作家エッセイ 四季折々

作家エッセイ
四季折々

※メディアワークス文庫に挟まれている刊行情報チラシ「HeadLine」にも同じエッセイが載っています。
第22回 「秋に散った火花」 仁科裕貴

 作家になる前の私は、一人の警察官でした。警察学校に入ったのは十月のはじめのことです。
 あの頃の私は、拳銃の扱いに関してとても臆病でした。些細なミスが大怪我に繋がるという思いが指を震わせ、銃弾は標的にかすりもしませんでした。
 そんな拳銃訓練の最中、一人の同僚の身に事件が起きました。引き金をひいても何故か発砲音がしないのです。不発弾かなと私が思っていると、同僚は「教官、弾が出ません!」と言って振り向きました。銃口ごと。
「ひぃっ!」と教官は悲鳴を上げて飛び退きました。それもそのはず、不発弾は数秒遅れて火を吹くことがあるのです。
 きっと同僚は緊張のあまり、正常な判断力を失っていたのでしょう。教官は激怒しながらも、「ここは〝緊張感の飼い慣らし方〟を覚えるための場所だ。現場でパニックになったら終わりだぞ」と仰っていました。
 その教えは、作家になった今でも私の中に生きています。だから原稿の締切が迫っても決して焦らず、担当編集氏にこう伝えることにしているのです。
「……あのう、もうちょっとですので、せめて明日の朝まで待って頂けませんか?」

著者プロフィール

広島の片隅で猫と暮らす作家。取材旅行の移動中に作家仲間の本を読むも、乗り物酔いでギブアップ。後日その作家に感想をきかれ、一言「吐いた」と答えた畜生がわたしです。

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