サラマンダー(Salamander)

 四大元素を司る精霊(四大精霊)のうち、火を司るもの。手に乗る位の小さなトカゲもしくはドラゴンのような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいる。サラマンデル、サラマンドラとも。上記の通り、炎を操る特徴からファイアー・ドレイクと同一視されることもある。四大精霊#サラマンダー、サラマンダー(妖精)を参照。

 両生類のうち、有尾類(有尾目)に属する動物の英名。ファイアサラマンダーを参照。

(Wikipediaより)



 炎の竜、と言えば何を思いつくだろうか。

 やはり『ホビット』のスマウグ。『ニーベルンゲンの歌』のファフニール。『ドラゴンランス戦記』のパイロス。『ロードス島戦記』のシューティングスター。赤くて火を吹くのは強い。

 それに邪悪だ。財宝を貯め込んでいて、とびきり悪い。大抵が、剣を持った英雄に倒される。

 ぼくも竜と英雄の物語を書いた。ナイフのような小さな剣を持った少年が竜と戦い、倒す。

 物心ついた頃はテレビもスマートフォンもネットも携帯ゲームもなくて、ぼくはよく本を読んでいた。とにかく文字の多いのを読んでいると褒められた。ファンタジー小説が好きだった。それで自分でマンガのような、絵本のようなものを作ってみた。みんなは褒めてくれたがまあお義理なのだろうと思って、その後は特に絵や文を書いたりはしていない。

 それなりの大学を出てそれなりの職に就く頃。日本は未来社会になっていた。車が空を飛ぶわけではない。宇宙人が攻めてくるわけではない。タイムマシンもどこでもドアもできていない。ぼくらは未だに地べたにしがみついて満員電車に揺られ、背広を着て通勤しなければならない。

 それでもマネーカードで電車に乗り、ロボットに床を掃除してもらい、スマートフォンでPM2.5飛散予報やミサイル情報を見て、〝海鮮巻〟という名前の何だかよくわからない寿司をベルトコンベアから取り、一人きりの狭い仕切りの中でラーメンを食べ、カロリー計算アプリに叱られて渋々サプリメントを飲み、無料のネット小説を読んで、ソシャゲのデイリーガチャを引いてその日の運勢を占う。十分予想がつかないほどサイバーパンクだった。サイバーパンクとハイ・ファンタジーのジャンル分けがどこかというと、個人的には演出の問題だと思う。

 サイバーパンクな未来社会は、目に見えない炎でいっぱいだった。それはいつでもどこかにくすぶっていて、誰かの肌をちりちりと焦がしている。

 ちょっとしたきっかけでその炎はドラゴンのブレスさながらの大火炎になり、人を飲み込み、ときに命すら奪う――

 そのときは二丁目の〝源蕎麦〟に炎が上がった。

 ぼくはパソコン教室の雇われ講師になった。生徒はほとんどが暇を持て余したお年寄り。たまに三日で表計算ソフトをマクロまで覚えなきゃいけなくなった人や、パソコンを触ったこともないのに一日でプレゼンの資料を作らなければならない泥縄の会社員なんかも来るが、そういう修羅場はたまに、だ。

 お年寄りにはスマートフォンの使い方なんかも教えるが、まあ要するに話し相手が八割だった。OSや各種ソフトのアップデートに、妙なスパムだとか架空請求とかウイルスとかそんなものの対処も教えたりする。生徒が振り込め詐欺に遭いかけたこともあった。振り込め詐欺の対応はどう考えてもパソコン教室の仕事ではなく「そんなもん家族と話せ」とも思うが、この不景気の世の中、人生相談で給料がもらえるのはありがたいことだ。ぼくは契約社員でボーナスも出なかったが、それでもまだましな方だ。

「先生、何だかおかしいんだよ。店のホームページが大変らしいんだよ」

 生徒の一人、平島源造さんが授業の前にそう言い出したときも、ありがちなトラブルなのだと思った。ホームページという言葉も懐かしい。

「大変って? サイトが崩れた……表示がおかしいとか?」

「何かよくわかんねえんだけどよ、みんな、ひどいことを言うんだよ」

「みんな? みんなって?」

 教室を見回したが、他の生徒は一様に不思議そうな顔をしているので彼らではなさそうだ。

「知らねえやつから悪口みたいなメールがいっぱい来るし、いたずら電話がたくさんかかって来る。……あたしのことを人殺しとか言ってて、怖いんだよ」

 ……それはサイトの問題なのだろうか?

 ぼくは、すぐに教室のノートPCで源蕎麦のサイトを開いた。生徒が作ったサイトは定期巡回している。源造さんは客商売なので店のサイトはお孫さんが作ってその人が定期更新しているとのことだった。つい一昨日まで普通のサイトだった。

 フリー素材の和風の壁紙、木の板風の看板に〝源蕎麦〟と勘亭流文字フォントを貼りつけたバナー。簡略な地図。営業時間と定休日。出前の電話番号。更科蕎麦のトリビア。レビューサイトへのリンク。メニュー。たぬき蕎麦六百円。月見蕎麦六百八十円。カレーつけ蕎麦七百五十円。山菜蕎麦八百円。鴨南蛮九百円。天ぷら蕎麦は千二百円。炊き込みご飯つきの天ぷら御膳は千五百円。……やはり、普通の蕎麦屋のサイトに見える。

 最後にある「蕎麦屋の独り言」という項目は、孫が書いているブログだという。毎週更新があるが、蕎麦屋の独り言と言うわりに何のテレビが面白いとかフットサル大会に行ったとか最近ロードバイクにハマっているとか、取るに足りない普通の日記だった。

 少なくとも一昨日までは。

 ブログを開いて、ぼくは息が止まりそうになった。――ごくありふれたフリーのブログだ。パーツを組み合わせ、脇にちょろっと書き手のプロフィールとアバター画像を添え、写真を掲載できる。

 その写真と文章が大問題だった。


『店で蕎麦打った帰りに高校時代のツレと飲みに行ったんだけど、会うなりツレの顔がみるみる赤くなって腫れ上がって、倒れて痙攣とかしちゃって。

 マジビビったwww

 ツレ、蕎麦アレルギーだって。

 結局救急車乗ったんだけど本当にそんなのいるんだなー。

 ショックで心臓止まりかけて、注射射って治したって。

 オレと会っただけで心臓止まりかけるとかヤバくね?

 高校の頃はうちで蕎麦食ってもそんなことにならなかったのに。

 どこでどんな生き方してたらそんな風になるわけ?』


 写真はアスファルトに倒れた若い男性。顔がばっちり写っている、その顔は赤く爛れて目を逸らしたくなった――

 ブログのコメント数は、八千を超えていた。Facebookやはてなのブックマークパーツには『12万』『20万』の数字。いつもは孫の友達のコメントが二個つけばいい方、ブックマークパーツは大体ゼロなのに。

 見たくはなかったが一応ちらりとコメントを見た――


『ひどい』

『友情が感じられない』

『人間のすることかよ』

『これって警察に通報できないの?』

『保健所だろ』

『傷害事件じゃないの』

『食べもの屋がこの認識って』

『知性の敗北』

『殺人蕎麦屋 死ね』

『怖くて子供を歩かせられない』


 寒気がして、ノートPCを畳んでしまった。

 ぼくはオバケを怖いと思ったことはない。霊感がないのかそういうものを見たことがないし、怪談もホラーもどうせ作り話だ。ゾンビ映画のグロシーンとかはソーセージとケチャップで作っているのだ。腕っ節が強いわけではないが、一応大人の男だ。カツアゲや路上強盗、泥棒に出会うことはあるかもしれないが、根拠もなく大丈夫だろうとたかをくくって生きてきた。

 だが今は、手が震えるほど怖かった。背中が寒い。胸の中が痛いような気すらする。これは胃痛か。心臓なのか。

「……炎上だ」

 このサイトには、〝源蕎麦〟の住所と電話番号が書いてある――パーツの数字を全部合わせて三十二万。黙って見ているのはその三倍? 四倍?

「先生、大丈夫かい? 顔色が悪いよ?」

 源造さんが心配そうにぼくの背中をさすった。優しい温かな手だった。

 ――大変なことになっているのは、あなたなんですよ。

『殺人蕎麦屋 死ね』の文字列が、ぼくの頭の中をぐるぐる回った。



 悪いが生徒たちには自習してもらうことにして、ぼくは源造さんと一緒にスクールのマネジメント部長に相談することにした――部長はぼくより一回り上の女性だが、誰だろうと相談してどうにかなるわけがない。「ブログとサイトを全部消して謝罪文を掲載しろ」くらいしか対応策はないし、それではいたずら電話は止まらない――わかってはいたが、どちらかというとぼくは一人で抱えていられなくなってしまった。とても黙っていられない。

 いやこれは、助けるどころか源造さんに教室を辞めてもらうことになるのでは? うっかりうちのパソコン教室が関連していると思われたら、ここまで巻き込まれるのでは? あらぬ誤解を招くのでは? 「あのパソコン教室は殺人蕎麦屋を育てている」とか噂されるのでは? かえって源造さんを傷つけてしまうのでは? 部長が難しい顔でサイトを見ていると、ぼくの胃は一層痛んだ。

「……サラマンドラ」

 だが部長は、「済みませんがうちでは何とも」とは言わなかった。謎の言葉をつぶやいてデスクの抽斗を開け、青いバインダーを引っ張り出した。ぱらぱらめくって一枚の名刺を引き出し、ぼくに差し出す。

「ここに相談してみましょう」

 オレンジ色に波打った赤い縁取りは、炎を表しているのだろうか。目がちかちかする。そこに黒いトカゲのイラストと黄色い文字。


〝インターネットよろず相談所 さらまんどら

 所長 オメガ

OMEGA_2nd@fire-salamander.com

Twitter / Facebook / Instagram / LINE:OMEGA_2nd_smd〟


 ……何から何まで冗談のような名刺だ。まず、いい大人がオレンジに赤に黄色なんて名刺を作っていいのか。

「インターネットよろず相談所……?」

 どこから突っ込んでいいのかわからないが、とりあえずそこ。

「個人的にはあまりかかわり合いになりたくないタイプなんですが、仕事はできそうな人でした。パソコンの使い方がわからないというお客さまをこちらに寄越すんです」

「え。この人に頼もうとした生徒さん、いたんですか。うちのクラスにもいるんですか」

「いますね」

「パソコンを教えるんじゃなきゃ〝よろず相談〟って何なんですか?」

「我々では解決できないような何か、なのは確かです。どのみち我々ではサイトを消して謝罪文を載せるくらいしか思いつきませんし、破れかぶれで彼に任せてみてもいいんじゃないでしょうか」

「……うちのホームページのあれは、そんな破れかぶれになるような状況なんですかい」

 ……源造さんには悪いがかなり。三十二万ビューだ。また増えているかもしれない。考えると胃がしくしく痛む。

「部長のおっしゃる通り、ダメモトでオメガさんって人に連絡してみましょうか」

「何したってこれ以上悪くはならないですからね……」

 部長が名刺の相手に電話をかける。

「あー、ご無沙汰しています。ええと。〝源蕎麦〟ブログって言ってわかります? あ、そう。ええ。はあ。はい」

 ――すごく短く、電話は終わった。

「源さんとお孫さんとで、〝さらまんどら〟の事務所に来てほしいそうです。早急に。お孫さんはスマートフォンとありったけのSNSアカウントのパスワードを持って」

「話が早かったですね?」

「……〝源蕎麦〟から電話がかかってくるのを待ってたって、今か今かとマラカス振って待ち受けてたって。ものすごく嬉しそうでした」

 部長が暗澹とため息をついた。

「……わたし、あの人苦手だから、きみ、ついて行ってあげてくれます?」

「え、ぼく、ですか」

「源さんではオメガさんが言ってること、わからないと思うんですよ。源さんにネットリテラシーの課外授業だと思って!」

「それ、出張代出るんですか」

 うっかり不躾なことを聞いてしまったが、出ることになってしまった。――よほど部長はオメガという人物が嫌いらしかった。

 孫は源造さんに呼び出してもらった。……ぼくより年上かもしれない。蕎麦を手打ちしているのかがっしりとした体つきはタンクトップがはち切れんばかりで、料理人らしく短髪なのが若干おっかない。

「店、ばあちゃんだけでいいのかよ?」

「どうせ今日は商売にならないって」

「スマホ持ってこいとか何?」

「これはあたしのパソコンの授業なんだ」

「はあ?」

 孫の俊夫さんは全く納得していなかったが、こうなればヤケだ。幸い教室からは歩いていける。



 そこは釣り堀の裏手の住宅街。この辺りでは珍しい庭付き一戸建てが建ち並ぶ。

 ――名刺の住所は、その奥まったところの一際大きな――一際大きくてボロい、日本家屋だった。名刺と同じようなデザインの〝インターネットよろず相談所 さらまんどら〟のポスターが玄関に貼ってある。看板ではなくポスター。表札は流石に〝オメガ〟ではなく〝三宅〟だったが。門扉のところでインターホンを押した。

『はーい』

 インターホンから聞こえてきた声は、若い女のものだった。それもあまり機嫌がよくない。

「ご連絡した〝源蕎麦〟の……」

『はーい。……え、これ、ウチが出るの。えー』

 何やら不満たらたらだったが、数分後、玄関の引き戸が開いた。

 髪をポニーテールにまとめたTシャツにジャージの、女子高生、だと思う。中学生かもしれないが。サンダルを引っかけてつかつか歩いて門扉を内側から開く。

「あ、あなたがオメガさん?」

「ちがーう。いいからさっさと入って、ウチ外あんま出たくないし」

 ――少女は不機嫌百二十パーセントで言い放ち、またつかつかと玄関に戻った。……仕方がないのでぼくは源造さんと顔を見合わせ、意を決して家に入ることにした。

 中も古いが、玄関は三和土のところに板を渡して段差をスロープにしている。バリアフリー、なのだろうか。いかにも来客用の茶色いスリッパが乱雑に積み上げてあったので、靴を脱いで履き替えた。

「お邪魔します……」

 完全に、親戚の家。日本家屋にしては廊下が若干広いくらいか。

「こっち」

 と少女がぞんざいに指さす方が応接間らしい。明るい部屋にソファーセットがある――いや、セットと言っていいのかどうか。茶色い革張りのソファーが一つ、低いテーブルが一つ、以上。本来、向かいにもう一つソファーがあるべきだと思うのだが。

「三人、座れるでしょ」

「はあ……まあ」

 ……源造さんはお年寄りでやせているからいいとして。俊夫さんは体格がいい。ぎゅう詰めだな、と思いながら座った。

「どうぞ」

 と麦茶のコップを載せたトレイを持ってきたのは、Tシャツにショートパンツの少年――というか子供。十歳になっていないのでは。小学校低学年だとは思うが、この世代と接触がないので細かい年齢までは。性別もよくわからない。髪が短いので多分男だと思う。

「客だし三人で百円にしといてやる」

 ……甲高い幼い声で、性別とは関係のない衝撃的な言葉を発したが。

「……この麦茶、お金取るの」

「オレはタダじゃ動かないから。ん」

 手のひらを差し出す。一体どんなマンガで覚えたんだ。小学生らしいと言えば、らしい。何だか教育に悪いような気がするが、反論するのもおとなげない。百円くらいいいかと思って、財布を引っ張り出してしまった。幸い百円玉はあった。

「毎度あり。オレ百円で何でもするから覚えといて」

 何でもって、死体を埋めてくれたりもするのだろうか。

「……あれ、今日平日だけどきみたち……」

「ウチら、ヒキコモリ。気にすんな」

 少女はどこからか持ってきた水色のアイスキャンデーを舐めていた。

「え。で、オメガさんは……?」

 ぼくが尋ねたとき、何やら金属がこすれる音がした。少女が親指で左を指す。

 ――車椅子が、廊下を滑ってきた。乗っているのはぼくとそう変わらない年齢の……と思う……髪の長い人だった。車椅子の背もたれに引っかかるほど長く、細身の眼鏡をかけていた。

 それでどこのホストかというような目を剥くような真っ赤なシャツによりによってネクタイが金色。今どきヤクザ映画でも見かけない白いマフラー。白いスラックスで、足で床を蹴って車椅子を進める。……足、動くのに車椅子に乗っているのか? 金色のネクタイはどこで売っているんだ? 結婚式の新郎でも白なのでは? 一瞬で様々な衝撃が脳裏をよぎった。

 車椅子はテーブルの前でぴたりと止まった。途端、少女と小学生が丸椅子を持ってきてテーブルの周囲に適当に座る。――なるほど、ソファーが一つしか必要ない。

「どうも! 初めまして、インターネットよろず相談所〝さらまんどら〟所長〝オメガ〟です!」

 車椅子の人物が軽く右手を上げ、明朗に名乗った。……髪が長いから女性かとも思ったが、声は男だ。よく見るとのどぼとけがある。しかも目鼻立ちが涼しげで結構な美人で、と思ったのに男か。少し残念。とか言っている場合じゃない。本当にホストなのでは。需要はありそうだ。

「ええと、ぼくは、IBCカルチャースクールパソコン教室の講師で……」

 ぼくは一応、腰を浮かせて名刺を両手で差し出した。所長は片手でそれを受け取り、裏を見る。

「ハンドルは?」

「ハンドル?」

「あ、ハンドルって今言わないんですっけ。TwitterのIDは。LINEのユーザ名は」

「え、それ教えなきゃいけませんか」

「ここ、あんまり本名使わない掟なんです。じゃ〝先生〟でいいや。パソコン教室の先生なんでしょ?」

「はあ、まあ」

「わたしも〝オメガ〟か〝所長〟と呼んでください。で、そっちの二人が〝源蕎麦〟?」

 なぜか蕎麦屋の祖父と孫に向き直ると、オメガの声は一オクターブ高くなった。

「ブログ書いたのどっち?」

「オレ」

「握手して!」

 ――俊夫さんと堅く両手で握手する。何だこれ。

「写真も撮っていいですか? 拡散しないから。サクラ、撮ってー」

「おっさん、はしゃぐなきめえよ」

 女子高生に嫌がられたが、オメガは俊夫さんとツーショット写真を撮った。スマートフォンではなくコンパクトデジタルカメラで、車椅子のオメガのために俊夫さんがわざわざ横に立って屈んで。

「いやー感激だなあ。今日は〝さらまんどら〟結成以来の記念すべき日だ。あの大炎上案件〝源蕎麦〟が自分から来てくれるなんて! わたしは嬉しい! IBCはやっと〝さらまんどら〟を認めてくれたんですね!」

「いや……認めたって言うか……ここ、〝インターネットよろず相談所〟って具体的に何するところなんですか」

「普段はハブです!」

「ハブ?」

「機械の使い方がわからない人はパソコン教室へ! パソコンが壊れたならメーカーかウイルス対策ソフト会社へ! スパムや架空請求、ソシャゲの青天井ガチャは消費者センターへ! ネットストーカーは警察と弁護士! ――そのどれにも振り分けられないお悩みがわたしたちの財産です! 今の〝源蕎麦〟がまさしくそれ!」

 オメガは車椅子が傾くほど手を広げたので、慌てて女子高生と小学生が横から支えた。

「つまり、炎上コンサルタントです!」

「……炎上コンサルタント」

「〝源蕎麦〟の炎上っぷり、まさにステレオタイプ、まさにわたしの求めていた炎上! 実はこっちもメールフォームから〝源蕎麦〟さんに営業メール送ってたんですが見ませんでした?」

 俊夫さんが眉をひそめる。

「え……わけわかんないメールがいっぱい来てて気づかなかった。千通とかメールボックスに溜まってんだぞ」

「そこが炎上の悲しいところ! 助けたくてもこっちからは手を差し伸べられない! しかし〝源蕎麦〟さんは自分からここに来てくれた。ああこんな嬉しいことがあるだろうか! サクラ、ワイン! ワイン開けて!」

「マリーも校閲もいないからダメ。てか未成年に酒注がすなバカチン。リセもやんなくていいからな」

 女子高生、サクラが冷たく言い放つ。小学生の方がリセか。名前は女のようだが。

「じゃまず〝源蕎麦〟ブログのパスワード教えてください!」

 オメガがいきなり満面の笑みで直球を投げてきた。

「そんな、いきなりパスワードとかどうするんですか」

「どうするかはこれから考えます! 大丈夫大丈夫まだ何もしないから! てか先生は、何をされたらこれよりひどくなると思ってるんですか!」

 ……そう言われると。俊夫さんは不審そうにオメガを見ていたが、わりにあっさりパスワードを教えてしまった。イニシャルと誕生日を組み合わせた脆弱性のあるもので、オメガはそれをスマートフォンに入力した。車椅子の右の手許にスマートフォンホルダーがついている。

「はいこれでよし、と。確認してください、何もしてないから!」

 ぼくもスマートフォンで確認したが、確かに〝源蕎麦〟ブログは何も変わっていないようだった。……何だったんだ、今のは。

「で……炎上は、何とかなるんでしょうか?」

「なります」

 さらっと言われても全然安心できない。

「落としどころはどの辺り? 別にわたしが何かしなくてもブログを下げてそれらしい謝罪文を上げて、細々と蕎麦屋を続ければいいと思う」

「あ、そうなるんですか……」

「謝罪文は、当方所属のプロのライターが二千円からご用意できるけど。〝インターネットはしばしニュース〟で執筆してる、ええと筆名は群青蜜柑だっけ。いかにもお蕎麦屋さんが書いてそうでそれでいて揚げ足なんか一個も取る余地のない隙のない文章を提供します」

〝インターネットはしばしニュース〟はときどき見る。サブカル系のニュースサイトで出版社とのつながりもある。群青蜜柑というライターまでは知らないが、二千円で隙のない文章というのはその程度なら、と思う。

 が、ここでオメガは唇の端を上げて、いかにも邪悪な笑みを浮かべた。

「常識通りの対応ならそう。――しかし〝さらまんどら〟は法に抵触しない範囲で非常識な対応もご用意します。というか非常識な対応、しようよ、ねえ。その方が面白いし」

「……面白いって」

「だって今、先生、普通の対応の話ししたら明らかにがっかりしたでしょ。しようよ、普通じゃない対応」

 ……それを言われると。確かに、そんなものなのかと思ってしまったが。

「普通じゃないって、三十二万ビューの大炎上をどうするんですか」

「三十二万ビュー結構。わたしは人格者じゃないので一人の聡明で完璧な人間を説得して宗旨替えさせるなんて自信はないが、三十二万人は聡明でも完璧でもない衆愚の群れ!」

 いちいち声が大きく、そして大袈裟な人だ。

「羊の大群をコントロールするのに必要なのは何か? それは深遠な知性などではなく、慣れた牧羊犬! 犬、売るよ! 〝さらまんどら〟で! 資本主義社会だ、何でもします! 蕎麦屋を引っ越しするのは大変でしょう。引っ越し費用より安く上げよう! そうだなあ。うちの所員一人あたま日当一万の、十万円以内で収めよう! 三十二万ビューなら三十二万円ほしいとこだけどそんなに吹っかけたら逃げられそうな気がするし!」

「おっさん、大人なんだからもちっと言い方」

 彼より女子高生の方が落ち着いて見えるのはどういうわけだ。

「十万って……何の話なんだよ? 蕎麦屋を引っ越しってまさかうちのこと言ってるのか? うちが払うって話なのか、十万」

 と、ここに来て声を上げたのが俊夫さん。

「謝罪って? 何を謝罪しなきゃいけないんだ」

「すげえ、そこからなんだ」

 サクラが笑って、アイスの棒をゴミ箱に投げた。

「〝源蕎麦〟、何かあったからここに駆け込む羽目になったんじゃないの?」

「それは、変な電話とメールがいっぱい来るようになったけどわけがわからなくて」

「マッジッかっよっネットリテラシーゼロだな! ブログやるべきじゃないわオタク! この社会で生きるのに向いてないわ!」

 声を上げてサクラは笑い、床を蹴りつけた。

「道理で未だにブログにアクセスできるわけだ! リセ、今はてブコメント何個?」

「千二百」

「残念、だーいえーんじょーうでーす!」

 笑いながら手をクロスさせたのは「×」ということなのだろう。無表情のまま、リセも真似て手をクロスさせる。

「ネットリテラシーゼロ、生きる価値ナシ! ヤッバ、おっさんが写真撮ってた意味わかったウチも撮りたい」

「サクラはダメ」

「何でよおっさんの反応も大して変わんないじゃん。情弱情弱ゥ! ブログがアレで電凸来てるとか超絶自業自得じゃんインガオホーじゃん自っ己責任ー。そんで今はてブコメントが千二百で? これ、おっさんに土下座してどうにかしてくださいって言わなきゃいけないレベルじゃん三十二万円もらえばいいじゃん、何で遠慮すんの? おっさん、自分で自分をやりがい搾取してるじゃん。ほんと何なん大人ってわけわかんねーわー」

「嬢ちゃん」

 源造さんの声が低い。ぼくは自分のことでもないのにひやりとする。

「あんたがどんな賢い女の子か知らないが、そんなに笑われるとあたしだっていい気分はしねえなあ。一体あんた、あたしらの何がそんなにおかしいんだい。あんた、あたしらに何が起きたのを知ってんだい。ちゃんと言ってみな」

 言葉尻は丁寧だが、有無をも言わせぬ迫力。――〝源蕎麦〟はいい店だ。蕎麦を肴に酒を飲む客もいるが、あそこでたちの悪い酔っ払いに絡まれたことはない。それは源造さんがちゃんとした人だからだ。身体はそんなに大きくもなくお年寄りなのでやせてしまっているが丸く光る頭は、料理に髪の毛が入ってはいけないのでもう何十年も剃っているという。ハゲではなく剃っている。

「あんたハッカーか何かなのかい、でも学のない蕎麦屋のあたしがへいこら頭下げると思ったら大間違いだよ。そりゃあ世の中にゃあたしより賢い人も偉い人もごまんといる、医者に学者に弁護士、政治家、パソコンの先生も頭がいいんだろう。でもその人らと比べてあたしが引け目を感じるってこたあねえな。こちとら蕎麦打って五十年だ、何にも馬鹿にされるようなこたあねえ。髪の長いあんちゃんはどうだ、所長さんか。あんたもあたしを笑ってるのかい」

「――いえ。サクラが失礼いたしました、世間知らずでわたしも甘やかしているもので。叱っていただきありがとうございます」

 オメガは、意外なほどあっさりとサクラの頭に手を置いて下げさせ、自分も下げた。

「お客さまを笑ったりはしません。車に轢かれた患者を笑う医者はいない。ネット炎上は事故だ。人災だ。あらゆる意味で」

 顔を上げ、にっこりと笑う。これまでのうさんくさいハイテンションの笑いではなく、幾分柔らかく。

「ただわたしたちはハッカーではない。クラッカーでもない。システムも言語もわからない、日本語と英語がわかるだけ。法律もプロではない。我々にわかるのはここ十年の〝ネット世論〟の流れ。――要するに、山師です」

「山師、って」

「あなたがたの巻き込まれた事故は、国家資格だの保険だのでどうにかできることではないので。医者も弁護士も警察も助けてはくれない。医者や弁護士や警察が助けてくれるならそっちに回すのがうちの商売なので、うちに留まる時点で異常事態。他にこんなこと引き受ける人、いませんよ、これは本当に。他の人はただ謝れと言うだけです」

 ――それはそう思う。ぼくだって自分では何もできないと藁にも縋る思いでここに来たのだから。

「〝源蕎麦〟さんはつまり蕎麦屋でありながら蕎麦アレルギーへの理解があまりに足りないと言うことで、一言言ってやりたいと思う人が今、日本だけで三十二万人いる、というのが今回の話の発端なわけです。病人の写真をデカデカ貼りつけてるのもまずい。今は友達でも自分の子供でも肖像権ってものがあって人間の写ってる写真を簡単にネットにアップしちゃいけないんですよ。しかも病気の人を見世物にして馬鹿にしてるみたいな態度だから」

「そりゃこの馬鹿孫の話かい」

 と源造さんは俊夫さんを肘で小突いた。

「理解がねえのはこいつだけだよ。蕎麦アレルギーが人が死ぬ病気だってのはあたしも知ってる。蕎麦屋の組合じゃしょっちゅうその話をしてるからね。前から店の方には張り込んで、お高いプラズマ何とかの空気清浄機を置いてる。うちは手打ちだから店の外に蕎麦粉が漏れないようにしてるんだ。外国人向けにアレルギー注意のステッカーも入口に貼ったよ。組合で何カ国語かに翻訳したのを発注して作ったんだ。今どきは外国人観光客、多いだろう。店で倒れられたんじゃあたしらも困るからね。孫にはガツンと言っておいたし、あたしもお友達、ええと河合さんだっけ。その人に花持って頭下げに行って、治療費もあたしが出したよ、ええ」

 源造さん本人の意識は、高かった。……そのしつけを一日早く孫にしていてくれれば。いや、あんなチラシの裏みたいなブログなんかやらせなければ。

「河合さんとは和解したと思ったんだが、三十二万人ってのは何の話だい」

「ははあ。なるほど、得心がいった」

 オメガは深々とうなずいた。

「〝源蕎麦〟さん、あなたちゃんとした方だ。実に筋が通っている。ちゃんとしているから、ブログなんかはどうでもいいと思った。その判断は実に正しい。今起きてるこれは、一番どうでもいい連中が起こした一番どうしようもない騒ぎ。真っ当な人間のかかわることじゃあない。いやはや全くもって。そう、直接の被害者である河合さんにすぐさま謝罪した。だから世間への謝罪が遅れてしまった」

「世間?」

「何も筋が通らない連中に筋を通すのが遅れた。つまりね。解決した顛末をブログの方に書いてないもんだから、誰も解決したなんて知らないんですよ。写真も外してない。未だに三十二万人は、源さんのお孫さんがもの知らずの蕎麦屋だと思って説教しようと乗り込んできかねない状態だ。メールやいたずら電話っていうのは、お節介な人たちがいちいち絡んでいるんです」

「何てこった」

 源造さんは額に手を当てた。

「んじゃあ、写真を消して解決したよってホームページに書けばいいのかい」

「昨日ならそれで済んだけど、今日はそれだけじゃ済まない。電凸が来る段階では」

「デントツ?」

「電話突撃。出前用の電話番号を晒している、そこからメールより一段階タチの悪い連中がいたずら電話を仕掛けている。人間ね、匿名掲示板では普段喋れないようなことをホイホイ書きます。記名のTwitterでも罵詈雑言を書き散らす。だが一対一のメールになるとちょっと敷居が高くなって、ホイホイ喋るという感じではなくなる。電話はもっと敷居が高い。肉声で喋るのが苦手な人は多い。こういう手段を使うやつは選ばれたエリートクズです。クズのくせに気が強い。それが問題になるほどいたずら電話が来るっていうのは、まずいです。母数が多すぎる。三十二万人のうち実際に電話をかけてくる人が千人に一人だったとして、三百二十人もいる。もう一段階上がる可能性がある。――電凸の次は、直接店に来ます。店に来て文句を言う、ものを壊す、落書きをする、もしかしたら店員さんに乱暴狼藉を働くかも」

 それで源造さんも俊夫さんも息を呑んだ。オメガは続ける。

「〝割れ窓効果〟と言います。窓の割れたのをそのままにしている家は、ちゃんといちいち直してある家よりいたずらをされやすい。二重三重に鍵をかけているピカピカの自転車と鍵の壊れたボロボロの自転車があったとして、自転車泥棒が盗むのはどっちだと思います? 鍵を外す技術はあってどうとでもなるのが前提です」

「鍵を外せるんなら綺麗な方を盗むだろうよ」

 源造さんが即答した。

「ボロボロの自転車なんか盗んでも仕方ないんじゃねえか。頑張って綺麗な自転車を盗んだ方が金になる」

「それも一つの答えですが、……先生は? あなたならどうします?」

 急にオメガがぼくを見た。眼鏡の向こうの瞳は明るく奥まで澄んでいて、ぼくの方が見てはいけないものを見た気がしたが、目を逸らすと失礼だ。妙なプレッシャーを感じながら答える。

「……ぼくならボロの方を盗みます」

「理由は?」

「鍵もついていないボロ自転車なら、盗まれても諦めて捜さないかもしれないから」

 ぼくの答えを聞いてオメガがくくく、と小さく笑い、何だかとても恥ずかしくなった。

「先生、〝素質〟がありますね。――売り飛ばすのが目的ではなく、単に家まで乗って帰りたいだけの人が自転車を盗むならボロの方を選びます。ボロの自転車に乗っている人は〝ボロだったから仕方ないな、この機会に買い換えよう〟と考えて警察に訴えない可能性があるからです。そもそも訴えられなければ犯罪ではありません。ピカピカの自転車に鍵を二重三重にかけている持ち主は必ず警察に訴えて捜査が始まり、面倒くさいことになる。人は、面倒くさいのがこの世で一番嫌いなのです」

「何だそりゃあ。警察に言われなきゃ勝ちってことかよ」

「そうです」

 源造さんが鼻白み、オメガはさらりとうなずいた。

「三十二万人です、そこには選りすぐりの下衆と卑怯者が潜んでいます。彼らは常に斜め下からこちらの足を掬ってくる。人間の悪意を読まなければならない。――突然雨が降ってきて店の玄関に綺麗なブランドの傘とボロの傘が突っ込んである。自分は持ってきていないのに、傘を差して帰りたい人はどっちを選ぶ? 綺麗なブランドの傘を盗んだら大騒ぎで犯人捜しが始まるが、明らかに安っぽい百均の透明のビニール傘ならまあ運が悪かった、そういうこともある、で終わるかもしれない。雨が降ってきたんだからお互い、仕方ないよね。泥棒の思考回路はこうです」

「何つう身勝手だ」

「そうです、身勝手です。悪党というのはね、どこか弱みのある人間につけ込むんですよ。――この〝割れ窓効果〟というのは恐ろしい理屈ですよ、〝ちゃんとしていない〟と見なされた瞬間、血まみれでサメだらけの海の中に突き落とされたも同然だという話だから。〝ちゃんとしていないやつが悪い〟という自己責任論にもつながる――今、この世で一番ちゃんとしていないのが〝源蕎麦〟ブログなのです」

「で、あんたはあたしらに何をしてくれるんだい?」

「さあ何をしましょうね!」

 オメガは口の端を吊り上げ、嬉しそうにまくし立てた。

「自作自演? 威圧? 威嚇? 全然関係ない話を始めてそっちに誘導するのがベストですね。おためごかしと搦め手と水増しならお任せを! この業界で最も強いのは口八丁手八丁、根回し、そしてコネクションです!」

「インターネットだろう、ハッキングとかでバーッとデータを書き換えるんじゃないのかい?」

「ははは、ご冗談を」

 オメガも、横のサクラとリセも声を上げて笑った。「今どきハッキングって」と小さくつぶやいて。

「昔はハッカーのことを〝魔法使い〟なんて言いましたね。ちょっとコマンドを打つだけで何でもできるように見えたのでそう呼ばれましたが、所詮は薄給でプログラミングをさせられているしがない労働者ですよ。機械いじりが得意なただのサラリーマンです、上司と営業には逆らえません。ウイルスだって売り込む先があって作ってるんですよ。もうみんな知ってるのに、何でアニメやドラマはいつまでもあれをありがたがるのかなあ」

「源さん、一回インターネットに流れたデータはハッカーでも取り返せないんだよ」

 とぼくも口を挟んだ。

「どんなものも人が見てしまえば、必ず誰かが覚えてる」

「その通り。人が覚えている限り、データをどんなに改竄しても何度消しても戻ってくる。スクリーンショットやウェブ魚拓で保存されているから。わたしも〝源蕎麦〟ブログを全部保存したんだから。他に何人も保存しているでしょう。マンガのようなスーパーハッカーがいたとして、データはともかく人の記憶を書き換えるなんてできませんよ。同人誌じゃあるまいし。そんなことができたら、本当の魔法使いだ」

「この世に魔法使いがいないなら、あなたができることとは何です?」

 ぼくが尋ねると、オメガは例の赤い名刺を一枚胸許から取り出すと左手の中指と親指で挟んで人さし指で弾き、ハンドスピナーのように回し始めた。

「種も仕掛けもある奇術で人の心を動かすことでしょうか?」

 くるくると名刺が回り、印刷された黒いトカゲのマークが赤い裏面と交互に入れ替わる。

 サラマンドラ、炎の竜。

「奇術でも幻を見せて時間を遡ることができます。――それらを〝竜の魔法〟と呼んでもかまわないでしょう」

「っは、厨二」

「厨二結構、中途半端に恥ずかしがっているのが一番いけない」

 サクラに鼻で笑われても即座に言い返す。

「炎上は人の心がテクノロジーと摩擦を起こしたときに起きる人災。その本質は幻です。塵は塵に、幻は幻に。――正直なところわたしはナルシストで自信過剰で出たがりで、ネットの炎上案件を見るたびこう思うのです。『わたしならもっとうまくやる』」

 ……なるほど、ナルシストで自信過剰で出たがりしか言わない台詞だ。

 指に力を入れたのか、名刺の回転が止まった。

「だから〝源蕎麦〟さんの事件、お金なんかいらないからかかわらせてほしい。でもそれじゃそちらが気味悪いだろうからとりあえず十万円って言ってみただけで、別にくれなくても文句は言いません」

「だからおっさん、セルフやりがい搾取だって」

「やりがい搾取どころかこの世で起きる全ての面倒ごとに首を突っ込みたい! わたし抜きでお祭りをやるなんて! SWORDの祭りは達磨通せや! とんでもない暇人だから道楽で人を助けたい! こちとら失うもののない年金暮らし、わたしが各種サブアカ売るほど持ってる〝無敵の人〟ってだけで十分戦力だとは思えませんか、先生! パソコンの先生!」

 ――なるほど、部長が苦手だと言っていた理由がわかってきたぞ。ぼくが何と答えたものか思案していると。

 そのとき、流行りの歌が流れた。俊夫さんがスマートフォンを取り上げる。

「うちから電話だ」

「どうぞ、そちらがお客さまです」

 オメガが手を上げて促したので、俊夫さんはスマートフォンを耳に当て、ソファーを立って壁の方を向く。

「何だ、うん、うん……は? どういうことだよ。いや待てよ、ちゃんと説明しろ」

 ……何やら、焦ったような語調だ。そんなに長い電話ではなく、皆で固唾を呑んで聞き入ってしまった。

 電話を切ると、俊夫さんは源造さんの肩に手を置いた。

「大変だ、じいちゃん」

「大変って何だ」

「誰かが店の看板蹴り倒して、入口のガラスが割れちまったって。幸い誰も怪我はしてないけど、笑い声が聞こえたって……」

 それで源造さんも立ち上がり、俊夫さんを見上げる。――手が震えていた。

 ――ネット空間で燃えていた炎が、現実を破壊する力になった。