある意味、そこまでは勢いで乗り切れた。何かをぶつけるみたいに、必死に。でも帰ってきて、二日くらいオフがあって――切れた。スイッチみたいなものが。ぷつんと。一斉に。

 夏の練習は飛ぶように過ぎていった。時間に振り回されるように、過去を振り切るように――それもまた、あっという間に過去になっていった。


 そして、夏休みが終わる。