神さまの探しもの | メディアワークス文庫 1PAGE

 五月。新たな出会いと別れが交錯する四月が終わり、大型連休も去って徐々に落ち着きを取り戻すころ、特異な存在が、とある大きな商店街の中を駆けずり回っていた。


「こんにちはっ! 商店街のみなさん、こんにちは! はじめまして!」

 選挙時の候補者のような挨拶を、走りながら大声で叫んでいる。

 見た目は小さな女の子である。小学校に上がったばかりと思しきくらいの背丈で、深い赤色のワンピース――首元が黒いセーラー襟になっている服に、ぴったりと足に張り付く黒いタイツを合わせた服装で、彼女はとてとてと商店街を走り回っている。両脇に昔ながらの店が建ち並び、頭上に雨除けのアーケードが広がる赤レンガの歩道の上を移動していた。

 髪は黒で、肩の位置よりも少し長い。切り揃えられた前髪が、振動でさらさらと揺れている。商店街のひとたちにとっても見慣れない子だった。そして、聞き慣れないことも言っていた。

「私の名前は、見つけるさんですっ! 新しい神様です! 失くし物を一緒に探します。物品限定ですが、何かを失くされた方はぜひ頼ってください! お願いします!」

 遭遇した買い物客や店主たちは怪訝な顔をしたあと、「微笑ましいものを見た」と言いたげに、すぐに頬を緩ませた。小さな女の子のごっこ遊びだと解釈したからだ。彼らは元気よく走り去る彼女から目を離し、仕事や買い物に戻った。だから彼女――見つけるさんが突然立ち止まったことに気付いた者は、あまりいなかった。

 走り続けていた見つけるさんは振り返って、「あのっ、すみません!」と、すれ違ったばかりの老婆の背中に向けて声を張り上げた。

「落としましたよ!」

 レンガ道の隙間に落ちていた何かを拾い上げる。ちりん、と小さな音が鳴った。鈴だった。その音を聞いて、おや? と立ち止まった老婆が振り返る。

「……ひょっとして、落ちたのはあたしの鈴かい?」

「はいっ! あなたの――」と言い掛けた状態で、見つけるさんの言葉が一瞬止まった。振り返った老婆の目。サングラスの奥に並ぶ両目が不自由なのだと、手にしている白杖と立ち振る舞いから悟ったためである。

「杖につけていた紐が切れたんでしょうかね。お持ちの鞄の中に入れておきますか?」

「うん。親切にありがとねぇ。お嬢ちゃんは優しいね。学校はもう終わったのかい?」

 背丈がわかる程度の視力はあるのか、あるいは、声の感じから想像したのか。

 どちらにせよ、見つけるさんの言葉は決まっていた。

「いえっ! 私は神様なので、学校には通っていません!」

 老婆は数瞬考えた後、商店街の他の人々と同じ解釈をして、同じように微笑んだ。

「おやぁ。そうかいそうかい、神様なのかい」

「はいっ! 見つけるさんです! まだ新米の神様ですが、失くし物を一緒に探します! 落とし物ももちろん探します! よろしくお願いします!」

 見つけるさんは笑って、老婆は微笑んでいる。これが全ての始まりだった。


 ひとによって頻度の違いはあるが、生きていると失せ物をする場面には遭遇する。

 大切に保管しているものを失くすことはそうそうないが、些細なものをあげると心当たりがあるはずだ。それほど重要ではない書類やプリント、普段は使っていない文具に、自転車の鍵――そういったものだろうか。

 大切に取り扱っているものでも、忽然と消えてしまうことがあるから油断ならない。

 時には、失った何かの存在自体を忘れてしまって、あとになって失くしたことに気が付くこともある。それはモノではなく、心や感性といったものかもしれない。

 個人の性格や、人生において積み上げてきた経験による差異はあれど、生きている限り、誰もが何かを失くしながら生きている。

 みんな、思わぬ場面で思わぬモノを失くしている。

 そして、何かの拍子にそれに気付き、後悔したりもする。

 失くし方に様々な種類があるように、見つけ方や、拾い方にも多くの道がある。

 みんな、思わぬ場面で思わぬひとと出会う。思わぬ何かを拾い、見つけ、取り戻す。

 ――商店街の人々は、まだ知らない。

 ――見つけるさんが本当に神様で、強い神通力を持つ存在であることを。

 ――多くのことを学んで、商店街の人々を救っていく存在になっていくことを。

 今はまだ、誰も信じていない。

 桜が散って、風が新緑の匂いを含む五月。

 この季節から全てが始まっていたことを、今はまだ、誰も知らない。

 これは失くした人々と、失ったモノを共に見つけてくれる小さな神様の物語である。



 見つけるさんは、生まれたばかりの新米神様だ。それにも関わらず、強い神通力を持っている。だが、いきなりひとりで活動するのは許されなかった。一人前になるまでは先人のもとで修行せよ、というのが天上の意思だった。

 彼女の修行の場として選ばれたのは、日立門商店街と呼ばれる場所だった。

 第二次世界大戦直後から発足したと伝えられる、歴史ある商店街らしい。全国に存在する多くの商店街が戦後のヤミ市から発展したとされているが、日立門商店街もその類だ。見つけるさんは、自らをこの場所へ連れてきた五穀と養蚕の神・ワクムスビからそう教えられた。



 見つけるさんはワクムスビと由緒が交わっていないが、縁あって彼の眷属として迎えられた。ワクムスビは、生まれたばかりの見つけるさんを導く役目を担っている。

 商店街の路地裏で、背の高いワクムスビを見上げながら、見つけるさんは尋ねる。

「私を遣わすということは、商店街は寂れているのですか?」

 いいや、そうではない。とワクムスビは見つけるさんに返答した。日立門商店街はいわゆるシャッター街ではなく、店の多くは健在だ。小学校から大学まで、色んな種類の学校が近隣に点在している。若い人間や家族連れが集まりやすい。駅が近いのも強みだ。都心とは言い難いが、ベッドタウンとして十二分に機能している。

 店主の多くが高齢化していて、数年後には世代交代が必要な見込みではあるが、今すぐに廃れることはないだろう、とのことだった。商店街の組合の力もそこそこ強い。

 そういった具合にうまくいっているのは、他ならぬ店主たちや組合の努力はもちろんのこと、商店街を古くから見守っている神様――見つけるさんの先輩のおかげだった。その神様は、ワクムスビと見つけるさんが会話しているのを黙って眺めている。

「それで、私はいったい、どうすれば一人前として認めてもらえるのでしょう?」

「そなたがひとに寄り添い、ひとを幸せにできる存在だと我々に証明すればいい」

「なるほど。人々を幸せにするのは、私の最終目標とも一致しています。……要は、誰かのお役に立ち続ければいいのですね? そうして認められたら、私はあなた方の監視を受ける必要も、許可を得る必要もなくなる。思うがままに人々を幸せにできる。そうですね?」

「そういうことだ。もっとも、それを成すには個々人からの信仰が不可欠だろうがな」

「お任せください! やってみせますよ! すぐに一人前と認めてもらいますから! ……で、何を以て一人前と判断するんです? どういう基準で審査するんです?」

「それは、この地の守り神に一任している。説明してやれ」

 命じられた見つけるさんの先輩は、見つけるさんにメモ帳のようなものを渡した。

「なんですか、これ」

 卓上メモのような形状だが、ページは切り離せないようになっている。

 表紙には朱肉で肉球のスタンプが押してあった。中を確かめてみると、商店街のスタンプカードのような印字がされていた。一ページに四角い囲みが四枠用意されているだけの簡素な作りだ。それが全部で、二十五ページ。

 ――依頼をひとつ解決するごとに、ボクがスタンプをひとつ押そう。

 ――ボクが百個押したら晴れて一人前の神様、ってことにするよ。

「わっかりました! では、さっそく街のみなさんに自分を売り込んできますね!」

 言うや否や、見つけるさんは猛ダッシュで路地裏から商店街の大通りへ飛び出した。

 新米神様に必要なのは礼儀でも神通力でもなく、自らを知ってもらうことだった。

 これが、先ほど見つけるさんが商店街を駆けずり回っていた理由だ。自分が何をできる存在なのかを人々に伝えて、自分を頼ってもらおうというのが狙いだった。新しい店を構えたようなものである。


 ひとしきり商店街を走り回ったあと、見つけるさんは長い階段を一段ずつあがっていた。小高い丘の上にあるのは日立門神社。駅前を商店街の入り口とするなら、日立門神社は商店街の最奥だった。その境内には見つけるさんの監督を命じられた、見つけるさんの先輩――商店街の守り神が住んでいる。

 鳥居をくぐって境内に入ると、石畳の道が建物まで続いている。神社では祀られている神のご神体を置く本殿と、参拝客が手を合わせる拝殿が分かれていることが多い。しかし、日立門神社は拝殿を持たない神社で、本殿の手前に賽銭箱が置かれている。つまり、鳥居の場所から見えているのは、日立門神社の本殿になる。中に猫の像がご神体として置かれていることを知っているのは、商店街の組合員たちだけだ。

 商店街を一望できる境内には、そこら中に野良猫がたくさんいる。右を向いても左を向いても、猫だらけだった。猫たちは本殿の周りにもぺたりと寝転んでいたりするが、不思議と本殿の屋根の上をはじめ、神様に対して失礼な場所には陣取っていない。

 それもそのはず、この野良猫たちは皆、先輩神様の眷属だった。

「あ、やっと帰ってきたね」

 本殿の方から、紫色の袴と紺色の装束を着た老人が歩いてくる。顎から白く長いひげを伸ばした、ひとの良さそうな背の低い男性だ。

「……どなたです?」

「おっと、ごめんごめん」

 見つけるさんに問われた老人は、周囲にひとがいないことを確認してから、どろんと消えた。

 目をぱちくりさせる見つけるさんに、「こっちこっち」と足下から声が掛けられる。

 視線を下げると、真っ白な毛並みの猫がいた。赤い瞳が印象的な美猫だった。見つけるさんに『言葉』を掛けたのは、この猫だった。あぁ、と見つけるさんが安堵する。

「うん、やっぱりボクは猫の姿の方が落ち着くね。……で、成果はどうだった?」

「バッチリでしたとも! これで私を頼る人々がいっぱいになるはずです!」

「ふぅん。だといいけど。早くボクからお小遣いを貰うのを卒業しないとね」

 ぐぬぅっ、と見つけるさんが少女らしからぬ呻き声を上げた。

「もうっ……ニィさん、意地悪ですよ」

 ニィさんと呼ばれた猫神は、尻尾を振り振り、小さなお尻を見つけるさんに向けて、本殿へ戻っていく。見つけるさんとは違った方向性で愛くるしい姿をしているが、数十年前から神様をやっている働き者――とワクムスビから紹介された。

「いや、ボクは大したことのない神様だよ。猫をまとめるだけしか能のない、歴も浅い神様さ」というのがニィさんの自己紹介だった。

 ――じゃあ、そんな神様に監督される自分はなんなのか。

 ――大したことのない神様よりも、もっと未熟者だとでも!?

 これを見返したい、というのが見つけるさんのモチベーションだったりする。

 燃えている見つけるさんをよそに、ニィさんは飄々とした様子で境内を見回す。

「ほら、みんな。そろそろ交代の時間だろう。ぼちぼち商店街の方へ行ってあげな」

 ニィさんが野良猫たちに呼び掛けると、ゴロゴロしていた猫たちがだらだらとした様子で、しかし確実に起き上がり、境内から商店街の方へ向かう。実は、日立門商店街には立地や環境の他にもうひとつ、他の商店街にない強みがある。

 日立門商店街には野良猫がたくさんいる。しかも、彼らはひとを恐れず、撫でさせてくれるし、愛想よく振る舞ってくれる。多少の個体差はあるが、スマホの自撮りにも応えてくれる。理由は、猫神のニィさんがそのように指導しているからだ。

「ネズミと虫を捕まえて、人間に愛想よくしてごらん。勝手に向こうから親切にしてくれるから。で、ボクらが親切にしていたら、猫好きの奴らが外から集まって、土地が潤う。土地が潤ったら、ボクらにも餌をくれるから」

 かく言うニィさんも、猫に由来がある神様である。

 日立門神社は養蚕の神、金色姫命を祀った蚕影神社の分社で、ニィさんは金色姫命の眷属神にあたる。ワクムスビも養蚕に所縁のある神様だ。

 日立門神社は迷い猫を家に戻す『猫返し』に強いご利益があるとされ、愛猫を見失って途方に暮れる飼い主が訪れる。招き猫にちなんで、商売繁盛にもご縁があると商店街の人々は信じている。組合が困ったとき、猫神が夢枕に立って何度も助けてくれた、という逸話もある。

 猫が住む商店街。猫好きが集まる商店街。それが、日立門が誇る特色なのだ。

 先ほど、見つけるさんが商店街を走っていたときも道端には多くの猫たちがいた。ニィさんの教えに従って、店主や客にお愛想していたのだ。境内の猫たちを商店街に向かわせたのは、『お役目』の交代をさせるためだ。猫たちの仕事もアルバイトよろしく、交代制なのだった。

「さて、猫たちはこれでよし。次はキミだよ、見つけるさん」

「はい? 私が、何か?」

「あのね、元気があるのはいいんだけどね……この現代社会で、神様がいきなり『自分は神様です!』って突撃するぅ? 受肉しているからみんなの目には触れるんだけど、たぶん誰も信じてないよ? 可哀想な子と思われるか、子供のごっこ遊びだと思われるのが関の山さ」

「そ、そんなことは! ……あるんですかね?」

「あるだろうね。ほんとは物知りなんだから、焦らず、もうちょっと考えて行動するように。いいね?」

 ――文句をつけるなら、行く前に言ってくれればいいのに。

「ちなみに、ボクが老人の姿で受肉していたのも、キミのためだからね。……話も聞かずに飛び出されて、本当に大変だったんだよ」

 ため息をついたあと、ニィさんは咳払いをひとつ挟んだ。

「キミの姿で四六時中商店街を歩き回ってたら、悪い意味で噂になる。……いったいどこの子だ、学校はどうしてるんだ、ってね。だから、適当に話をでっちあげといた。ボクは、今まで商店街の組合に任せきりだったこの神社に派遣された、年老いた神主。で、キミはその神主が預かっている親戚の子。家庭事情が複雑だからあまり詮索しないでね、って商店街の組合に挨拶してきたよ。キミとボクは、あそこの家に住むってことにしといたから」

 言いながら、ニィさんは境内の一角に建つ、古い木造の一軒家を前足で指差した。

「しばらく誰も使ってなかったけど、商店街のひとがちゃんと掃除してくれてたから中は綺麗。家具もあるし、水道も電気も通っている。クーラーもあるから、あそこで寝泊まりしてね。素性を怪しまれたときや自己紹介するときは、いま説明した設定で乗り切るように。名前はミツ子って言っといた。見つけるさんだから、ミツ子ね」

「……センスの欠片もない安直なネーミングですね」

「いきなり神様ですって自己紹介する誰かさんよりは、慎重で賢いと思うけどね」

 口を尖らせる見つけるさんだったが、ニィさんは尻尾の先をゆらゆら揺らしながら、「とはいえ」と言い直す。

「そのめちゃくちゃな自己紹介が、結果的には良い方へ転ぶかもしれないけど」

「……と、言いますと?」

「ごっこ遊びに興じる小さな子供になら、ちょっとした探し物を手伝わせる気分になるかもしれない。……あと、本当に困って行き場を失っているひとなら、わらにもすがる思いで、キミみたいな奴にも助けを求めるかもしれない」

「……なるほど」

「ま、第一関門は突破ってところかな。まぐれくさいけど」

「……ん? ひょっとして、これも試験の一部だったんですかッ?」

「さてね。答えは神のみぞ知る、ってことにしておくよ」

 ニィさんが気取って言った瞬間、ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。

「……お腹が空いたみたいだね」

 真っ赤になっている見つけるさんの代わりに言って、ニィさんが境内へ足を向けた。

「何か食べに行こうか。受肉するのは久しぶりだし、ボクもご飯が楽しみなんだよね」

 軽やかな足取りで階段へ向かう。鳥居をくぐるころに、見つけるさんが隣に並んだ。

「どこか行きたいところ、あるかい?」

「ラーメン屋さんがいいです」

 並んで、階段を下っていく。空は突き抜けるような快晴だった。


 見つけるさんが選んだラーメン屋・みさき亭は、商店街の大通り――本通りと銘打たれた、長い道の中ほどにある。シンプルな昔ながらのしょう油ラーメンを売りにするお店で、定番の赤いのれんに、少し立て付けの悪い引き戸が入り口を装っている。

「さっきボク、受肉してご飯食べるの久しぶりだから、食事が楽しみって言ったよね」

 ニィさんが、見つけるさんにだけ聞こえるように話している。

「言いましたけど?」

「なのに、猫にラーメン? ……いや、いいんだけどさ。ちなみに、どうして即決でラーメン? 他のお店は?」

「興味がないわけじゃないですけど、走りながら調べた結果、このお店が一番コスパよさそうなんです。お昼は一杯三八〇円、百円で半チャーハン! さらにプラス五〇円で普通チャーハンですよ!?」

「……見かけによらず食いしん坊なんだね、キミ」

「しょうがないじゃないですか。……しばらくはニィさんのお布施を分けてもらうしか、収入がないって言われましたし。それでも、お腹は減るわけですし」

 日立門神社は特定の神主を持たず、商店街の組合が当番制で掃除や管理を行ってきた。しかし、賽銭箱の中身の行方は誰も知らない。朝になると、いつの間にか空になっている。人間たちは『商店街の七不思議』にカウントしているが、ニィさんがこっそり全額貯金しているのだ。

「ぐだぐだ言ってないで入りますよ。お腹が空いたんです! 私は!」

 ぷんすかと頭から湯気を立てながら、見つけるさんが引き戸を開く。がららら、と教室の戸が開くような音のあとに、むわっとしたラーメンの匂いが押し寄せてきた。

「あらっ、いらっしゃい!」

 愛想よく笑顔で声を掛けてくれたのは、みさき亭の看板娘だ。エプロンと三角巾を着けて所帯じみてはいるが、年齢はまだ若い。細身でスタイルも良く、美人だった。

 店内はカウンター席が中心で、奥に家族連れ用の座敷が見える。カウンター席は端からひとつずつ飛び石でお客が座り、ラーメンをすすっている。一番奥の席が三つ並んで空いていた。

「猫も一緒なのね。ミルクでいい?」

「はいっ! ……よかったですね、ニィさん!」

 ニィさんはごろごろと喉を鳴らし、ぺこりと頭を下げた。店には猫用のエサ皿が用意されていて、看板娘がミルクを注いで用意してくれる。これも、日立門商店街ならではの光景だった。

 その間に、見つけるさんは少し高い丸椅子によじ登った。成功すると、ふぅ、と一息つく。そのタイミングを見計らって、カウンターの奥から店主がお冷とおしぼりを差し出してきた。ねじり鉢巻きをした強面の店主だった。如何にも頑固そうな、角刈りで白髪交じりの親父だ。しわがれた低い声で、見つけるさんに尋ねてくる。

「注文は」

「はいっ! しょう油ラーメンに、半チャーハンで!」

「あいよ。陽子! 半チャーハン一丁!」

「あいよぉっ」

 ニィさんのミルクを見つけるさんの足元に置いて、陽子と呼ばれた看板娘はコンロ

の前へ走る。店主がラーメンを茹でて、娘がご飯ものを作る。おぉ……と見つけるさんは目を見張る。言葉を交わさなくても、同じタイミングで料理が出るよう構築された、息の合った動きになっていた。見つけるさんは足をぶらぶら揺らしながら、楽しそうに見つめている。

 注文したものが出てきたあと、見つけるさんは麺をふぅふぅと冷まし、半チャーハンの山をレンゲで細かく刻み始める。他の客よりもゆっくりしたペースだが、確実に皿の中身を減らしていく。

 見事に平らげたころには、他の客はいなくなっていた。見つけるさんは、ふはーっ、と満足そうにお腹を擦っている。本当はデザートの杏仁豆腐が食べたいが、他人様の、監督者のお金で贅沢をするのはためらわれた。我慢我慢、と心中で呟いていると――

「ねぇねぇ、これ、よかったら食べてくれない?」

 看板娘の陽子が、冷蔵庫で冷やしていた杏仁豆腐を笑顔で見せてくれた。

「い、いいんですか……?」

「うん。今日は売れ残りそうだから、私のおごり。お父さん……店長には内緒ね?」

 神様が人の子から施しを受けるなんて! ――という考えは、瞬時に捨てた。

「はいっ! ありがとうございます!」

 よく冷えたお皿に指を添えて、小さなスプーンで柔らかな甘味をすくい、口に運ぶ。

「おいしいっ、おいしいですっ!」

 ……ニィさんが、少し羨ましそうな視線を足下から送っていた。

 食べ終えてレジでお金を払う際、見つけるさんは改めて陽子にお礼をした。厳つい顔の店長は休憩中なのか、店の裏口から出て行ったあと、帰ってきていない。

「この御恩は一生忘れません!」

「あはは。大げさだなぁ、もうっ。あ、そういえばさっき、商店街の中を走り回ってたでしょ。見つけるさんです! 神様です! って」

「あ、聞こえてましたか? そうなんですよ! 失くし物を見つける、見つけるさんです! 何かあれば、すぐに呼んでくださいね!」

「ふふふ。ありがとうね。元気がいいね。私もお店で待ってるから、また来てね!」

「はいっ! 明日も来ます!」

 背後でニィさんが小さくため息をついたが、見つけるさんは無視した。

 小銭入れにしているがま口巾着をしまいつつ、店の出入り口へ向かう。

 見つけるさんが引き戸に手を掛け、開く前に、扉ががらりと開いた。入ってきた人物とぶつかりそうになって、「わっ」と見つけるさんは少し後ずさった。

「おっと、すまん。大丈夫かい?」

 片目にモノクルを着けた、品の良さそうな老人が謝ってくる。「大丈夫です」と返すと、老人は見つけるさんを先に店から出させてくれた。

 老人のあとには、背の高い青年が続いた。

「おう、時計屋か。どうした、弟子と揃いで」

「店をかみさんに任せて昼飯だよ。まだお昼、やってるよね?」

 戻ってきた店長と老人のやり取りが、閉まっていく引き戸の隙間から聞こえてきた。

「時計屋さんと、そのお弟子さんですか。あの方々も商店街のひとたちなんですね~」

「ん、まぁね。……明日もお昼はラーメン……ボクもミルクか……はぁ……」

 ニィさんの小言を無視した見つけるさんは、満腹で上機嫌のまま境内へ戻っていく。


 翌日、見つけるさんは宣言通りにみさき亭でお昼ご飯を食べた。その次の日も、その次の日も。六日連続でお昼はラーメンになった。あの店が大好きだった。

 七日目のお昼もそうだった。……異変は、そのときにやってきた。

 ……おや? と見つけるさんが首を傾げたのは、みさき亭に入ったときのことだ。

「あら、いらっしゃい」と声を掛けてくれた看板娘――陽子の様子がおかしい。

 明らかに元気がない。疲れているのだろうか。そう思って原因を追求しなかったが、異変はそれだけではなかった。

 店主から飛ぶ「陽子、半チャーハン」の声も威勢が良くない。陽子に至っては返事をせず、無言で中華鍋の前に立って作業するだけだった。……空気が重かった。

 それでも、料理はきちんと出てくる。……美味ではあったが、いつもよりおいしく感じられない。味ではなく、気分の問題だった。

 困惑しながら見つけるさんが食事をしていると、店長が「陽子」と勝手口の方へ彼女を呼び、二人は外へ出て行った。……しばらくすると、陽子だけが帰ってきて、三角巾とエプロンを置いて、再び足早に出て行った。その後、店には店長だけが残った。

 食べ終わったあと、会計は店長がしてくれた。「また来てやってくれ」と声を掛けられたが、陽子と比べると、心地よくはなかった。

「……いったい、どうしたのでしょうね」

 店を後にしながらニィさんに尋ねてみたが、「さてね」と気のない言葉が返ってきた。

 むうぅっ、と膨れながら、境内へ戻る――その途中、みさき亭と隣の店の間にある、小さな道にふと目が留まった。道というよりは、隙間と言うべき空間だった。小さな子供や野良猫しか通れなさそうな、狭い路地だった。

 見つけるさんは誰かの声を聞いた気がして、靴や服が汚れるのも構わず、その道へ足を踏み入れた。ニィさんもついてくる。道の終端に到達して顔を出し、左右へ目を走らせると、みさき亭の勝手口が見えた。その隣で、陽子がグズグズと鼻を鳴らし、涙を拭っている。見つけるさんは迷うことなく、彼女に歩み寄って声を掛けた。

「……どうしたんですか?」

 え、と陽子が目を向けてきた。

「あ……今日も来てくれてたよね、ごめんね、なんでもないの」

 無理に平静を装う姿に、見つけるさんは無言で答えた。すると、陽子は困ったように笑って、小さく首を振った。

「泣きながら『なんでもない』はないよね。気遣ってくれてありがとう。……お父さんとちょっとケンカしただけなの。せっかくお店に来てくれたのにごめんね。嫌な思いさせちゃったね」

「そんなことないです。ラーメンと半チャーハン、おいしかったです」

「よかった。明日からはお姉さん、ちゃんとやるから。よかったら明日も来てね」

「はい! ……明日も来ます。だから、安心してください」

 慰めるつもりで掛けた言葉だった。通じてくれたのか、陽子は少しだけ、いつものように微笑んでくれた。

「優しいね」

「はいっ! 神様ですから! 優しいのは当然です!」

 ニィさんの忠告を完全に無視した発言だったが、陽子は咎めない。

「あ、今日もやってるの? えぇと……失くし物を見つける神様っていうやつ……」

 子供相手とはいえ、ごっこ遊びと直接言うのは失礼だと思ったらしく、陽子は回りくどい言い方をした。それを意に介さず、見つけるさんは笑顔で頷いた。

「はいっ! 年中無休です! 新米ですけど、神様なのでちゃんと見つけてみせます」

「……そっか。見つけてくれるんだ。すごいね」

 元気が自慢の看板娘。毎日通ったお店の、されど、数度会っただけの娘――だが、見つけるさんは彼女の願いを見逃さなかった。

「ひょっとして、何かを探していますか?」

 陽子の表情が、わかりやすく曇った。それが、見つけるさんには助けを求めているように見えた。

「よろしければ、私を頼ってくださいませんか?」

「え、でも……」

「杏仁豆腐と、いつもおいしいご飯を頂いているお礼です! 必ず見つけてみせます」

 ただのごっこ遊びだと思うのが普通だ。だが、本当に困って行き場を失っている人間は、わらにもすがる気持ちで、やはり思うのだ。

 ――頼ってみよう、と。

 商店街を長年見守ってきたニィさんは、それを経験で知っている。神という、人間にとって不確かな存在を続けてきたニィさんにはわかっている。だから、『第一関門は突破』だったのだ。

 陽子はしばらく黙り込んでいたが、やがて「……そうね」と頷き、子供の遊びに付き合うような調子で続きを告げた。

「ひとりで探すのも疲れちゃったし、私の家で宝探しに付き合ってもらおうかな。夜の営業までに切り替えろって言われたから、夕方までお休みなの。手伝ってくれる?」

 見つけるさんの最初の依頼人が決まった瞬間だった。


 ラーメン屋を営む親子の自宅は、商店街の周りに広がる住宅地の一角にあるそうだ。

 店がある商店街の本通りから外れて、何度か道を折れた先に一軒家が連なる道路がある。白線の内側を歩く陽子のあとを、見つけるさんとニィさんが早足でついていく。陽子は、後ろを振り返りながら緩やかな歩調で歩いている。

「あそこに見えるのがウチよ。お父さんって、先代のラーメン屋さんに弟子入りしてたんだけど、前の店主さんからお店と一緒に家も譲ってもらったの。……もう病気もしてるし、老い先短いから、って。外見は古い木造住宅だけど、中は意外と広いのよ」

 遠くから見ると、確かに古い二階建ての家に見える。しかし、近付くにつれ、壁に使われている木材の木目もよく、陽子の説明よりも上品に見えた。玄関はラーメン屋と同じ、引き戸になっているようだ。……その引き戸の前に、誰かが立っていた。

 背の高い、若い男性だ。

 ――はて、どこかで見た覚えがあるような?

 見つけるさんが首を傾げるのと同時に、陽子が「トモっ!」と名前を呼んだ。

「あ……ごめんなさい、ちょっと待ってね。お客さんみたい」

 陽子は振り返り、早口で説明を済ませて、青年の方へ駆け寄っていく。

 ……話し声が、風下の見つけるさんの耳に届いてくる。

「ごめん。昼休みだし、そろそろ家に戻るころかなって」

「ううん、大丈夫。……お父さんと鉢合わせしなくてよかった」

「……いや、それならそれでよかったんだ。これを返しにきただけだから、親父さんに渡しても一緒だ」

 言いながら、トモは昔ながらの風呂敷包みを陽子に手渡した。大きさからして、弁当箱のようだ。

「おいしかった。いつもありがとう」

「ううん。……どうしたの? いつもだったら、私が取りに行くまで待ってるのに」

「……最後だから、どうしても直接伝えたかった。明日からはもう、作らなくていい」

 陽子の身体が、はっきりと強張った。

「お願い、そんなこと言わないで」

 切羽詰まった様子で、陽子はトモにすがる。

「明日も作る。お父さんは必ず説得するから……お願い、信じて待ってて」

「でも……」

「お願い。……お願いだから」

「……わかった。また連絡する」

 トモは陽子に手を優しく重ねてから、見つけるさんたちの方へ――商店街の方へ歩いていく。すれ違う際、一瞬だけ見つけるさんと目が合った。

 ――あっ! 何日か前にラーメン屋で会った時計屋さん! の、お弟子さん!

「……ごめんね、変なところ見せちゃって」

 声を掛けられて前を向くと、陽子が中腰になり、苦笑まじりに話し掛けてきていた。

「鍵開けるから入って。……がんばって、探してみて」

 息が合っていたはずの父親とのケンカ。娘と親しそうな青年の影。そして、探し物をしている娘。見つけるさんは状況を頭に思い浮かべながら、お邪魔します、と一礼して家へ上がった。


 おばあちゃんの家の匂いがする懐かしい家屋――ひとによってはそのように表現するであろう家は、優しい雰囲気を伴っていた。家には誰もいないらしく、陽子は見つけるさんを二階へ案内する。

「……探しているのは絵本なの」

「絵本、ですか」

 やや急な階段をあがり、廊下を進んで、陽子は突き当たりのドアの前で止まった。

「そう。お母さんがたくさん残してくれた中の一冊。……入って」

 扉を開けると、すすけた匂いが鼻をくすぐった。古い紙の匂いだ、と見つけるさんは直感した。陽子が薄暗い部屋を進み、二重になっているカーテンを開くと――

「わっ」

 見つけるさんが思わず声を上げる。部屋の壁際には空になった本棚があり、床には本が多く積まれていた。表紙にはひらがなの題字と、子供向けの挿絵が描かれている。

「まさかこれ……全て絵本ですか?」

「そう。お母さんが持ってたものよ」

「えぇと……こんなに?」

「うん。びっくりするよね。お母さん、本を読み聞かせるのが好きでね。私にたくさん読んでくれた。商店街でお店やってるひとたちの子供を預かることもあったんだけど、そのときにもよく読んでたんだって」

 陽子は少し嬉しそうに話したあと、一転して寂しい表情になった。

「でも、私が小さいときに病気で死んじゃった。お父さんと幼馴染だったお母さん。私はあんまり思い出せないんだけどね、絵本のことはお話と一緒によく覚えてるんだ」

「……その中の一冊を探すということは、読み返したい絵本があるんです?」

「ん……んー……そうなる、のかな」

「近いけど不正解、といった具合の返答ですね」

「うん、それはアタリ。読み返したいんじゃなくて、お父さんに読んでほしいの」

「それは、先ほどの時計屋さんが関係しているんですか?」

 陽子は一瞬言葉を詰まらせたが、困ったように笑って、頷いた。

「うん、それもアタリ。なんか調子狂うなぁ。どうしたんだろ。あなたみたいな子供にべらべら話しちゃって……って言ったら失礼か。見つけるさんは神様だもんね?」

 見つけるさんは、にっこり笑った。

「えぇ、神様です。だから、必ず探してみせますよ?」

「頼もしいなぁ、ほんと」

 陽子も笑って返す。……勘のいい子供のごっこ遊びに付き合っている、というスタンスはまだ崩れていない。

「お父様とケンカされたのも、あの方が原因なんですね」

「うん、まぁ。……さっきのひと、菊谷智成っていうの。時計屋のお弟子さん。私はトモって呼んでる。二年くらい前に商店街の近くに引っ越してきて、お店によく来てくれて、仲良くなって……こっそり付き合い始めたんだ。もう一年くらいになるかな」

「なるほどなるほど。……でも、お父様は反対されている?」

 陽子が再び息を止めた。バツが悪そうに、頭をかいた。

「やっぱりわかりやすい構図なのかなぁ……こんな小さな子にもバレるなんて……」

 ぶつぶつと小声で呟いた後、観念したように続きを話す。

「簡単に言えば、いまあなたが言った通り。私はトモが好き。結婚も考えてるひとがいるってお父さんに紹介した。でも、お父さんは反対している」

「何故です? 優しそうで、礼儀正しそうで、素敵な方だと思うんですけど……」

「うん……お父さんもそう思ってくれてたみたい。でも……」

 陽子が、先を言うのをためらう。だが、すぐに思い直して続けた。

「……トモには、前科があるの」

「え。前科と言うと、刑務所に入っていたと?」

「うん。……って言っても、すごく悪いことしたわけでも、好きで悪いことしたわけでもないのよっ? 友達といるときに、悪いひとが友達に絡んじゃって、それを助けるために怪我させちゃったって……」

 陽子が沈痛な面持ちで、一度言葉を切った。

「怪我させた相手がずいぶんタチの悪いひとだったみたい。大事にされちゃって、警察にも顔が利くし、どうしようもなかったんだって。悔しかった、って呟いてた。……前科がついちゃうと、履歴書に書かないといけないの。就職先もなかなかなくって……時計屋さんに弟子入りしてようやく落ち着けたんだって」

「そうでしたか……」

 見つけるさんは思い返す。

 陽子は先ほど、絵本を父親に読ませたいと言っていた。つまり――

「探している絵本は、お父様が彼とのお付き合いを認めたくなる内容なんですね?」

「そうっ! その絵本、『オニさんおててをつなぎましょう』っていうタイトルなんだけど、知ってる?」

「いえ……すみません。どんなお話なんです?」

「とても単純なお話よ。……でも、とても大事なお話」


 むかしむかし あるところに オニたちがいました。

 オニは にんげんに わるさをするので にんげんたちに きらわれていました。

 でも オニのなかには やさしい オニもいます。

 しろオニさんは こまっているにんげんを なんども たすけました。

 こわがられても いやがられても ひどいことをいわれても たすけつづけました。

 やがて オニさんは いわれました。オニさん おててを つなぎましょう。

 しろオニさんは とても よろこびました。

 しろオニさんは もっと ともだちを だいじにするようになりました。

 しろオニさんは にんげんと てをつないで なかよく しあわせにくらしました。


「……なかなかメッセージ性に富んだお話ですね」

「そうなの。私、このお話が小さいころ、大好きだったの。お母さんが一番多く読んでくれて、私も何度もせがんで読んでもらったんだ。そのときは、いつもお父さんも隣に呼ばれてたっけ。読み聞かせてくれたあと、お母さんいつも言ってた――見かけや噂でひとを判断しちゃいけない。みんなが悪く言うひとの中にはきっと、優しいひともいるんだよ――って」

「なるほど。陽子さんは、お父様にそのお気持ちを思い出してほしいんですね?」

「うん。……お母さんが生きてたら、きっとトモと私のこと、賛成してくれたと思う。口でいくら言っても聞いてくれないから、絵本を見つけて、読み返してもらって、もう一回……彼を見つめ直してほしいの」

 気持ちをこめて話したあと、陽子は我に返った様子で、照れ笑いを浮かべた。

「ご、ごめん。ちょっと難しい話しちゃったね……退屈だった?」

「いいえ! よくわかりました。さっそく探してみようと思います。この部屋は既に探されていると思いますが、念のため、もう一度検索……もとい、見てみますね」

「よろしくね。……見逃しがあるかもしれないもんね。絶対この部屋にあるはずだし」

 言葉とは真逆に、陽子は暗い表情をしていた。何度も何度も探したに違いなかった。

 だが、見つけるさんは本をひとつひとつ、丁寧に手に取って、表紙や裏表紙を確認して、目的の絵本を探していく。陽子も、見つけるさんと同じように探していく。


 十分が経ち、三十分が経ち、一時間が経った。はぁ、と陽子がため息をつく。

「……見つからないね。そっちはどう?」

 陽子が振り返ると、見つけるさんは絵本の中身をパラパラとめくっていた。

「飽きちゃった?」

「あ、いえ。探していたのを諦めたわけではなく、少々気になることがありまして」

「ふふ。読みたいなら別にいいよ。けっこうおもしろいでしょ」

「はいっ! どれも深いですねぇ……」

「うんうん。……ちょっと一休みしようか。お茶でも淹れてこようかな」

「ありがとうございます。……ところで、ひとつお尋ねしたいんですけど……お父様のお部屋は二階にあるんですか?」

「そうよ? 一階は台所と、居間と客間。二階はこの部屋と、私の部屋と、お父さんの部屋。あんまり広くないけどね」

「わかりました。ありがとうございます」

 見つけるさんは、尋ねた理由を陽子に言わなかった。

 それを怪訝に思ったのか、陽子は小首を傾げながら部屋を出て行った。

 その後、見つけるさんも陽子が近くにいなくなったのを見計らい、部屋を出る。

「……ちょっと、何する気?」

 ニィさんが抗議色の強い言葉を発したが、見つけるさんは答えなかった。

 ……ほどなくして、見つけるさんは台所でお湯を沸かしていた陽子のもとを訪れた。

「あら、どうしたの? ……っ!」

 振り返った陽子の顔色が変わった。

「見つけましたよ」

 見つけるさんが両手で差し出していたのは、陽子が探していた絵本だった。

 しろオニと人間が手を繋ぐ挿絵に、例のタイトルが書かれていた。

「ど、どこにあったのっ? あれだけ探したのにっ!」

 驚く陽子に、見つけるさんは笑顔で返答した。

「神様ですから。ふふふ」

 陽子が息を呑む。……まさか、本当に? そういう顔をしていた。

「陽子? ……なんだ、誰か来てんのか?」

 玄関から聞こえてきた声を受けて、陽子の顔が跳ね上がる。

「ごめん、貸してっ!」

 見つけるさんから本を受け取り、陽子が玄関へ走る。

「あ? ……っ!」

 靴を脱いでいたラーメン屋の店主――父親の顔色が劇的に変わった。

「それは……」

 ぶるぶる、と唇が小刻みに震えていた。陽子の吐息も荒い。唾を一度飲み込んだ。

「覚えてる? ……覚えてるよね? お母さんが何度も読んでくれたよね?」

「それをわざわざ言うために探したのか! そんなものを! 今更ぁっ!」

 父親が発したのは怒声だった。しかし、陽子は怯まない。

「そんなものなんかじゃない! 大事なことが書いてある! 絶対忘れないでってお母さん言ってた! お父さんだって聞いてたでしょう!」

「やかましいっ! 俺の部屋に黙って入って、そいつを見つけて鬼の首でも取ったつもりか!」

「えっ……」

 陽子が見つけるさんを振り返る。……そう。絵本を見つけた場所は、父親の部屋だ。

「そんな本があってもなくても、俺の言い分は変わらん! 時計屋ンとこの若造は諦めろ! 別の男を探せ!」

「嫌よ! ねぇ、どうして? 私が言ってたことじゃないんだよ? お母さんが言ってたことなんだよっ? お父さんはお母さんのことなんてもうどうでもいいのっ!?」

 言葉の代わりに、乾いた音が響き渡った。頬を打つ音だった。見つけた絵本も床に落ちた。叩かれた陽子がよろける。呆けたあとに、震え始める。

「……お父さんの馬鹿! 嘘つき! 大っ嫌い!」

 涙でぐしゃぐしゃになった声を残して、陽子は靴も履かずに裸足で外に飛び出た。

 あとには、きつく歯噛みする父親と見つけるさんたちが残る。

「……これを俺の部屋から引っ張り出したのは、てめぇか」

 鋭い眼光が向けられた。子供の姿でなければ、殴られていたに違いなかった。

「自分は失くし物を見つける神様。そんなことをあちこちで叫び回っているらしいが、神仏の真似事なんて罰当たりなこと、二度とすんな。……帰ぇんな」

 父親が家に上がり、廊下の端に寄る。……お邪魔しました、と見つけるさんは素直に従う。

 外に陽子の姿はなかった。見つけるさんは、商店街へ戻りながら空を見上げる。

「……で、どうするわけ?」

 隣を歩くニィさんが、見上げながら尋ねてきた。

「ねぇ、ニィさん。これは、私の推測なんですが……」

 見つけるさんは質問に答えず、何かを口走った。それを言う直前、周囲には強い風が吹いた。春風の名残を含んだ強い風は木々を揺らし、建物にぶつかり、びゅごおおおっと強い音を立てた。ニィさんに声が届いたか、見つけるさんは自信がなかった。

「……へぇ。どうしてそんなことを思うわけ?」

 届いていたらしい。ニィさんは試すように、見つけるさんに尋ね返していた。

「いくつかの検索条件を照らし合わせた結果です。おそらく、そうではないか、と」

「推測というより、ほぼ確信してるみたいだね。だからボクから正解かどうかを訊きたいんだろう? 残念ながら、そうはいかない。推測程度の段階で答え合わせに利用されたくないね」

「じゃあ、もっと根拠を揃えて結果を絞り込めばいいわけですね。いいでしょう。もうひとつ、条件を増やしに行きましょうか」

「どこへ?」

「本屋さんです。商店街にありますよね?」

「そりゃあ、あるよね」

 見つけるさんは早足で商店街へ向かう。風はなおも、強く吹いている。