1 銀行:何かを生み出した気になっているだけの集団。他人の金を自分たちの金だと何の疑問もなく確信している。金持ちには椅子を用意するが、貧乏人には罰として立たせたまま事務作業をすすめる。役所の類義語。旧世紀に存在した。



 ここにやってきてひと月半くらいたつけれど、それでも慣れないことがある。

 たとえば、電車の音。

 ぼくの住むアパートは沿線にある。線路とのあいだには車が一台なんとか通れるほどの道路しかなく、電車が通過する際のけたたましい音を防いでくれるものは何もない。フェンスだって金網のもので、これに遮音性を期待するのは酷な話だ。

 たしかに最初は、滅多にない機会だと浮かれ、学術的興味から時間ごとに区切って電車の音を録音したこともあったが、一週間もすると飽きた。

 そうなると電車の音はただの騒音だった。

 休日、部屋でくつろごうと音楽をかけても、ちょうどいいところで電車が通過し、無遠慮な騒音がすばらしい音楽をかき消してしまう。映画もだめだ。ラストシーンの夢と現実の狭間のような世界で、トム・クルーズが美しい女優にキスしたあとおもむろに口を開いても、彼が何を言っているのか聞こえない。たぶん、トムのことだからかっこいい科白を言ったのだと思う。というより、彼はどんな言葉でもかっこいい科白にかえてしまう。ぼくが同じ科白を言ったところで間違いなくさまにはならない。どんなくだらない言葉でも、たとえ額を地面にこすりつけながら金の無心をしたとしても、それはきっとかっこいい科白に聞こえるはず。彼はそういう俳優なのだ。

 それだけに、ラストシーンの彼の科白が騒音のせいで聞こえないというのは、世のなかでも三番目くらいにはひどいことだと思うし、しかもその直後にトムが急にビルから飛び降りるわけだから、ちょっと待ってくれよと叫びたくなる。自分自身の感情がトムに追いつかないよと。ぼくのフラストレーションは否応なく高まる。読書だってだめだ。悲劇的な恋愛、生と死、様々な問題がそこには書かれていて、むろんぼくにも思うところはあるのだけれど、どうしてもこの騒音以上に切迫した問題には感じられないのだ。

 これだけでも充分、ぼくの生活から人間性を喪失させるに足るのに、近所には踏切があってこいつがまた四六時中キンキン、カンカン、やかましいのだ。もうどうにかなりそうだ。

 だいたい踏切とは何なのだ。線路の上を歩かせるなど危ないではないか。それなのにこの時代の人々は踏切が上がれば平然と、しかもお年寄りでさえ線路を横断する。正気とは思えない。ぼくの時代でそんなことを市民に強要すればきっと犯罪になるだろうし、というかそもそも電車など存在しないのだが、いずれにしてもこの時代の感覚はおかしい。

 二十一世紀。

 ぼくはもっとすすんだ時代だと思っていた。

 もちろん、すすんでいる部分もあるのだが、全体として考えるとそうでもない。進歩の度合いがいびつだ。踏切などはそのよい例だろう。高度な技術を持ちながら、その一方できわめてアナクロな手法を踏襲している。

 お金:身分制度を理論武装した結果、誕生した代物。多くの人は絶対的な価値があると信じ込んでいるが、言うまでもなくそんなわけはない。実際、旧世紀の終わりとともに価値を失った。

 いま、ぼくの眼の前にはお金がある。

 札束が三つ、三百万円。ぼくの年収とおおよそ同じである。

 学説によると、この時代すなわち旧世紀では労働を多くの人が金銭を得るための手段だと考えているらしく、労働そのものに価値を見出していないようだ。文化人類学の権威であるアニミツタエラ博士はもっと踏み込んで、旧世紀における労働とは人間の原罪に対する罰であり、金銭を得ることでしかその罰から解放されず、また、基本的な人権も保障されないと言及している。あのアニミツタエラ博士がそう仰有っているのだ、きっと正しいのだろう。

 いずれにしても、お金がすべてなのだ。

 だからお金をめぐって犯罪が起きるし、ハンドバッグからさらっと三百万円を出した厚化粧の女が美的感覚を疑う紫とピンクのどぎつい服を着て横柄な態度で席に座って、二重顎をやや上げてカマキリのようなサングラスの奥から侮蔑の眼をぼくに向けてきても何も言ってはいけないのである。

 彼女はお金を持っている。ぼくが汗水流して働いた一年分の報酬と同額のお金を、ポケットティッシュでも渡すかのようなぞんざいな所作で出してきたところからも、また、ぼくの網膜デバイスが自動解析して彼女に、

 成金:悪趣味とともに大金を手にした者。暗い場所では紙幣に火をつけて灯りのかわりにする。

 と、表示を加えているところからも、それが窺える。もしかすると、ハンドバッグのなかにはもっとお金が入っているのかもしれない。

 お金がすべてのこの時代においては、彼女はまごうことなき権力者だ。そのためいくら彼女がトンチンカンな服を着ていようと、もうちょっとダイエットしたほうがよくても、誰も何も言えない。おべんちゃらばかりが彼女に捧げられる。

 それは空虚な嘘に充ちた生活だ。たしかに彼女は成金で悪趣味で権力者ではあるけれど、果たして幸福なのであろうか。お金がすべてのはずなのに、幸福はお金だけでは得られない。実に複雑だ。いや、いびつだ。ぼくがこの一ヶ月半ずっと感じているいびつさは技術や制度などではなく、結局のところお金に起因しているのではないだろうか。お金のない時代からやってきたぼくにはそう思えてならない。

 だが、この際はどうでもいい。

 彼女がいびつな社会の被害者であったとしても、ぼくには同情を抱く余裕などない。彼女が多額のお金を持っているという事実のみが重要なのだ。

 なぜならここは銀行で、ぼくはノルマに追われる銀行員なのだから。

「普通預金ではなく、定期預金にしてもらえませんか!」

 定期預金のチラシを差し出すのと同時に、ぼくは額をカウンターにこすりつけて懇願する。

 客観的に考えて、これが情けない姿であるのは理解している。トム・クルーズならもっとかっこよくできただろうけど、ぼくには彼のような魔法は使えないから、とにかく情に訴えるしかない。

 しかし不思議な話だ。

 人類が二十一世紀で一度歴史を終わらせた謎を解明するためにぼくは五百年の時を遡り、この国、この場所にやってきた。それなのに、ぼくはいま、口座開設にやってきた成金相手に定期の預金をお願いしている。

 なぜこんなことになったのかと複雑な気分になることもあるけれど、とにかくこれはそういう話だ。



「……ありがとうございました」

 頭を下げるのと同時に、ぼくの一縷の望みであった成金の女は席から立ち、こちらに眼もくれず横柄な態度で去っていった。

 結局、定期にはしてもらえなかった。

 なぜなのだろう。べつに何かを売りつけようとしているわけではないのだ。ただ一定期間預けて欲しいと言っているだけなのに、皆、悪徳セールスにあったかのような顔つきになって、頑なにぼくの願いを拒む。

 絶対に損はしないのに。

 いやそれどころか、わずかではあるけれど、利息がもらえる。たとえ途中で定期を解約したとしてもそれは必ずもらえるのだ。お得ではないか。なぜわかってもらえないのだろう。

 残念さと疲労感がない交ぜになった吐息をつき、ぼくはふとフロアを眺めた。

 昼のピークを過ぎたこともあって人数はまばらだ。

 ATMコーナーはそれなりに列をつくっている。もし彼らのうちの何人かが並ぶことに嫌気を起こして窓口にやってきたとしても、どうせ用件は預金の引き出しや送金だろうからこのため息まみれの窓口つまりローカウンターは閑古鳥が鳴くことになる。そういったものはハイカウンターで処理されるのだ。

 ハイカウンターというのは客を立たせたまま、もしくは一旦長椅子に戻ってもらって処理する窓口とでも言えばいいのかなあ。まあスピード重視のカウンターだ。

 先週はぼくもそこで作業に追われていたのだけれど、今週に入ってからはローカウンターを担当することになった。口座の開設、住所変更、時間のかかる作業を受け持つ窓口であり、客にもブース内の椅子に座ってもらって処理をすることになる。ハイカウンターにくらべれば長時間客と接することになるので、必然的にこのローカウンターが窓口にとっての営業の最前線と化す。

 営業とは要するに、定期預金にお金を入れてもらうことだ。

 普通預金だとだめらしい。なぜだめなのかよくわからないけれど、とにかく上司からそう言われた。

 研究の結果、この時代において上司の言葉は絶対であると判明している。やれと言われたら自分のキャパシティーを超えていようとそれにチャレンジしなくてはならず、残れと言われたらどんな予定があろうとも無報酬で残業しないといけないらしい。

 まだ封建制度の名残があるのだろうか。江戸時代(ニンジャなるスーパーヒーローがこの国を支配していた時代だと明らかになっている)が終わってから、まだ百五十年ほどしかたっていないのだから、きっと精神的なところで封建制度は残っているのだろう。ニンジャの主食だったスシを皆が皆食べるのも、その重要な証拠だとぼくはにらんでいる。

 いずれにせよ、ぼくが未来人であることは混乱を避けるためにも絶対に気どられてはならないので、この時代の人間としてふさわしい行動をとる必要がある。すなわち、上司の言葉に従って営業成績を伸ばさなくてはならない。

 とはいえど、ご覧のありさまだ。

 ぼくはまったくと言ってよいほど営業ができていない。

 事務処理自体はそれほど難しくはない。端末と呼ばれるコンピュータのような処理機を操作すればよいだけだし、その操作方法だって脳チップにすべてインプットしてあるので困ることはない。自動検索同様、網膜デバイスに自動で表示される。人体の機械化様々である。

 二十一世紀の人々はこうした補助なく仕事をしているのだから驚きだ。

 ぼくのこの驚きは、どう言えば伝わるのかなあ。まあ氷売りから氷を買ってそれを冷蔵庫に入れることで食べ物を冷やしていたとか、テレビが高級品だった時代には損料屋からテレビをレンタルしていたとか、そういった事実を知ったときの驚きとは同じではないな、ちょっと違うなあ、うまいたとえが浮かばないし、だんだん何を言いたいのかぼく自身わからなくなってきた。

 でもとにかくひとつ言えるのは、未来の技術がこと営業ノルマの達成に関して何の役にも立たないということで、だからぼくの営業成績は振るわず、結果的に上司の言葉に背いてしまっている。

 最悪の場合、ぼくはセップクすることになるかもしれない。

 セップク:腹をかっさばくこと。伝統的な責任のとりかた。自らの腹を切り開くのは嘘偽りのない心を衆目にさらすためだと考えられ、二十一世紀においてもセップクは横行した(アニミツタエラ博士『旧世紀の民族』)。

 なんでも自分の腹をかっさばくことがこの国の伝統的な責任のとりかたらしい。そんな馬鹿なと最初の頃は鼻で笑って信じていなかったのだけれど、テレビのコメンテーターが不祥事を起こした政治家に、「これはセップクものですよ!」と激しい剣幕で怒鳴っていた姿を何度となく見たことがあるし、三日ほど前に読んだある作家(三島由紀夫:日本を代表する作家のうちのひとり。男の肉体描写に定評がある)の小説ではセップクの官能性についてこれでもかと圧倒的な筆致で書かれていて、ああもうこれは本気なのだと、日本という国はそういう国なのだと確信するにいたった。

 そういえば何度か、「このままだとクビを切られるよ」と上司の浅沼課長に茶化すように笑われたことがあるけれど、もしかするとクビを切られるというのは介錯のことを意味していて、暗にぼくにセップクの準備をしておくよう促していたのかもしれない。つまり彼がニコニコ笑っていたのは冗談だからではなく、セップクは戦士としての誉れだとぼくに伝えたかった?

「ほら見なさいよ」

 鈴のようなよく透る声がするのと同時に、背もたれに身を預けていたぼくの顔近くに用紙が突きつけられる。

 定期預金の証拠書だった。六百万円が三年定期で申し込まれている。

 すごい額だ。

 感心しながら突きつけてきた彼女に視線を送る。

 わずかにつり上がったその大きな眼は気の強さを宿しているが、どちらかというと丸顔に分類されるその輪郭がきつさをうまく消している。また、つやのある長い黒髪をひとつにまとめて片方の肩から流しており、それが彼女の全体的な印象に純朴さや幼さを加えている。

 彼女は、ここ、みらい銀行の制服を着ていた。お世辞にも高いとは言えない身長のせいもあって、あまり似合っていないというか、むりやり着せられているように見えてしまうのだけれど、一応ぼくと同期の新入社員である。

 篠塚亜梨沙といった。

 同じ新人であるし、円滑に調査をすすめるためにも、彼女とはできる限り仲よくしたいと思っている。

「今日だけで一千万円の大台に乗ったわ。あなたはどうなの? まあ、わたしのブースにもあなたの同情を誘う懇願が聞こえてきたけど、百万円? 三百万円? いくら入れてもらったの? もしかして入れてもらっていないの? それは残念、頭の下げ損ね。けれどあなただって悪いのよ、頼み込むだけだなんて営業とは言えないのだから。わたしのやりかたをよく見ておくことね」

 と、勝ち誇ったかのように亜梨沙は早口でまくし立てる。

 そうなのだ、彼女はどういうわけかぼくに敵愾心を燃やしている。

 ことあるごとに突っかかってきては、何やら早口でまくし立て、論戦を挑んでくる。

 好戦的だ。

 この時代は男と女で互いの社会的地位をめぐって血で血を洗う抗争を繰りひろげていたと聞いている。

 やはり彼女も同期とはいえ男であるぼくを宿命的に打倒せざるを得ないのだろう。

 いやあるいは、この同期というのがまずいのかもしれない。

 ぼくと彼女は同じ新人ではあっても、ぼくが総合職であるのに対して彼女は地域採用職である。たとえるなら非キャリアだろうか。ぼく個人としてはそこに優劣などないように思えるのだけれど、彼女はそう思ってはいなくて、同期で対等な関係を築くために自らの能力を誇示し、地域採用職だからといって侮るなと主張しているのではなかろうか。

「どうして何も言わないの? ひょっとして口惜しいの? それはそうよね、あなたはいずれ本社に戻って出世して、最終的に支店長となって現場に戻ってくる総合職さまだけれど、わたしはずっと現場で使い捨ての兵士のように扱われる地域採用職だものね。そんなわたしに、しかも同期であるこのわたしに負けるだなんて恥ずかしいものね。でもいいのよ、誰にだって不得意なことはあるわ。たとえばわたしは麺を啜るのが不得意で、おそばでもラーメンでもパスタみたく箸に巻きつけて食べるのだけれど、そういうことをすると決まって周りから変な眼で見られるのよ。とくにおじさま世代からね。マナーに欠ける行為だとは重々承知しているけど、できないのだから仕方ないじゃない。あなたもそう思わない? 思うの? 思わないの? そうね、せっかくだから、あなたは擁護派に回って、わたしはできようができまいが何が何でもマナーには従わなくてはならない派になるわ。この際徹底的に討論しましょう」

 亜梨沙の話は早口で聞きとりにくい上に、やけに長く、脱線も多い。

 つまり何を言っているのかよくわからない。

 この一ヶ月半、彼女とはそれなりに交流を持ったというか、一方的に突っかかられてきたけれど、やはりどの場面でも彼女はなにやらよくわからないことをべらべらと喋って、議論をふっかけてきて、嵐のように去ってゆく。そして彼女が去ったあと、ぼくの胸裏に残されるのはいつも敗北感だった。

「ずっと黙りね。そんなにわたしに負けたのが口惜しいの? でも仕方がないわ、あなたは負けるべくして負けたのよ。何度もわたしたちはこうして勝負をしてきたけれど、あなたは毎回同じ戦法で、同じ間違いを犯している。だから負けるのよ。理由のない勝利はあっても、理由のない敗北は絶対にないの。それを次までによく考えておくことね。あー、勝った勝った。とても気分がいいわ」

 と言いたいことを言って亜梨沙は自分のブースに帰っていった。

 またぼくの胸に敗北感が生まれる。

 いや、べつにいいじゃないか。

 ぼくはそもそも学者だ。この時代を調査しにきた研究者なのだ。営業ができないからってなんだ。銀行員なんて仮の姿なんだ。馬鹿にして。何が理由のない敗北は絶対にないだ。いいことを言うじゃないか。でも、べつに口惜しくなんかない。そりゃそうとも、何度も言うけれど、ぼくは学者で、調査のためにここにやってきただけで、決して定期預金の額を競うことを目的にはしていないのだ。だからまったく、全然、口惜しくない。むしろ清々しいくらいだ。ああ、早く家に帰って論文を書かないとな。腱鞘炎になるくらい書かないとな。この際、論文を書きながら映画も見てやろう。ポップコーンも呆れるくらい食べてやろう。充実しているなあ。ほんとうに口惜しくないなあ。



「ぼくはとっても口惜しいんだ!」

 夜の公園、ぼくはブランコに乗って慟哭した。

 胸一杯になぜと知らぬかなしみが溢れていて、それが春と夏のあわいを抜けた風によって砂のようにさらさらとどこかに飛ばされてゆく。

 なんともやりきれない気持ちになりながら、透明な瓶に入った日本酒をあおる。

 そんなぼくの肩にそっとリョータの手が置かれる。

「おまえの気持ちはよくわかる。口惜しいよな、カマゼオレ」

「だめだリョータ、ぼくの本名を言っては!」

 ぼくたちははっと周囲を窺う。欠けた月とぼんやりとした外灯の光だけではよく見えない。しかし幸いなことに網膜デバイスに生体反応なしと表示されたため、ほっと胸をなで下ろす。

 申し訳なさそうな顔でリョータが言った。

「うっかりしていたよ。ミヤモトカズマだったな、二十一世紀でのおまえの名前は」

「この時代ではちょっとでも不審な行動、あやしい発言をすれば、エンジョウしてしまうんだ。きっとエンジョウと言うくらいなのだから、ぼくは燃やされてしまうのだろう。学識の崇高な前進のためとはいえ、燃やされるのは恐ろしい。口はわざわいのもとだ。お互い気をつけよう」

「ああ、そうだな。注意しよう。しかし、エンジョウか。異端者を火刑に処していた時代があったそうだが、きっとそれが復活したのだろうな。セップクといい旧世紀とはなんて野蛮なんだ。これではまるで未開の地に迷い込んだみたいだ」

 リョータは小石を蹴り、悪態をつく。

 彼もぼくと同じ未来人で、調査団の一員だ。このエリアの班長でもある。

 専門が芸術学、具体的に言うと映画学で博士号を取得したことを考慮され、普段彼はレンタルビデオ店で勤務している。ぼくが映画をよく観るようになったのも彼の影響が大きい。

 なぜレンタルビデオ店なのだと、どうして映画の制作会社に入れてくれなかったのだと顔を合わせるたびに愚痴っているけれど、自分の専門分野に関係する職に就けただけよいほうだ。

 ぼくなんて専門は文化人類学なのに銀行で働かされ、そこの実態調査を命じられているのだから。

 まあ生活様式やものの考えかたなどを比較研究し、人類共通の法則性を発見するのが文化人類学なのだから、ひろい眼で見れば銀行を調査するのもその範疇と言えるのかもしれないけれど、お金など存在せず信用が一切の価値基準となっている未来においては、銀行の調査や研究なんて知的好奇心を満たす程度の役割でしかない。つまりが第二線級の研究なのだ。

 そもそも旧世紀の存在が明らかになったのはつい最近のことだ。かねてからその存在は疑われていたが(きわめて高度な技術を持った状態からぼくらの文明がはじまっているため)、旧世紀に関係する文献や遺跡は一切残っておらず、オカルトの域を出なかった。しかしワームホールを通航していた宇宙船団が潮汐事故に巻き込まれ、偶然にも二十一世紀へのタイムトラベルに成功したことで状況は一変する。

 世間でにわかに旧世紀ブームが起こると、その熱に後押しされるかのようにオカルトは正式な研究対象となり、代表協会(二十一世紀風に言えば国連)主導のもと著名な研究者やエージェントが集められ、失われた旧世紀を明らかにするため二十一世紀に派遣されることになった。

 これが第一次調査団だ。

 彼らの調査及び研究によって、繁栄の限りを尽くした人類が二十一世紀に突然国家、社会、経済、ありとあらゆるものを解体し、新世紀とともにまったく異なる人類社会を開始させたことが明らかになった。しかし具体的に何年の何月に、また、どのような理由によってそのような行動に出たのかは依然として不明のままである。

 この謎、いわゆる「空白の二十一世紀」を解き明かすのが現在の調査団の大きな目的で、主要な調査は多くの人の期待を一身に背負った第一次調査団に任されている。ぼくら第二次調査団が調査しているのはそのあまりもので、はっきり言って重要度の低いものばかりだ。彼らが一線、ぼくらが二線と呼ばれるのもそのためだ。

 二軍と呼ばれないだけマシだと思うけれど、それでもやはり心の奥にしこりのようなものができていて、それは日増しに大きくなっている。

 ぼくは慣れない酒をまた飲んだ。喉の奥が熱くなり、何かがこみ上げてくる。

「ねえリョータ、きみは現状に満足しているかい?」

「していない」

 と苦々しそうに言ってからリョータは酒を一気にあおった。それから、たまっていた鬱憤を晴らすかのように大きな声で言った。

「知っているか、一線の連中は国家や大企業の中枢に入り込んで、スパイ映画みたいなかっこいい仕事を任されているんだぜ。いいよなあ。おれだってそういう仕事をやってみたかったよ。レンタルビデオ店の店員じゃなくてさ」

 リョータはさらさらとした長い髪をかき上げ、眉宇にかなしみの気配を漂わせる。

 かけるべき言葉がわからなかったぼくは、そんなリョータを無言で見つめる。

 鼻筋が通っていて、また彫りが深い。ひとつひとつのパーツがはっきりとした濃い顔立ちだ。背はぼくより高く、脚が信じられないほど長い。

 しかしそれらは偽りのものだ。

 ぼくたち未来人は混血がすすみ、民族という概念がなくなっている上に、遺伝子デザインによって設計されて生まれてくる。そのため、二十一世紀のどの民族とも容姿が異なる。あえてたとえるなら、映画の『ロード・オブ・ザ・リング』に出てきたエルフ、これにぼくたちは似ているのかなあ。

 まあそんなぼくたちが二十一世紀の、この日本社会に紛れ込もうとしたってむりがあるのは誰の眼にも明らかだったので、偵察隊が持ち帰った資料を参考にして再デザイン(:容姿を再構築すること)を受けることになった。のちにその資料が、古本屋から手に入れた九十年代のファッション雑誌で、二十一世紀においてもちょっとした骨董品だったという残念な事実が判明するのだけれど、とにかくそれをもとにして日本人風の容姿になった。

 リョータもそのなかのひとりだ。

 もともとの容姿を捨て、再デザインを受け、さらさらのロン毛を手に入れた。ぼくたち研究者のなかでもさらさらロン毛は、馬鹿ウケだった。それはちょっとないよと、きついよと笑ったものだった。けれどリョータは真剣だった。ぼくらを一喝して、

「社会のためにやるべきことをやるだけだ」

 と言った。

 ふざけていたぼくらは恥ずかしくなった。彼の純潔性がまぶしく思えた。きっと彼のような研究者が大いなる敬意を勝ちとるに違いないと口々に言い合った。間違いなく彼は二十一世紀社会にとけ込み、すばらしい調査を行うだろうと。

 けれど彼のさらさらロン毛は二十一世紀においてもきついものだった。調査先のレンタルビデオ店では女の子たちに笑われ、店長からも気持ち悪いから切っちゃいなよと言われているらしい。

 つらいなあ。

 ぼくだったらたえられないし、さっさと切るだろう。しかしリョータは切らない。そこにぼくは、彼の調査員としての心意気を感じる。ぼくにはそういったものがない。

 ふと、月影に照らされて酒に映るおぼろなぼくの顔を見た。

 童顔で色白、眼は大きいがやや丸みがある。この時代の人間と見分けはつかない。

 でもぼくは、再デザインはおろか遺伝子デザインすら受けていない。精卵提供者、二十一世紀風に言うならぼくの両親はネイチャリストだったので、自然体児として生まれたのだ。

 遺伝子情報によると、ぼくの血筋は代々そうらしい。ネイチャリスト自体はそれなりの数がいるけれど、代々となるときわめてめずらしい。おかげでいわれない差別を受けることもあった。

 その一方で、いいこともあった。調査団に選ばれたことだ。

 白状するとぼくは研究者としては半人前どころかまだ博士号すら取得していない。学会でもたいした発表はできていないし、担当教官にはもう少しうまく論文を書けないのかといつもどやされていた。当然、二線のなかでぼくの名前を知っている人はひとりもいなかった。

 そんなぼくが調査団に選ばれたのはやはりこの容姿のおかげだ。

 再デザインというと、いかにも気楽にころころ顔を変えられる魔法のような施術だと思われがちだが、実際にはそんなことはない。ひとつのプロジェクトチームをつくらなければならないほど大がかりなものになるし、時間もかなりかかる。しかも、もとの顔に戻そうと思っても、完全にもと通りにすることはできないので、志願者にはとんでもない覚悟と代表協会には尋常ではない補償が必要になる。

 その点、ぼくは簡単だ。どうも日本人の血を色濃く残しているみたいなので、そういった手間をかけず簡単に、かつ気楽に二十一世紀へ送り込むことができる。

 要するに都合がよかったのだ。

 決してぼくの能力や学識が認められたからではない。

 あらゆる意味においてぼくは期待されていないし、ぼく自身も自分の研究に期待していない。リョータの境遇についてはその限りではないけれど、ぼくの調査先が銀行になったことは仕方がないと思う。

 そう思うことにした。

「そろそろ帰るよ。いつまでもふたりでたむろしていると、誰かが警察に密告するかもしれないし」

 残った酒を一気に飲み干してから、ぼくはブランコから立ち上がった。わずかに目眩がした。何度飲んでもアルコールには慣れない。

「大丈夫か」

 とリョータがふらつくぼくを支える。彼の腕をつかみながら、ぼくはにっこりと微笑む。

「たぶん、大丈夫」

「そう。今日は愚痴ばかり言って悪かった。今度の定時連絡では、おまえがあっと驚くような報告をしてやるよ。世紀の大発見だ。一線がなんだっていうんだ」

「あきらめないのはきみの美点だね」

「研究者としての当然の資質さ」

 リョータもにっこりと、眼を糸のように細めて笑った。

 それからぼくは彼に別れを告げ、考えごとをしながら歩いて家に帰った。部屋着に着替えることなく万年床の布団の上に倒れ込み、自分のこと、二線のこと、研究のこと、二十一世紀のこと、銀行のこと、未来のこと、それらに対して何らかの結論を出そうとしたが、結論といってもいったいどんな結論を出せばいいのか自分でもよくわからなくて、でも焦燥感に駆られ意味も答えも結論もなく考えつづけた。

 こんなときは映画を観よう。映画がぼくの気持ちを代弁してくれたり、または新たな気づきを与えてくれたりするはずだ。そう思って『青春の蹉跌』を観た。控えめに言っても傑作だった。けれど思った以上にその映画で表現されている焦燥感や虚無感は、ぼくのそれとは乖離していて、慰めにはならなかった。むしろ少し落ち込んだ。



 朝、五時半に目覚めると、てきぱきと支度を調え、配給食としてもらったゼリー飲料を飲む。

 このゼリーは二十一世紀の食事に適応できない者が非常食がわりに飲むもので、すっぱい上に薬品の味がすると調査団のあいだでは大変不評なのだが、ぼくはこれが変に好きで毎朝三本飲んでいる。

 難点はおしっこが近くなることだ。でもまあおいしいのだからそれくらいは我慢しよう。最悪、膀胱炎になってもいい。惚れた者の負けという言葉があるみたいだけど、ほんとうにその通りだと思う。

 ゼリーを飲みながら手帳くらいの大きさの無線スキャナーをとり出して、それで新聞をスキャンしてゆく。情報は自動的に脳チップにとり込まれ、ぼくの好みの情報が網膜に表示される。

 同時に、二線メンバーの活動報告書も表示された。これもチェックしておかなくてはならない。

 充実した朝のひとときを過ごすと、足早に駅へ向かう。

 新入社員は先輩社員よりも早く出勤しないといけない。それくらいぼくだって知っている。先輩方は、べつに遅くてもいいよと言ってくれるが、それがただの建前であることも知っている。言葉を額面通りに受けとってはならないのだ。二十一世紀は実に複雑だ。

 満員電車:地獄。または、サラリーマンのほんとうの戦場。

 何回乗ってもこの満員電車というものには慣れない。息苦しいし、押しつぶされそうになるし、当たり前のように足が踏まれる。

 雨の日なんて最悪だ。車内は異常なほどじめじめして、蒸し暑さと不愉快さのあまり気を失いそうになる。事実ひと区間ほど意識が飛んだことがある。というか、ぼくはかねてから思っていたのだけれど、これほど劣悪な環境に長時間人を立たせるというのは人権侵害じゃないのかな。ようやく着いたと思って車内から出たらそこはまったく見たことのない土地で、ホームには浅黒い肌をした奴隷商人がにこやかに立っていて、彼らの手引きでどこぞの富豪に売られてしまうことになってもきっとぼくは不思議に思わないだろう。つまり、満員電車とは二十一世紀的解釈が行われた一種の奴隷船だ。そう思わざるを得ない要素が多分にある。

 店に着く頃にはぼくはすっかりへとへとになっていた。

 ひと仕事終わった感覚だった。この感覚を主観的な時間で表現するなら午後四時くらいだ。あとちょっとで仕事が終わりそうな気がしているのに、実のところまだ仕事ははじまってもいない。心が折れそうだった。

 それでもここで帰るわけにはいかないと両頬をたたいて気合いを入れなおし、改めてわが職場を見つめる。

 みらい銀行桜ヶ丘支店。

 二階建ての建物で、その形は定規で線を引いたように真四角だ。また、外壁に用いられた大理石とその箱形のフォルムが相まってずっしりとした重厚感がある。なんとなく偉そうだ。

 表の入り口にはシャッターが下りている。裏口に回って鞄から社員証をとり出した。ぼくの顔写真が写っていて、名前も記載されている。偽造ではなく正真正銘ほんものだ。

 この社員証にしてもそうだけれど、ぼくらの戸籍や学歴、住所などはすべて一線が用意してくれたものだ。ぼくら二線がこうして調査にうち込めるのも、一線が二十一世紀の人間として問題なく暮らせるように環境を調えてくれたからで、それには相当の苦労と困難があったと容易に窺えるだけに、たとえ待遇に差があったとしても彼らのことを悪く言うのは気が引ける。リョータは違うみたいだけれど。

 社員証をカードリーダーに読みとらせると、裏口の鍵がいかにも機械的な音を立てて開いた。ぼくらの時代感覚からすれば原始的な装置に思えるし、セキュリティーの強化のためにこの装置を導入したと聞いたときは二十一世紀とはなんて牧歌的な時代なんだと驚いたものだが、だからといってぼくはこの装置を否定したくはない。むしろ好きだ。からくりじかけみたいでかわいい。ぼくら未来人が忘れてしまった侘びとかさびとか、そういうものがこの装置につまっているような気がしてならない。

 いつかもとの時代に帰ったら、この名前のわからない解錠装置をひろめてやろう。もしくは、レプリカをつくって資料館に展示しよう。きっと日々の生活に疲弊した多くの人の心に、懐かしさに包まれた安らぎをもたらすことだろう。

 すばらしい考えだ。ぼくはにやけ面になりながら建物のなかに入る。そして靴を脱いで下駄箱に突っ込み、二階に上がった。

 二階には、主に外回りを担当する渉外部の事務室のほかに更衣室がある。あとは給湯室や休憩室も。いずれも社員専用でお客さんが入ってくることはない。

 男性用の更衣室に入る。

 狭い空間にずらっとロッカーが並んでいた。自分のロッカーを開けて、そこに吊ってある制服に着替える。ジャケットとズボンは一般的なスーツと変わらない黒地のものだが、ネクタイにはみらい銀行のマークが織り出されている。なんでも現在、銀行業界に制服ブームが訪れているらしい。そのあおりでみらい銀行においても一時は廃止されていたのが、つい一年前に復活したそうだ。

 それは親しみやすさの観点から復活させたらしい。制服を着ると親しみやすくなるという二十一世紀的感覚はよくわからないのだけれど、まあ制服に着替えると、よし頑張って仕事をするぞという気分に自然になるので悪くはない。

 ロッカーに備えつけられている鏡で自分の制服姿を確認する。いかにも入行したばかりの新人といった感じだった。どうしたら馴染むのだろう。もっと腹が出て、貫禄がついたらよいのだろうか。

 そんなことを考えながらロッカーを閉じ、更衣室から出ようとする。すると、ぼくがドアノブに手をかけるより先にドアが開いた。誰だと思って顔を上げるとそこに立っていたのはぼくの上司であり、また気難しい性格として有名な浅沼課長で、彼の卵のようなつややかな肌と眼鏡の奥のつぶらな瞳を見てそういえば自分はこの人からセップクを促されているのだと思い出し、一気に血の気が引いた。

 しかし浅沼課長は事務的な調子でおはようと言って、ぼくの横を素通りした。セップクのことも営業成績のことも何も言わなかった。

 もしかすると彼は、ぼくにセップクなどさせたくないのではないか。ほんとうはやさしい人なのでは?

 いや、仕事にはきびしかった。

 少しでもマニュアルと違う処理をすると怒るし、ハイカウンターでもたもた端末をたたいていようものなら人を殺しかねない眼でにらまれる。

 その意味では、とてもやさしいと形容してよい人ではない。恐ろしい人だ。

 やけにベビーフェイスなのも恐ろしい。お笑いという凶悪な娯楽(:ボケと呼ばれる人物が一方的に暴力を振るわれる様を見て楽しむもの。なお、ボケとは馬鹿や阿呆といった言葉に類するもので、殴られているのにへらへらしている当該人物をあざ笑ってそう呼ぶのだと思われる)のマニアだと噂では聞いているが、きっと事実なのだろう。そうに違いない。彼はバイオレンスを愛する危険な人物なのだ。彼が何も言わないのも、つまりは怯えるぼくの反応を見て悦楽に浸りたいからなのだ。

 ぼくは抗議したい思いに駆られたが、上司に逆らうなんてそれこそ封建的な二十一世紀では許されるはずがない。黙ってたえるしかないのだ。

「今日も頑張ってね」

 ふいに浅沼課長がいかにも何気ない様子で言う。そして軽く微笑んだ。

 なぜ笑えるのだ。頑張ったところでセップクを強要するくせに。いや、だからか。ぼくの滑稽な姿を見て楽しんでいるのだな。この極悪人め。

 ぼくは顔を引き攣らせながら、逃げるように更衣室から出た。



 どうして二十一世紀はこうも殺伐としているのだろう。階段を下りながらふと思った。セップクだとかクビ切りだとか馬鹿げている。なぜ平和的に、穏便に事態を解決できないのだろう。

 あまりに野蛮だ。

 そんなふうだから、歴史が二十一世紀で終わることになったんだ。きっととんでもない戦争を起こしたに違いない。全世界を巻き込んだ破滅的な戦争によって人類は滅んだのだ。ぼくら未来人はその生き残りだ。そう考えるとつじつまが合う。なんだ、やっぱり戦争か。一線が国家の中枢に入り込んでいるのも、戦争が西暦を終わらせた原因だと思っているからなんだな。つまらない結論だけれど、どうやらそれが正解らしい。

 しかしそうなると、いよいよぼくら二線はおまけだ。調査をすすめたところでいったいそれが何になる? 何にもならない。すべて無意味だ。

 急に途方もなくかなしくなった。

 階段の踊り場で足を止め、ぼくは涙をぬぐった。やっぱりつらかったのだとしみじみ思った。こんなよくわからない銀行で命をかけて働かされるのも、誰からも期待されないのも仕方のないことだとさも割り切って受けいれた顔をしておきながら、ほんとうはまったく割り切っていなくて、ただの強がりで、ずっと嫌だったのだ。

「え、泣いてるの?」

 間の悪いことにぼくがいまもっとも会いたくない人物である篠塚亜梨沙が階段の上から声をかけてきた。

 ぼくはばつが悪くなってうつむいた。放っておいて欲しかった。しかし彼女は階段を下りて近づいてくると、無遠慮にぼくの顔を覗き込む。

「おはよう、カズマくん。今日はいい天気ね。ところでどうして泣いているの?」

「放っておいてよ」

「それはできない相談よ。だって気になって仕方ないもの。あなただって、朝早くから踊り場でわたしがしくしく泣いていたら、どうしてしまったのだろうって気になるでしょう。それと同じよ。だいたいね、こんなところで泣くというのは、誰かに慰めて欲しいからじゃないの? そうでなければもっと人眼のつかない場所で泣くべきよ。わたしの主張は間違っているかしら」

 なぜ彼女はこうもデリカシーに欠けるのだろう。ぼくは少し腹が立って彼女を押しやり、険のある声で言った。

「ぼくはもうじきセップクになるんだ。無意味な仕事で、無意味に終わってゆくぼくの気持ちなんてきみにはわからないだろう」

「切腹?」

 と亜梨沙はその整った眉宇を乱す。

 ぼくは自らの人生の悲哀を感じながら言った。

「ぼくは浅沼課長に言われているんだよ、このままだとクビになるって。きみとは違って営業成績が悪いからね。もう終わりさ」

「ああ、切腹ってクビのこと? 変な隠語ね。はじめて聞いた。いったい誰が言っていたの?」

「そんな話はどうでもいいよ」

「ええ、そうね、たしかにどうでもいいわね。まあ、雰囲気を出しているところ悪いのだけれど、とくに気にする必要はないと思うわよ。新入社員の営業成績が悪くてもそれは自然なことでしょうし、むしろそれはあなたではなくあなたの上司が責任を負うべき事柄ではないのかしら。いずれにせよ、ひとつたしかなのは、そんなことでクビになったりしないわ。とくにあなたは総合職、幹部候補なのよ。まあ課長としては、現場の苦しみを知って本社に帰ってもらいたいんじゃないのかしら。ときどき本社は現場を無視した要求を突きつけてくるし。あなたもそう思わない? わたしは毎日思うわ。いえ、毎日思い過ぎて、最近では本社という単語が出てくるだけで奇声を発しそうになるわ。あなたにはそういう経験がない? たとえば、そうね、あなたがフェイスブックにアクセスして、昔好きだった人が登録していないか探したとするわ。あなたは一時間ほどかけてついにその人を見つけ出すのよ。あなたは胸を高鳴らせて、あの可憐で美しかったきみはいまどうしているのかとその人のページを見にいくのだけれど、そこにでかでかとアップロードされていた写真には、日焼けサロンで焼いた肌とジムで鍛えた肉体が自慢の悪ぶった男、当然髪型はツーブロックよ、そんな男とクラブで抱き合っている姿が写されていたとしたら、あなた、叫ばずにはいられないんじゃない? あの頃はもう戻ってこないのだと実感せざるを得ない……」

「だから、そんな話はどうでもいいんだって」

 早口で、しかも関係のない話を延々と喋りつづける彼女に、ぼくはたまらず声を上げた。まあたしかに、昔好きだった人が性別を変えたと知ったとき、ぼくは街中を走り回って何とも言えぬ魂のひずみを声に出したい衝動に駆られた。ぼくにもそういう青い時代があった。それは認めよう。

 だがそんなことはいまはどうでもいいはずだ。

 彼女はもっとまじめにぼくの話を聞く必要がある。なぜならこれはぼくだけに限った話ではなく、いつか彼女にだって降りかかるかもしれない話なのだから。

「いいかい、この時代の社会は残酷で無慈悲だ。これは疑いようのない事実なんだ。ぼくらは消耗しながら、無意味な仕事をつづける。たとえば、ぼくらはいま試用期間にあるわけなんだけど、ひどい言葉だと思わないかい? 試用だって! まるでぼくらをもの扱いだ。いや、実際に経営者は消耗品と見なしている。人材の育成や社会貢献なんてまったく考えていない。ほんとうに無意味だ。わかるかい、彼らは金のことしか考えない亡者なんだ。だから金にならないと判断されれば、これさ」

 介錯で首が落とされる仕草をする。

 これで亜梨沙にもぼくらがどれほど危険な状況に立たされているのかわかってもらえたことだろう。

 とはいえど、もしかすると恐怖心をあおり過ぎたかもしれない。いくらデリカシーに欠けようが、小うるさかろうが、彼女とてうら若い乙女なのだ。悪いことをしてしまったのかもしれない。

 ちらと彼女を見た。

 青ざめて恐怖に震える彼女を想像していたのだが、実際の彼女は呆れたような顔つきでぼくを見上げていた。

 それからため息とともに首を何度か振って彼女は言った。

「あなたって帰国子女だった? いえ、帰国子女だからって一般常識がないと決めつけるのは差別的ね。撤回するわ。それはそれとして、あなたは色々と誤解している。知識に偏りがあるんじゃない? 正しい思考は正しい知識によって生まれるものよ」

「つまり、ぼくの認識に間違いがあると?」

「そういうこと。少なくとも、無意味な仕事なんてこの世にはないわ。あなたの見方が偏狭なだけよ」

 思いがけない言葉を浴びせられ、ぼくはかたまってしまった。

 偏狭だって?

 しかし彼女はそんなぼくを見ても何も言わず、それどころか会話は終わったと言わんばかりの態度でくるりと背を向け、階段を下りてゆく。はっとなってぼくは呼び止めた。

「待ってよ」

 振り返った彼女の顔は、窓からさし込む朝日のなかにあっても淡い月の影を受けているようだった。

「何をぼんやりしているの。そんな時間はないはずよ。さあ早く窓口に行って準備をしましょう。今日もあなたをうち負かしてあげるわ。そうそう、うち負かすで思い出したのだけれど、このあいだ一緒にレンタルビデオ店に行ったとき、あなた、『白蛇抄』という映画を借りていたじゃない? わたしも気になって昨日借りてみたのだけれど……」

 と、着地点の見えない話をべらべらと早口で喋り出す。

 黙って佇んでいれば深窓の令嬢のような雰囲気があるのに、口を開けば言葉という弾丸を乱れ撃つ機関銃のようだ。しかも何が言いたいのかいまひとつわからない。

 だが見方を変えれば?

 喋り出したら病的に止まらない同期、面倒な女、そういった主観のフィルターをとり除き、ひとりの銀行員として改めて考えてみると、彼女には参考にすべき点が多々あるように思えた。というか、彼女はぼくなんかよりよっぽど営業成績がよく、新人でありながら立派にこの桜ヶ丘支店の戦力になっているのだ、参考にならないはずがないのだ。

 この延々とつづく話も、まあずっと聞いていても何が言いたいのかやっぱりわからないのだけど、なんだか気圧されてしまうところがあって、場の主導権を自然に譲渡してしまいそうになる。いや、実際に譲渡しているのだ。だから彼女は話をやめない。こういう押しの強いところが、きっと営業成績のよさにつながっているのだろう。

「たしかにぼくは偏狭だったのかもしれない。少なくとも、きみについては」

 とぼくが言うと、彼女は話をぴたっと止めて小首をかしげる。ぼくは何でもないと笑ってごまかした。

 でも、この時代ではお金がすべてという認識に間違いはないのだろう。

 その確信は揺るがなかった。



 いまさらながらに思うのは、ぼくは現在の銀行業界の水があわないということだ。

 新入社員研修では、定期預金というのは一定期間顧客にお金を預けてもらうことではなく、預金という名の商品、それを販売することなのだと教わった。

 だから銀行員の実態はセールスマンであり、顧客のニーズを巧みに誘導して商品販売につなげなくてはならないのだと。

 わからない話ではない。

 インターネットが普及した昨今では、送金や住所変更などは家で手軽にできる。わざわざ銀行に来る必要などないのだ。もっとも、インターネットでの手続きを嫌う層は少なからずいて、そういった人たちは銀行にやってくるのだが、来客数が年々右肩下がりなのは言うまでもない。

 客数が減れば減るほど営業機会もまた失われてゆくわけだから、なぜそんなことをするのかと最初は疑問に思ったのだけれど、話によると近年のマイナス金利政策などによって利益が出しにくくなったので人件費を削らなくてはならなくなったそうだ。

 つまり、来客数を減らそうとしているのはすべて窓口社員の人数を減らすためで、ゆくゆくは極端に来客数の少ない店を閉めて店舗の統合をすすめ、AIの導入によって窓口の無人化を行うことを目標としている。

 それを聞いて、なるほどなあと思った。

 けれど同時に、あれ? とも思った。

 それじゃあこの先、銀行員の大半はいらなくなるんじゃないのかと。

 ぼく以外にも同じような感想を持った新入社員は多かったようで、にわかにぼくのクラス(新入社員は百名以上いたので、いくつかのクラスに分かれて研修を行っていた)は騒然となった。

 すると担任役を引き受けていた人事部の社員が静かに言った。

「これからは事務手続きしかできないような古いタイプの社員に、残念ながら居場所はありません。求められているのは数少ない営業機会をものにできる能動的な人材です。きみたちは銀行員というよりむしろ鼻のきくセールスマンになってください」

 早い話が、ぼくのようなタイプは生き残れないということだ。

 げんにいまセップクの危機に立たされている。

 ぼくだって死ぬのは嫌だし、そもそも銀行員なんてやりたくてやっているわけではないのだから、早々にギブアップを宣言して逃げ出したいのだけど、ここまで来てそんなことができるわけもない。けどなあ、セップクは嫌だ。すごく痛そうだから嫌だ。前にネットで調べたのだけど、セップクには作法があって、ただ単に腹に刃を突き立てればよいのではなく十字に割かねばならないらしい。なんでそんなことをするんだ。絶対に痛い。ものすごく嫌だ。となればぼくがやるべきことは明白で、鼻のきくセールスマンとやらになる必要がある。

 それくらいはわかっているさ。

 わかってはいるのだけれど、どうにも必死になれないというか、はっきり言えば顧客が望まないものをむりやり売りつける行為に抵抗をおぼえるのだ。

 先ほどぼくのブースにやってきたおばあさんも、預入金がそれなりにあったことから定期をすすめてみたのだけれど、自分には必要ないと言われてあっさり引き下がってしまった。

 嫌だというのなら、それでいいじゃないか。営業ノルマだとか、本社からの指示だとか、他銀行との競合だとか、そんなものは顧客には関係のないことだし、ましてや押し売りを正当化する理由にはならないと思う。

 かっこつけているみたいだけれど、とにかくぼくはそう思って営業をうち切った。そしてもともとの依頼である印章照会に戻った。手もとの三本の印鑑のうち、どれがみらい銀行の印鑑かわからなくなってしまったらしいのだ。

 その手続き自体はすぐに済んだ。ぼくは三つのなかからひとつを抜きとり、これがうちの銀行印ですよと伝えた。そして忘れないように何か目印をつけておいたほうがいいかもしれませんねと言って引きとってもらおうとしたのだが、ふいにそのおばあさんがあっと声を上げて、ついでに料金の支払いもしてくれませんかねと言った。何の料金かと訊くと、電気、ガス、水道の全部だと言った。なるほどと思って支払用紙を見せてもらったのだが、どれも延滞金が加えられていた。ええ、おばあちゃん、滞納しちゃったの? と冗談めかして訊ねると、やっちゃったねえ、けどね、なにも好きで滞納したわけじゃなくて、最近、病院に行くことが多くなってね、それでなかなか銀行に行けないのよ、と言うものだから、それじゃあ自動振替にしましょうよ、支払日になったら勝手に引き落とされますから楽ですよと答えて、ついでにその手続きもした。これにはわりと時間がかかった。

 正直なところ、やらなくてもよい手続きだった。こんなことをしたところで営業成績には何も反映されないし、長時間ひとりの客にかかり切りになるので、ほかの窓口に迷惑をかけてしまう。

 でも、このおばあちゃんがほんとうに必要としていたのは、定期ではなく自動振替だったと信じているので、自分がやったことに微塵も後悔はないのだけれど、ぼくのかわりに大勢の客をさばくことになってしまった亜梨沙にはあとで何か差し入れをしなくてはいけないなと思った。

「それで、ここに名前を書けばいいんですよね」

 おばあさんの次にぼくの窓口にやってきたのは、三十代半ばの女の人だった。若々しい顔つきで、化粧も薄かったが、手には皺が目立って荒れていて、また痩せた首筋には細い血管が弱々しく浮き出ており、どこか生活の疲労を感じさせる。

 彼女は小さな子供を連れていた。退屈だろうにちょこんと椅子に座って行儀正しくじっとしている。彩夏ちゃんというようだ。

 手続きはこのかわいらしい娘の口座をつくること。

 いつか必要になるかもしれないからつくっておきたいらしい。

 それならばと思ってぼくは長期定期をすすめてみた。普通預金に預けるより利息がよくなるし、株などとは違って元本割れすることがないから安心だと。せっかくなのでやってみましょうよと。

「ごめんなさい、いまはまとまったお金がなくて。将来的には定期もしたいのですが、今日は口座の開設だけで……」

「三百万円以下でも預けられる商品もありますが」

 しかし母親は申し訳なさそうな顔で首を振った。

 五十万でも十万でも問題なく預けられますなどと言って食い下がろうかと思ったが、ふと彩夏ちゃんの視線が気になって言葉を呑み込んだ。

 ぼくを見ていたわけではない。

 いたいけな少女はその無邪気な瞳を、何かを恥じるように小さく身を縮めている母に向けていた。

「ほんとうはちょっとでも多くなるのならそのほうがいいんですけど、その、あまりお金に余裕がなくて……まとまったお金がなくなってしまうと、生活ができなくなってしまうんです」

 生活が苦しいのは着ている衣服から何となく察せられた。何年も着ているようでとくに首のあたりがよれている。その一方で、娘のワンピースはまだ新しかった。

「ごめんなさい」

 と、彼女はまた消え入りそうな声で言って、書きかけだった書類にペンを走らせる。表情はずっと暗く、申し訳なさそうだった。むろんその申し訳なさはぼくに向けられたものでなく、わが子の彩夏ちゃんに向けられたものであるのは言うまでもない。

 この時代は何をするにもお金がかかる。いい学校に行くのにも、誕生日のプレゼントを用意するのにも、みんなが着ている水準の服などを揃えて普通という防御壁によって娘を守るためにも、すべてお金が必要になる。幸福はお金では買えないと主張する人もなかにはいるが、わずか一ヶ月半この時代を調査しただけのぼくでもそれが欺瞞だということはわかった。

 たしかに幸福そのものは金では買えないだろう。しかし、幸福を手にするためには必要に応じた金がいるのだ。それがこの時代の仕組みだ。

 少なくともぼくはそう理解しているし、彼女もきっとひとりの母親としてそれを知っている。そしてこの先の苦労も。もし違うなら申し訳なさそうな顔なんてできない。

 彩夏ちゃんはきれいな眉を八の字に曇らせて、意気消沈する母を窺うように見ていた。もしかすると自分の母が怒られていると思ったのかもしれない。眼には心配の色があった。

 いつか彼女は今日つくった通帳を母に渡されることになるだろう。

 そのとき彼女が思い出すのはどんな母だろうか。

 申し訳なさそうな顔をした母だろうか。生活の苦しさをくたびれた服や手の荒れににじませた母だろうか。それとも、自分を恥じるように小さくなった母だろうか。

 いったいぼくは何に荷担しているのだろう。

「ちょっと待ってもらえますか」

 本能のようなところで、このままではいけないのがわかった。

 母親はきょとんとした顔でペンを止めた。

「どこか間違っていますか」

「いや、そういうわけではなくて」

 視線をさまよわせながらぼくは考えた。

 彼女のお金を魔法のように増やしてやることなんてできない。だから営業の定石から言えば、この客には早々に見切りをつけてほかのもっとお金を持っている客を探すべきだ。少なくともぼくはそう教わったし、みらい銀行全体としてもそういう方針である。

 しかしほんとうにそれでよいのか。

 ぼくはやっぱり根本的に銀行員に向いていない。正直に言ってお金なんてどうでもよい。営業だとか定期預金だとか馬鹿みたいだ。革命でも起こって私有財産が一切なくなればよい。そんなぼくだから、金銭によって対等な人々に格差を生じさせ、しかもそれが当然のこととして受けいれられているこの時代に適応できない。

 認めよう、ぼくは二十一世紀人だと言わんばかりの顔立ちをしておきながら、その実、二十一世紀に対する適性がまるでないのだ。

 気分が楽になった。

 というより、段々ぼくは居直ってきた。

 いくら大金を預けようが通帳に記されるのはただの数字じゃないか。意味のない数字。こんなもののせいで不当な扱いを受けるいわれなどない。セップクする必要もない。もしその数字が重要なパスワードだったり、国家機密を記した暗号文だったりするのなら、いくらか振り回される甲斐もあるだろうけどそうじゃないのだ。

 そのとき眉宇のあいだを落雷に似たひらめきの一線が走った。

 意味だ。

 ぼくはほぼ発作的に書きかけの新規口座申込用紙に顔を近づけた。驚いて彼女が身を守るような姿勢をとったけれど、そんなことは気にならなかった。

 しばらく黙って証拠書(つまりその用紙)を見つめながら考えた。そしてある程度考えがまとまると、確認のつもりで彼女に訊ねた。

「将来的には、この通帳はもちろんお子さまに渡されるんですよね」

「ええ、ひとり立ちしたときにでも渡そうと思っていて。だから、ほんとうはそのときのためにいくらか入れておきたいのですけど、どうしてもいまは……」

「大金だけが幸福を手にする手数料とは限りませんよ」

 そう言ってから、ぼくは預入金額の欄を指でさした。

「まず、最初の預入金が一万円になっていますけれど、これをやめましょう。お子さまの生まれた年を書いてください。西暦で。それが最初の預入金です」

「はあ……」

 彼女は少々困惑と不安がない交ぜになった表情を浮かべていたが、それでも素直に従ってくれた。

 書き終わるのを見届けてから、今度は普通預金への入金申込書を数枚用意してテーブルの上に並べた。

「次に、こっちの用紙にお子さまの誕生日を書いてください。そして、こっちには生まれた時間。こっちには体重」

「あっ」

 と彼女は声を上げた。ぼくの意図がわかったようだった。

 小さく肯いてからぼくは言った。

「書いてもらったものを、新しくつくった通帳に順番に入金していきます。そうすると、お子さまの生まれたときの記録がすべてここに記帳されることになります。一万円を機械的に入れておくより、あるいは大金を用意して定期預金にしておくより、個人的にはよっぽどあなたの愛情を感じられる通帳になると思いますよ。どうですかね、名案だと自分なりに思ったのですけれど、押しつけがましいですか。それとも二十一世紀の感覚的に、変な提案をしていますかね」

「二十一世紀の感覚的に? 提案はすてきだと思いますけど、言い回しは変ですね」

「変ですか」

「ええ。まるであなたが二十一世紀の人じゃないみたい」

 たぶん、ここに来てはじめて彼女は笑った。

 銀行内で見せる笑顔なんてどうせあくどいものなんだろうと思っていたのだけれど、彼女の笑みはそれとは正反対のもので、なんだかとてもやさしかった。

 どうしてか嬉しくなって、ぼくも笑った。たぶんぼくも、ここにやってきてはじめて笑ったと思う。

 しかし冷静さが戻ってくると、自分がごく初歩的な見落としをしていたことに気づいた。

「ああ、でも、生年月日はともかく、娘さんの生まれたときの体重なんて暗記していませんよね」

「だ、大丈夫です」

 なぜか彼女は慌ててバッグをあさると、なかから赤ん坊のイラストが描かれた手帳をとり出した。

 母子健康手帳:所定の手続きをへれば簡単にしかも無料で交付されるが、歳月をへるとその価値はダイアモンドより貴重なものとなる。

「口座をつくるとき、何がいるのかわからなくて一応持ってきていたんです。ここに体重も、身長も載っています。それと生まれた時間もメモしています」

「すばらしい」

 小躍りしたい気分だったがぐっとこらえる。しかしそれでも、よろこびをあらわしたい衝動に身をゆだねたくなって、トム・クルーズが『ザ・エージェント』でやったように小さく首を振ってからさっと彼女を指さしてしばらく見つめ、それからほんの少しだけ口角を上げた。彼女はにこにこと微笑みながらぼくを見ていた。たぶん、何も伝わっていない。

 気まずさをごまかそうとしたわけではないけれど、ぼくは後ろを振り返って帳票が種類ごとに分けて入れられた棚から自動振込の申込用紙を抜きとり、最後のしめくくりとして彼女にさし出した。

「これからもちょくちょく娘さんの口座に預金されますか。もし預金されるのなら、自動振込が便利ですよ。毎月ご指定いただいた金額を、あなたの口座からお子さまの口座へ自動で送金することができます。いちいち来店していただいたり、ATMを探し回ったりするのも大変ですからね。ちなみに、みらい銀行の口座はお持ちですか」

「いえ、持っていません」

 と恥ずかしそうに彼女は言って口を手で隠した。

「でもこの際だからつくっておこうかな」

「それがいいですよ。送金の手数料もかからなくなりますし」

 話はとんとん拍子ですすみ、彼女は自分用の口座をつくった。そこに給与を振り込んでもらうようにするとも言った。なんだか順調だ。営業をうっちゃらかせばこうも充実した仕事ができるとは思ってもみなかった。

 そして毎月いくら送金するのかという話になったとき、彼女はしばらく考え込んでから一〇一六円にしたいとぽつりと言った。何か意味のある数字であることはそれとなく悟ったが、何の数字なのかとぶしつけな質問をするのはいささかはばかられた。

 黙っていると彼女のほうが気を遣って、ああ、いえ、と言ってから理由を説明してくれた。

「亡くなった夫の誕生日なんです。わたしだけじゃなくて、夫もずっと彩夏を見守っていると伝えたくて。でも……死んだ人の誕生日を記してゆくだなんて、気味悪いですよね。忘れてください。感極まってわたしのほうこそ変になっているみたいなんです」

 彼女の痩けた頬が紅潮する。

 それは変なのだろうか。二十一世紀の感覚では、もしかしたら変なのかもしれないけれど、ぼくにはよくわからない。ある意味でぼくはフラットだった。だからなのかもしれない。ぼくは思ったことを素直に述べていた。

「体験的なことは言えませんが、それでも想像するに父親の不在というのは子供にとって孤独を感じるに充分な要素になると思います。その孤独は未来になっても埋まらない。けれどあなたの思いを未来へ預けることによって、彩夏ちゃんがこの通帳を手にしたとき、もしかしたら何もない空洞だと思っていた孤独のなかから生きることのかなしみとよろこびを知るかもしれません。そうなればいい。きっとそれを教えることが親のつとめだと思いますから」

 すると彼女は眼をぱちくりとさせて言った。

「なんだか、イメージしていた銀行員とは違いますね、あなたは」

 どのように答えるべきか迷っているぼくを尻目に、彼女は送金金額の欄に一〇一六円と記入し、押印した。

 必要書類がすべて揃うと早速端末をたたいて処理に移った。口座開設が二件に入金が四件、それに自動振込。気づけば処理件数が多くなっていたので、作業に時間がかかった。

 ようやくすべてが終わり、できたばかりの母と子の通帳二冊をテーブルに並べた。母親は娘の彩夏ちゃんの通帳を手にとると、抱きしめるように胸もとに寄せて、大切にしますと言った。

 ぼくはひと仕事終えた充足感を覚えながら、彩夏ちゃんを見た。

 長い時間がかかったのだ、普通の子供なら飽きてどこかに行ってしまっても不思議ではないのに、彩夏ちゃんはきちんと椅子に座っていた。躾がよいのだろう。

「いいお母さんだね」

 そうぼくが微笑みかけると、彩夏ちゃんもにっこりと笑って、

「うん」

 と言った。