年の瀬も押し迫った十二月二十六日。朝。

 東京都は大田区にある日本最大の空港、羽田空港。

 年末年始の帰省客、旅行客などでごったがえすその入口に、五人の男子高校生が到着した。

「ついに到着ー! 羽田空港ー!」

 一番先にエスカレーターを降りた男子が、少しオーバーに声を上げた。

 引いているキャリーの色は派手なピンク。なかなか上級者向けの色だが、持ち主によく似合っている。少し長い髪にはヘアピンが光っていて、着崩した服はいかにも『チャラそう』だ。

「祐くん。先行かないでよ」

「悪ぃ。ちょっとテンション上がっちゃって」

 祐と呼ばれたキャリーの持ち主の名前は水野祐。聖川高校の二年生だ。

 少し不満そうにその後に続いたのは、ちょっと雰囲気の違う男子。クリーム色の髪に、色白の肌。一瞬女子かと思うほど可愛い顔立ちをしているが、その声は男子のものだ。名前は西宮諒。祐の一年後輩だ。

「それに、『ついに』ってほど電車にも乗ってないし」

「細かいねぇ諒ちゃんは。そんなんじゃ眉間にシワがよるよ~。しゅしゅみたいに」

「オレの眉間にシワはねぇ」

 諒の後ろから、もう一人の男子生徒が祐をギロリと睨み付けた。

 がっしりした体格は日焼けして、誰が見ても運動部といった外見。無愛想な表情はめったに緩むことはなさそうで、二人とはまったく雰囲気が違う。

 その眼光は鋭いが、祐はひるんだ様子もなくニヤッと笑った。

「えー。自分じゃ気づいてないだけかもよー。ミラー貸してあげよっか? しゅしゅ」

『しゅしゅ』が、この無愛想な男子のニックネームらしい。といっても、そう呼ぶ猛者は祐だけだ。『しゅしゅ』の本名は吉野俊介。祐と同じ二年生。

「……るせぇ。てかテンション高すぎんだよ」

「しょーがないだろ、俺、飛行機初めてなんだよ」

 祐はなぜかそこで『えへん』と胸を張った。

「祐も初めて? よかった。仲間がいたー」

 ほっとしたように言ったのは、三人とはまた雰囲気が違う男子。背格好は中肉中背、どこにでもいる普通の高校生といった様子で、穏やかな雰囲気には『癒やし系』という言葉がしっくりくる。祐・俊介と同じ二年生の長谷川康太だ。

「俺も実は初めてでさ、さっきから落ち着かないんだよね」

 康太はリュックを背負い直しながら、感慨深げにターミナルを見回した。

「あそこの大きな看板とか、『よくニュースで見るなー』とか思って」

「あー。飛行機の名前が並んでるやつな!」

 祐はすぐに話に乗り、空港初心者二人で盛り上がり始める。

「そうそう。台風のときとか、あそこに『欠航欠航欠航』って並んでさ」

「わかるわー。ほら、あれとか荷物預けるところだろ?」

「マジだ。ベルトコンベアだ」

「祐も康太も、はしゃぐのはいいが少し声を抑えろ」

 一番後ろを歩いていた三年生が、苦笑しながら二人に声をかけた。

 背の高い三年生は、五人の中で一番落ち着いている。キリッとした表情はいかにも優等生という様子で、その印象は間違っていない。名前は源誠一郎。

「すみません、会長」

 祐も康太も素直に謝り、五人は人の邪魔にならない場所に移動した。

「それにしても混んでるねー」

 康太は見るもの全てが珍しいらしく、先ほどからずっとキョロキョロしている。

「冬休みだからな。なぁ、あとで上の階にも行ってみようぜ」

 祐も落ち着きがない。他の三人も、それほどはしゃいでいるわけではないけれど、楽しんでいるのが表情に出ている。五人はずいぶん仲がいいらしい。

 いかにもチャラそうな祐と、可愛らしい諒。無愛想な俊介に、穏やかな康太。そして生真面目そうな誠一郎。五人は学年もバラバラで、共通点を見つけるのは難しそうだけれど――

「上に行くなら、荷物を預けてからだな」

 誠一郎が軽く持ち上げた鞄には、可愛らしいキャラクターのマスコットが揺れている。しっぽの丸まった白い子犬が、愛らしいポーズをとっているデザインだ。

 全身かっちりした印象の誠一郎とは、一見アンバランスのようでいて、しかし不思議と似合っている。取り出した水のペットボトルも、球体に同じ白い子犬――シナモロールがデザインされたものだ。

「お、会長、そのボトル可愛い。まんまるだー」

 めざとく見つけて覗き込んできた祐のキャリーケースには、ずきんを被ったウサギの女の子――マイメロディが大きくエンボス加工されている。康太のリュックはプリン色の子犬、ポムポムプリンのデザインで、諒の靴紐はリトルツインスターズ、俊介のスマホにはハローキティが揺れている。

 どれも、サンリオのキャラクターだ。

 五人の共通点、それは「好きなサンリオキャラがいる」ということ。

 最愛のキャラクター――推しキャラについては一日中だって語りたいし、いつもグッズを持っていたい。けれど、サンリオキャラが好きな男子高校生はまだまだ少ない。

 五人の男子は、生徒会のない日の生徒会室や、お互いの家などに放課後集まって、推しキャラがいる者同士、のびのびとサンリオ語りをするのが常だった。

 そんな彼らが、なぜ今羽田空港にいるのかというと……。

「俊介。向こうについたらすぐ車で移動だよね」

 康太が確認すると、俊介は表情を変えずに頷いた。

「ああ、叔父さんが迎えに来る」

「そしてすぐ仕事だね。緊張するなぁ。雪かきのやり方はちょっと勉強してきたんだけど」

「へー、こーたは真面目だなぁ」

 祐は感心すると、ターミナルの天井を感慨深げに見上げた。

「それにしても、まさか冬休み一杯しゅしゅの親戚のところで働くことになるなんてなー」

「……恩に着る」

 ――時は少し前にさかのぼる。


「頼みがある」

 期末試験がやっと終わった十二月上旬のこと。

「みんな、冬休み、北海道に来てくれないか」

 俊介の突然の申し出に、四人は顔を見合わせた。

 放課後、いつものように生徒会室に集まり、推しキャラのカップで紅茶を飲みながら、「冬休みの予定はどうしようか」と話していたときだった。

 深刻な顔をしていた俊介が、急に頭を下げたのだ。

「……何で?」

 祐が聞き返したのももっともだった。なにしろ、俊介の発言には前振りが何もなかったのだ。

「実は、オレの叔父が北海道で旅館をやってる」

「そうなの?」

 康太は目をぱちくりさせた。俊介は東京生まれ神奈川育ちと聞いていたし、北海道に親戚がいたのも初耳だった。

 皆、なんとなく俊介と子供の頃から親しい祐の顔を見たが、祐も同じようにきょとんとしている。どうやら彼にとっても初耳らしい。

「叔父っつーか、じいさんの兄弟の息子で……とにかく、親戚」

 その『叔父さん』は、数年前に脱サラして北海道で旅館を始め、特に冬期に写真を撮るお客さんをターゲットに、今ではそこそこ人気の宿になったという。

「それが、先週ギックリ腰になった」

「ギックリ腰に」

 四人とも、思わずオウム返しに俊介の言葉を繰り返してしまう。

「叔父さんと、仲居さん、あと厨房の人、全員でギックリ腰になった」

「全員で……ギックリ腰に……」

 代表……というわけではないが、沈黙の後で口を開いたのは誠一郎だった。

「それじゃあ、冬休みは特に大変なんじゃないか。宿泊業は力仕事が多いだろう」

 俊介はこくりと頷いた。

 冬休みまではまだ数週間あるから、安静にしていれば腰は治るはず。しかし体力勝負の宿泊業、まして雪かきの時期に安静では商売にならない。年末まではなんとか交代で仕事を回すとしても、問題は予約でいっぱいの冬休み。急遽バイトを募集したけれど、ほとんど集まっていないという。

「そんで、オレにまでSOSが来た。ガキの頃世話になったから手伝いたいけど、まだバイトが足りない」

 俊介は生徒会室のテーブルに手をつくと、静かに頭を下げた。

「頼む。手伝ってくれ」


「あのときはびっくりしたよねー。俊介がいきなり頭下げるんだもん」

 康太はカート――プリンのタグが揺れている――を転がしながら、しみじみと呟いた。

 諒もそれにこくこくと頷く。

「俊さん、朝からずっとむずかしい顔してたから、おれ、『体調悪いのかな』って」

 俊介は少し気まずそうに目をそらした。

「……悪ぃ。マジで感謝してる」

 そんなわけで、十二月二十六日から一月四日まで、五人のサンリオ男子は俊介の親戚が経営する『吉野旅館』にて、泊まり込みのバイトをすることになり、現在こうして空港にやってきたというわけだった。

「特に会長、追い込みの時期にホントすんません」

「大丈夫だ。気にするな」

 受験生の誠一郎にとって、冬休みは重要な時期だ。

「夜は時間が取れるし、ここまできて慌てるほど、普段勉強してないわけじゃないさ」

「さすが会長……カッコイイ」

 しみじみしている祐は期末テストは赤点ギリギリだった。

「しゅしゅもあんま気にすんなって。俺も、ちょーど冬休みの短期バイト探してたし」

「それに、今回はバイトの後も楽しみだしね」

 康太はポムポムプリンの頭をなでながら微笑んだ。

「そうそう! ハッピーフライト! 楽しみだよな」

 祐がすぐに言葉を引き取る。

 北海道最大の空港である新千歳空港には、サンリオとコラボした『ハローキティハッピーフライト』というエンターテインメント施設がある。

 国際空港らしく、サンリオキャラクターと世界中を回ろうというコンセプトで、タイトルにあるキティだけでなく、展示には五人の推しキャラが全て取り上げられているのだ。

「俺、前から行ってみたかったんだ。だからちょうどよかったよ」

 康太が言えば、誠一郎も頷く。

「この五人で行けるのが、また嬉しいな」

 吉野旅館は帯広の方が近いのだが、新千歳も行けない距離ではない。

 そこで、行きはとかち帯広空港を利用し、バイトでお金を貯め、帰りに新千歳空港で楽しむという計画になっていた。

「新千歳のカフェでパフェ食べようぜ。五人の推しキャラが全部載ってんの」

 祐の提案に、康太が目を輝かせた。

「マジで!? それは絶対食べたいかも」

「だろ? 全部載ってるなんてちょっとないだろ? 他にもさぁ」

「待って祐くん。おれ、予備知識なしで行きたいと思ってて」

 諒が慌てて祐の言葉を遮った。

「え? 諒ちゃんそうなの?」

「うん。聞きたい気持ちもあるけど、できるだけ新鮮な驚きがほしいっていうか」

「そっか。じゃ、あとはヒミツな」

 祐はおどけて人差し指を唇に当ててみせた。

「ハッピーフライト楽しむためにも、バイト頑張ろうな」

「うん。バイト経験は祐くんが一番だから、頼りにしてる」

 諒にそう言われて、祐は目をぱちくりさせ、大げさに手を広げた。

「ちょっとちょっと、今日の諒ちゃんはなんだか素直なんですけど。いつもこうだと助かるんですけどねー」

「普段お前がそういう態度だからだろ」

 話を振られた俊介はそっけない。

「しゅしゅはいつも冷たいねぇ。ねーこーた」

「へ?」

 振り返った康太はきょとんとしていた。

「聞いてねーし!」

「ごめん……ついつい目移りしちゃって。初めて見るものが多いからさ」

 康太は吹き抜けの天井を見上げた。

「広いし、人も多いし、空港って面白いなって。スーツケースにシールがたくさん貼ってあるのとか、『あー海外旅行に行く人だー』って」

「わかるわかる。あの天井から下がってる『A』とか『B』とかにもロマン感じる」

「ロマンて」

 祐の言いように、康太は思わず笑ってしまった。

「なぁ、まだ時間に余裕あるんだろ? 店も覗いてみようぜ」

「行こう行こう。気になってたんだ」

 飛行機の時間は昼近くなので、まだ充分時間があった。飛行機初心者の二人は、また空港の話題で盛り上がり始める。

「えっと、飛行機乗るときは、門を通ってビーって鳴ったらダメなんだよね。祐」

「金属探知機な。あと、スプレー缶とかペットボトルもアウトなんだよな」

「え!? マジで。俺、持ってきちゃったかも」

 慌ててリュックをチェックしようした康太を、笑いながら諒が制した。

「慌てなくても大丈夫だよ。国内線はチェックも厳しくないし」

「国際線の方が厳しいの?」

「うん。まだ時間あるから、クロークに荷物預けてお昼食べて、その後で手続きしよう」

 落ち着いて説明する諒を、康太はしげしげと見た。

「なんか、今日の諒は頼もしいね」

「そう? ちょっと嬉しいかも」

 諒はイギリス生まれなので、飛行機にも空港にも慣れている。

 荷造りがうまいのだろう。荷物も二番目に小さく、コンパクトに収まっていた。

「しゅしゅも、飛行機は慣れてるんだよな」

「遠征で使うからな。国内線」

 サッカー部の俊介は、部活で遠征することも多い。

 その俊介は、先ほどから空港のパンフレットを広げ、何かを考えこんでいた。彼の荷物が一番小さいのは、単にあまり物を持たないからだろう。

「俊介、どうした?」

「……ここに、惹かれるものが」

 パンフレットを覗き込んだ誠一郎は、俊介の指先が示す文字列に気がついた。

「国際線の図だな……なるほど。ハローキティジャパンか」

 国際線ターミナルにある『ハローキティジャパン』は、キティのスーベニアショップ一号店。俊介としては見ておきたいところだろう。

 しかし、ここは国内線ターミナルだ。

「俊さん。時間あるし、行ってみようか?」

「でも諒、国際線って遠いんじゃないの……?」

 康太は少し不安げに時計台を見上げた。なにしろ初心者なので、搭乗手続きにかかる時間を逆算できないのだ。

「大丈夫だよ。無料のバスがあるから。それにね。おれ、ちょっと、国際線の方で見てみたいものがあって」

 諒はちらりと時計を見上げた。

「今日ね、ドリームジェットが運行予定なんだ」

「ドリームジェット?」

 一瞬首をかしげた祐は、すぐにそれがなんだったのかを思い出した。

「ああ! サンリオキャラが描いてある飛行機だろ」

「え、マジで、あれが来るの!? 見たいかも!」

 康太も目を輝かせる。俊介と誠一郎も、表情はさほど変わらないが、瞳の奥がキラリと光った。

「うん……。だけど、遠くからチラッと見えるだけだと思うし、滑走路とか急に変更になることもあるから」

 思いの外みんなの食いつきがよかったためか、諒は段々と消極的になる。その背中を祐がグイグイッと押した。

「いやいや、ここはせっかくだから行っとこうぜ」

「なら、展望デッキで早めの弁当にしよう」

 誠一郎も提案し、康太も笑顔になる。

「俊介は買い物もできるし、ちょうどいいね!」

「う、うん。じゃあ、そうしよう」

 諒が頷くと、祐は満足そうに微笑んだ。

「よぉし、行きはドリームジェット見学! 帰りはハッピーフライトだな!」


 盛り上がった五人だったが、

 しかし……時は十二月だった。

「寒っ!」

「展望デッキ寒っ!!」

 国際線ターミナルデッキ。広いスペースからはガラスに遮られることなく、三つの滑走路を使用する飛行機を見ることができる。飲食できるベンチなどもあり、夏休みともなれば家族連れなどで賑わうことだろう。

 しかし今は年末。周囲には寒風が吹きすさび、フェンスが唸り声を上げている。

 デッキにいるのは一眼レフを構えたカメラマンなど数人だけ。対照的に建物内の展望カフェは混雑しているようだった。それが正しい選択だろう。

「どうしよ。中入る?」

 提案する康太の歯は若干カチカチしており、答える祐の体もやや震えている。

「けど、カフェに持ち込みは無理だしな」

「食べてる間にドリームジェットが飛んじゃったら……悔しいよね」

 諒の言葉に、一同顔を見合わせ……。

「よし、頑張ろう!」

 五人は気合いを入れ、襟を立てマフラーを巻き直してベンチに向かった。

「よぉし、座っちゃえば案外いけるいける!」

「東京で寒がってたら、北海道なんて耐えられないよな!」

 祐と康太のポジティブな発言に、俊介がぼそっと呟いた。

「康太。北海道はそんなに寒くない」

「マジで!?」

「……寒くてマイナス7℃」

「それ寒いよね!?」

「康太くんも俊さんもやめて、今寒い話するのやめてー!」

 震えあったり、身を寄せ合ったり。

 最初は耐えられそうになかったが、段々と体も寒さに慣れてくる。

 持参した弁当を半分食べるころには、周りを見回す余裕も出てきた。

「写真撮る人ってすげぇな。もうずっと同じとこにいる」

 祐は自作の卵焼きをつまみながら、フェンス近くのカメラマンをしげしげと眺めた。

「俊さん。旅館にくるお客さんも、あんな感じ?」

「ああ。ジュエリーアイスってのを撮る」

 俊介に尋ねた諒は、聞き慣れない単語に首をかしげた。

「ジュリーアイス?」

「ジュエリーアイス。氷だ。そいつを早朝に撮る」

 ……それは寒い。

「人によっては、荷物持ちしてほしいらしい」

 確かに、写真を撮る人の荷物は大きい。予備のカメラやレンズが必要なのだろう。

 四人はふむふむと頷いた。

「そういうときは夜明け前に出る。必要なときはオレがやる」

「しゅしゅは朝練で慣れてるもんな。よろしく頼むわ。俺は絶対起きられねぇし」

「……人数必要なときは祐な」

「なんでだよ!」

「祐がやるかはともかく、もう一度仕事の分担を確認しておこうか」

 少し席を外していた誠一郎が、人数分の飲み物を買って戻ってきた。

「あったかいお茶、せんぱいありがとう……」

 広げた掌に温かいペットボトルをのせられて、諒の顔がほわぁっと緩む。

 緑茶を受け取ると、自然と後輩全員の口からため息が漏れた。

「……生き返る」

 さすがの俊介の声もしみじみとしている。諒はさっそく蓋を開け、ふぅふぅと冷ましながら飲み、康太は開けたら冷めると考えたのか、カイロのようにボトルを抱え込んだ。リスっぽい。

「やっぱ思った以上に寒いんだな。俺、今の会長に後光が差して見えたもん。会長様ー。誠一郎様ー」

 祐に拝まれた誠一郎は、殿様のように手を上げてそれに応えた。

「くるしゅうない。……それはさておき、仕事の担当だが」

「はいはい! 俺、厨房担当!」

 祐は五人の中で一番バイト経験がある。特に飲食店は何度も経験しているので、一番の適任だった。

「力仕事は、オレが」

 俊介が淡々と手を挙げ、康太は受付と電話番を宣言する。

「電話ドキドキするなぁ。『はい。吉野旅館です』噛みそー」

「時間が来たらオレが交代すっから」

「うん。ありがと俊介」

「おれは、祐くんと一緒に厨房だよね」

「一緒に皿洗い頑張ろうな、諒ちゃん」

 誠一郎は俊介と同様力仕事担当。雪かきに掃除に荷物運びと、従業員のほとんどが要安静の吉野旅館では、仕事はいくらでもあるはずだ。

「そういえばさ、俊介の叔父さんたちって、どうしてギックリ腰になったの?」

 康太が尋ねると、俊介は難しい顔で頷いた。

「お客さんの荷物を運んでたらしい」

「へー。よっぽど重かったんだね」

 荷物運びは率先して自分たちが担当しなければならないだろう。

 話し合っている間にも時間は過ぎ、フェンスのむこうでは何台もの飛行機が轟音を立てて離陸していく。

 国内線ターミナルに戻らなければならない時間まで、あと少しだった。

「俊さんの叔父さんって、どんな人?」

 諒の質問に俊介が答えるまでには、少し間があった。

「昔は、すげぇ……怖かった」

「怖かったの!?」

 目を見開く諒。わずかに視線が泳ぐ俊介。

「……ような」

「ような?」

「悪ぃ。あんま覚えてねぇ」

 子供の頃、親戚の集まりで何度か顔を合わせた程度で、ほとんど記憶していないらしい。

「そう言われると不安になってきたんだけど……」

 顔を見合わせる諒と康太に、俊介はぼそっとフォローを入れた。

「けど、オレはすげぇ懐いてたらしい。親が忙しいときずっと相手してもらって、すげぇ世話になったって聞いてる」

 だから、恩を返したい。

「俊介が懐いていたなら、きっと優しい人なんだろうな」

 誠一郎が目を細め、祐も笑顔を浮かべた。

「だよなぁ。俊介は基本的に人に懐かないもんなー」

「……うっせ」

 叔父さんの名前は吉野次郎。年齢は四十代くらい。

 わかっているのはそのくらいらしい。まぁ、今日の午後には会えるのだからいいだろう。

「あ……猫」

 唐突に俊介が呟いて、四人は思わず辺りを見回した。

「へ? どこどこ?」

「いや、叔父さんが猫飼ってて、可愛がってて」

『すげぇ怖かった』という叔父さんの意外な情報に、康太は顔をほころばせた。

「猫好きなんだ。やっぱり俊介の親戚だね。どんな猫?」

「真っ白で、センザイって名前の」

「せんざい?」

「『驚きの白さだから』つってた」

「…………」

 四人は無言で顔を見合わせた。もしかして叔父さんはちょっと変な人なのかもしれない。

 皆の心に一抹の不安がよぎったそのとき、諒がベンチから立ち上がった。

「来たよ! ドリームジェット!」

「マジで!? どこどこ!?」

 全員急いでフェンスに駆け寄る。諒の指さす先を見やると、確かに一機のエアバスがゆっくりと滑走路を進んでいるところだった。

「あれかー。すごいな……」

 遠くからでも、一目で他の飛行機と区別のつくカラフルな機体。その側面には、ハローキティを先頭にキャラクターたちがずらりと並んでいる。

「窓の大きさと比較して考えると、あのイラストは相当でかいな」

 感心する誠一郎に、皆同意した。

「近くで見たら迫力すごいだろうなー。お、さすがメロちゃんは表情がよく見えるいい位置ゲットしてる」

「位置ならキティさんの先頭の方がいいに決まってんだろ」

 祐の言葉に俊介が反応する。その隣で、諒は嬉しそうにため息をついた。

「どこに描いてあるかより、おれにはキキとララが実際に空を飛んでるってことの方がすごいと思う」

「そうだな。シナモンのイラストが飛んでるものなのも、少し嬉しい」

「よく見たら、プリンの帽子も風で飛ばされそうだ。飛行機っぽいなー」

 みんな、しばらくの間寒さを忘れて、飛行機がゆっくりと横切って行くのを眺めた。

「そういえば、諒ちゃん。本物のキキララって、あのイラストよりでっかいってホント?」

「身長なら、二人合わせてお月様と同じくらいだよ」

 諒にさらっと答えられて。祐は目を丸くする。

「マジで!? リトルなのにでかくね!?」

「地球の衛星の月じゃないよ」

「わかったような……。わからないような……」

 緑の尾翼を見せながら、エアバスは静かに向きを変える。

 ドリームジェットがその姿を完全に空港の建物に隠したところで、諒が思い出したように小さくクシャミをした。

「なんか、急に寒くなってきたね」

 ふざけていた祐も、表情を引きしめる。

「移動しようぜ。ここからはいよいよバイトモードだ」

「そっか、飛行機乗るんだよね。……落ちないよな」

 康太はまた妙な不安が湧いてきたらしく、諒は苦笑する。

「大丈夫だよ。あ、祐くん。康太くん。飛行機に乗るときは、靴を脱がなきゃダメだからね」

「「マジで!?」」

「う・そ。そろそろバスの時間だから、急ごう」

「ええー! 俺、本気にするとこだったんだけど!」

 五人はわいわいと荷物をまとめ、展望デッキを後にした。