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『ちょっと今から仕事やめてくる』が映画化!!原作は大ヒット中で70万部突破!第21回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉受賞作家・北川恵海の公式サイトです。
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『ちょっと今から仕事やめてくる』特別編2!

本編では描かれなかった隆とヤマモトの休日風景!
ここでしか読めません!
※別サイトでの掲載が終了したスピンオフ特別短編をこちらに移動しました。
※特別編の1つめはこの記事から読めます。

『ちょっと今から買い物いってくる』
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「しゅんかしゅうとう~」
 ヤマモトがまた変な歌を歌いだした。
「ど~れが好きっ?」
「はい?」
「春夏秋冬~や! どれ?」
「ああ、好きな季節か。うーん、秋かなあ」
「ええやん! 天高く馬肥ゆる秋ってね! 俺も好きやで。ってちょうど今やーん!」
 漫才のツッコミのように手の甲で叩かれ、そのあまりのテンションの高さに俺は引いた。
「…………どうした」
 ヤマモトはへへっと笑った。
「実は買い物に出かけるん久しぶりやねん。ちょっとテンション上がってもーたわ」
 ちょっとどころじゃないなあと俺は心の中で毒づいた。
「そら~をみあーげてぇ~ 天たーかく~」
 ヤマモトは今日何度か繰り返している曲をまた歌い始めた。
「さっきから何歌ってんの?」
「えっ、この曲知らん?」
「いいや……。流行ってんの?」
 ヤマモトは俺の質問に答えず、嬉しそうな顔で目の前の店を指差した。
「ここや! 久しぶりやなあ~。ネクタイもあるし、仕事でもプライベートでも使えそうな服がいっぱいあるで。来たことある?」
 ううん、と俺はかぶりを振った。それを見てヤマモトは更に嬉しそうに笑った。
「ほな、入るで!」
 ヤマモトは意気揚々と店内へ消えていった。

「これ! どう? キレイな秋色や」
 ヤマモトが手に取ったのは、爽やかに澄んだブルーのネクタイだった。
「これが秋色? 今年の流行りなの?」
「流行りかどうかは知らんけど、秋色や」
 歯を見せて笑うヤマモトに、俺は「いやいや」と苦笑いを返した。
「秋色ってのは普通、暖色系を指すんだよ。赤とか何ていうの? こういう、黄土色……じゃなくて、からし色……とか」
 俺は手近にあったからし色のセーターを手に取ってヤマモトに見せた。
「そちらは今週入荷したばかりの新色なんです。秋らしいマスタードイエローですよね」
 話を聞いていた店員が、何がそんなに楽しいのかと思うほどの笑顔で話しかけてきた。少しメイクが濃いが、可愛いらしい顔をしている。
「薄手のニットなのでスーツの下にも着れますよ。Vネックの他にクルーネックもあります。でもスーツの中ならやっぱりVですよね」
 早口で説明してくる彼女に、俺は少し圧倒された。
「すみません。まだちょっと見ているだけで……」
「はい、全然大丈夫ですよー」
 彼女は笑顔を崩さず、一歩下がった。
 そういやお洒落な五十嵐先輩はたまにスーツの中に薄手のセーターのようなものを重ね着していたな。でも俺が真似したら速攻で部長に怒鳴られそうだ。
 そんな事を考えながら商品を見ていると、後ろにいた店員が再度話しかけてきた。
「お仕事用でお探しですか? 秋色でしたら赤系も人気ですよ。鮮やかな赤じゃなくて、もっと落ち着いた……」
 キョロキョロと辺りを見渡す店員に対し、俺は口を挟んだ。
「あずき色……じゃないや。ワインレッドとか?」
「その通りです! 毎年バーガンディーは人気ですし、あと今年だとモスグリーンも流行りですよ」
 そう言いながら店員は、どう見てもあずき色、もしくはワインレッドのカーディガンを手に取って広げて見せた。
「ああ、ばーがんでぃ…………ねぇ」
 ヤバい。もう何がなんだかわからない。からしがマスタードなのはまだわかるが、あずきはもうワインですらないなんて。ちょっと街に出なかった間に、こんな暗号みたいな言葉が使われるようになるとは。時代の流れとは恐ろしい。
 俺は引きつった笑顔で、その店員から逃れるように、ブルーのネクタイを持ったままでいたヤマモトに話しかけた。
「なあ、ヤマモト。やっぱり今から使うなら、もうちょっと秋っぽい色のほうが良いんじゃないか?」
「だから秋色やないか」
「いや、だから、秋色ってのはもっとこう落ち着いた……」
「青山! 常識にとらわれるな! お前の目線から見えるものだけが世界の全てとちゃうぞ! 見ろ! この澄んだ青を! 空を~みあげ~てぇ~」
「ちょっ、店内で歌うな!」
 店員はクスクス笑いながら「面白い方ですねー」と言ったが、この笑顔の下の本音ではどう思われているのかと考えるだけで、背中を冷や汗がつたった。
「ほら、これとかどう?」
 慌てて店員から遠ざかった俺は、流行の〝バーガンディー〟と思わしき、あずき色のネクタイをヤマモトに示した。
「あかん! そんな暗い色! いま以上に顔が暗なるぞ」
〝いま以上に〟は余計だ。
「でも流行ってるってよ?」
「お前はほんま……。時代を追いかけるな! 時代に追いかけられる男になれ!」
 まーた、わけのわからんことを言っている。
 俺が「はいはい」と取り合わないでいると、ヤマモトが俺の腕をグッと掴んだ。
「お前がどうしてもその色がええんやったら、俺と勝負しろ」
 そう言いながら拳を前に突き出した。
「はあ?」
「お前が勝ったらその暗いネクタイ、俺が勝ったらこのブルーのネクタイを買うんや」
 ヤマモトの表情は真剣そのものだった。
「男と男の一発勝負やぞ」
 ヤマモトは拳を縦にして上下に振った。
「じゃんけんかよ」
 子供か。思わず笑ってしまった。
「あと、俺が勝ったら禁煙しろよ。さーいしょーはグー!」
 ヤマモトが大きく拳を振った。
「ちょちょちょ、何!? 今なにか余計なこと言ったよな!」
「出さぬが負けよ! じゃーんけーん!」
「ちょちょちょちょちょ!!! 待てって!」 
「ぽんっ!!」
 えーーーーーーーーー!
 心の叫びとは裏腹に、俺は反射的に右手を突き出していた。
「フッ」
 ヤマモトが右手を顔の前にかざし、不敵に笑った。
「我が生涯に敵なし」
 ――――――最悪だ。
 俺は、差し出した自分の握り拳を恨めしく眺めた。


「何で、これだったの?」
 買い物したばかりの紙袋をぶら下げ、俺はヤマモトに不満をぶつけた。
 紙袋の中にはもちろん、澄んだブルーのネクタイが入っている。
「色にはそれぞれイメージがあってやな。赤は情熱、黄色は元気、緑はやすらぎ、そして青は……」
 ヤマモトはぴたりと歩みを止めた。
「信頼や」
 そして、いつになく優しい瞳で俺をじっと見つめた。
「お前の仕事はなんや、青山隆」
「営業……」
「信頼や」
 ヤマモトはそう繰り返すと、ニカッと笑った。
 思わず息を飲んだ俺を見て、ヤマモトは再び鼻歌まじりに歩き出した。
「にしてもさあ」
 俺はヤマモトを追いかけ、しつこく食い下がった。
「あんなのずるいぞ。なんだよ禁煙って」
「ええやん、別に体に悪いこと勧めてるんちゃうねんから」
 ヤマモトはしれっと言った。
「そりゃあ、そうだけどよ……」
「健康になって、お金も浮いて、女の子にモテる! 一石三鳥やで」
「そん……、モテるってことはないだろ」
 言葉を飲んだ俺の気持ちを見透かしたように、ヤマモトはニヤッと笑った。
「嘘やと思うんやったら訊いてみ?『タバコ吸ってる男と吸ってない男、彼氏にするならどっちがいい?』って。七割、いや八割は吸ってない男って言うんちゃうかあ?」
「…………そ、うなの?」
 ヤマモトはフッと笑みを漏らすと、話は終わったとばかりに再び歌いはじめた。
「そ~らを見上げて~」
「だから、何の曲だよ」
 俺は溜息をついた。


 ヤマモトと別れ、地元の駅についた俺はブツブツ呟きながら歩いた。
 なんでちょっと買い物にきたつもりが、禁煙する羽目になってるんだ、まったく。
 しかもいつの間にか毎度アイツのペースにハマってるし。
 結局何の曲かも教えてくれなかったし。なんだか悔しい。
 ヤマモトは帰り道のさなかずっと鼻歌を歌っていた。そんなに買い物が楽しかったのだろうか。……それならそれで、まあ良かったけど。
「今日はあったかいな」
 日差しが強く、暑いくらいだ。
 俺は立ち止まって空を見上げた。
「そら~をみあーげてー……」
 ヤマモトが歌っていた変な歌を覚えてしまった。
 頭上には清々しいほどに晴れ渡った、抜けるような青空が広がっていた。
「天高ーく…………秋晴れか。澄んだ青だな」
 ふと、手元で揺れている紙袋に目をやった。中には……。
 思わず、笑みがこぼれた。
「確かに……、秋空色(あきいろ)だな」
 どこからかヤマモトの鼻歌が聞こえてくるような気がした。


《END》

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