作家エッセイ 私のお気に入り

作家エッセイ
私のお気に入り

メディアワークス文庫の作家陣に「私のお気に入り」をテーマに語ってもらうエッセイ。知られざる素顔が垣間見えるかも……? 今月は自由が丘の喫茶店を舞台にした人気作『ココロ・ドリップ』シリーズの著者・中村 一先生がお贈りします。

第回 「とある男のココロ・ドリップ」 中村 一

 子どもの頃、朝目覚めて向かうキッチンには、珈琲の香りが満ちていた。小学生のときから珈琲を飲み、親がやるのを真似してハンドドリップもしていた。「珈琲淹れたよ」と言って、褒められたかったのだ。
 大学生の頃は甘い缶珈琲ばかり飲んでいた。キャンパスではもちろん、バイト先の休憩室で喉に流し込むそれは、疲れた身体に染みる万能薬のようだった。
 大人になった今、会社員として職場のデスクで苦い珈琲を啜りながら、モニタに向かってしかめっ面をしている。作家として原稿を書くとき、傍には必ず香り高い珈琲のカップがある。最近では朝目覚めて向かうキッチンで、小学生の娘が珈琲を淹れてくれるようになった。「珈琲淹れたよ」と言う彼女の心の内は知る由も無いが、ただ嬉しい。感謝の気持ちはしっかりと伝えている。
 『ココロ・ドリップ』シリーズの執筆にあたり、珈琲について一から勉強し、様々な店を訪れたことで、あの幸せな香りがもっと好きになった。きっとこれからも、一杯の珈琲と過ごすお気に入りのひとときが、私の日々を支えてくれるに違いない。

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