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2017年3月24日
2017年4月25日発売予定!
待望の新刊から冒頭部分を少しだけ、先行公開します!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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今年は例年に比べて暖かいらしい。庭の桜は早く咲いたのだろうか。
見に行くつもりだったけど、タイミングを逃してしまった。
あの人は今年も見ていたのだろうか、美しく咲く桜の花を。
ねえ、あの庭の桜は、去年と同じようにきれいでしたか?
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四月に入り急な花冷えが数日続いた。しかしその後は打って変わって暖かい気候に変わった。翌月になると空気はさらに暖かさを増し、ここ数日は雨が続いた。
その雨の名残だろうか、今日は一段とむわっとした湿気が身体に纏わりついていた。
「ちょっと蒸すな……」
顔をしかめながら長い階段を足早に上った。この古びた雑居ビルにエレベーターはない。あるのは階段と、力を込めるとボロリと崩れてしまいそうな頼りない手すりだけだ。そしてこのビル唯一のテナントである事務所は最上階の七階にある。
埃をまき散らしながらリズムよく足を動かし続けること約十分。じわりと滲んだ汗が滴となった頃、すっかり見慣れた扉の前に辿り着いた。この今にも朽ちそうなビルには不釣り合いな、重厚な木目の扉。そこには『ヒーローズ(株)』と書かれた小さな看板がかかっている。
少し上がった息を整えながら腕時計に目をやると、約束の時刻五分前だった。
「よし! 完璧」
重い扉に手をかけると、ギィーーッと扉の軋む音が古い廊下に響いた。
「あー修司さん、遅いッスよお」
ミヤビは俺を見るなり口を尖らせて言った。
「えっでも約束まではまだ……」
俺の声を遮るようにミヤビが来客用のソファの方へと顎をしゃくった。
大きな来客用ソファの背から、小さなおかっぱ頭がはみ出して見えた。
俺は心の中で「しまった」と眉をひそめ客のもとへ急いだ。
「すみません、大変お待たせ致しました!」
俺がソファの前に立つと、その客は飛び上がるように立ち上がった。
「あ、あの、す、すみません、わたし、早く来てしまって……。お、お忙しいそちらのご迷惑も考えずに、あの、本当に申し訳なく……」
凄い勢いで頭を上下運動させ始めた彼女に驚きつつ、俺も「いえいえ! こちらこそ、来るのがギリギリになってしまって……」と、同じように頭をペコペコさせた。
彼女の前に置かれた湯呑と茶菓子に手がつけられた形跡はなかった。
「ま、とりあえずそれ以上ヘドバン続けると二人とも倒れちゃうんでえ」
新しいお茶を運んできたミヤビが苦笑いしながら俺たちをソファへと誘った。
「っで、依頼ってなんっスかあ?」
当然のような顔で俺の横に腰かけたミヤビに、俺は小声で「なんでいるんだよ」と話しかけたが、見事に無視された。
俺のお客さんなのに……
腑に落ちないまま俺も負けじと彼女に話しかけた。
「では改めまして、自己紹介させていただきます。大変申し遅れました。わたくしヒーローズ株式会社の田中修司と申します」
俺がソファに座ったまま名刺を差し出すと、彼女は再び勢いよく立ち上がってしまった。
「お、恐れ入ります。わ、わたくしのような者に、名刺など……。わ、わたくし名刺を持っておりませぬゆえ……」
何時代の人だろうか。
ミヤビがフッと吹き出したが、俺はなんとか微笑みのままで耐えた。
「大丈夫ですよ。あなたのご年齢で名刺を持っていらっしゃる方のほうが珍しいですので。気になさらないでください」
俺は立ち上がって、セーラー風のワンピースである制服に身を包んだ彼女を再びソファに座らせると、一応ミヤビの紹介もつけ足した。
「こちらも同じく社員のミヤビです。身なりは怪しいですけど、怖くはないですのでご安心ください。僕のサポートをしてくれますので、以後お見知りおきを」
サポートを強調しながらそう言うと、何が可笑しかったのか、ミヤビがケケッと珍妙な声で笑った。ちなみに今日のミヤビはピチピチのショッキングピンクのTシャツに革のジャンパー、ピチピチの革パンツ、そしてトレードマークの大きなドクロのネックレス。髪の色は所々グリーンに染まっていて、いつも以上にツンツンと立ち上がっていた。
今日のテーマはロッカーかな。それにしても怪しい。怖い人でないのは本当だが、決して怪しくないとはいえない風貌だ。頼むから依頼人の前でそのジャンパーだけは脱がないでいて欲しい。
ソファで身を縮こませている彼女に目をやると、明らかにミヤビから目を逸らしていた。取って食われるとでも思っているのかもしれない。
やっぱりサポートは道野辺さんにお願いしたらよかった。
俺はミヤビにバレないように小さく溜息をついた。
小一時間ほどで依頼者は帰った。うちの面談時間としては短いほうだが仕方がない。ほとんど会話にならなかったのだ。
「修司さん、あの制服って桜ヶ丘女学院ッスよお。やっぱ清楚ッスねえ。可愛かったッスねえ」
俺は依頼書を見返しながらミヤビの言葉を聞き流した。
女子高生……まだ十七歳か。未成年者の依頼を受けるのは初めてだった。依頼者の年齢は問わないとは知っていたが、やはり未成年と契約するなら親の許可だって必要なはずだ。
「あんな娘いいッスよねえ。やっぱ女の子は清楚じゃないとね。自分の娘がギャルとかになったらもうオレ泣いちゃいますよお」
それにしても、終始恐縮しっぱなしだった。自分で言うのもなんだが、これほど人畜無害な風貌の俺にあれだけ萎縮するようじゃあ、今後業務を続けることが困難だ。思春期の女の子だし、お嬢様女子校だし、男というだけで萎縮してしまうなら女性の社員と交代したほうがいいのかもしれない。
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「それにしてもここは穴場ですねえ」
道野辺さんが狭い店内を見まわしながら言った。壁には一面に手書きのお勧めメニューが貼られている。
この店は俺もついこの前、ミヤビに連れられて初めて知った『大漁』という名の小汚い居酒屋だ。とにかく魚が新鮮で安くて旨い。老紳士の佇まいもある道野辺さんにはそぐわない店かと思ったが、思いの外気に入ってもらえたようだ。ただ、高そうなオーダースーツをピシッと着こなして粗末な座布団の上に座っている彼は、やはり少し浮いているようにも見える。心なしかいつも威勢の良い店員さんも、道野辺さんに対しては少し上品に接している気がする。
「お待たせ致しましたあ。森伊蔵のロックでございまーす」
そう言ってさっきの店員さんはにっこり笑って道野辺さんの前にグラスを置いた。いつもは「致しました」なんて言わないし、更に「ございます」なんてこの人の口から初めて聞いたぞ。
「焼酎の種類も豊富で素晴らしい」
道野辺さんは焼き物の焼酎グラスを目の高さに持ち上げしげしげと眺めた。
「道野辺さんは焼酎派でしたっけ?」
「私は呑兵衛ですので、焼酎でもワインでも日本酒でも、なんでも美味しくいただきます」
道野辺さんはグラスを口に運ぶと満足そうに「うむ」と頷いた。
「いいなあ。俺、ビールしか飲めなくて。やっぱ男は酒に詳しいほうがカッコいいですよね」
「詳しくともそうではなくとも、せっかくいただくなら美味しいと思うものを美味しくいただいたほうが良いかと思いますよ。料理も酒も、人の魂と動植物の命が込められているのですからね。贅沢なものです」
「そっかあ。そうですよね」
俺は指で摘まんだシシャモを見つめて、先ほどよりはいくらか感謝を込めて、それを頭からかじった。やはりとても旨かった。
「しかし時としては何をいただくかよりも、誰といただくかのほうが重要な意味を持つ場合もあります。そういった意味では今日、修司くんといただく酒はとても美味しく感じられますよ」
道野辺さんの言葉に俺は背中がムズムズし、少しだけ姿勢を正した。
「そんな……。なんか、すみません。変な愚痴ばっか言ってたのに」
ここまで紳士に徹せられると、自分の器の小ささに申し訳なさすら感じてくる。
「若い人の愚痴にはパワーがあります。年寄りにとっては、それさえも輝かしく思えますから。聞いていて楽しいものなのです」
道野辺さんはどこか遠くを見るように微笑んだ。
「年寄りってそんな……! 道野辺さんは年寄りではなく紳士です」
本当は敬意を込めて、紳士の前に「老」をつけようか迷ったが、その敬意は伝わりにくそうに思えたのでやめておいた。
「それはそれは、有り難き幸せ」
微笑みを浮かべたまま背筋を伸ばして焼酎グラスを口に運ぶ道野辺さんは、やっぱり凄くカッコいい紳士だった。
店を出ると、薄い雲で濁った空にはポツポツと星が浮かんでいた。
たっぷり三時間くだを巻いたにもかかわらず、時刻はまだ八時前だった。夕刻からゆっくり飲めるのはフレックス制の良いところだ。夜遅い時間だと道野辺さんは「年寄りなもので……」と、なかなか付き合ってくれない。
道野辺さんと並んで軽い世間話などしながら駅を目指し歩いていると、斜め前の人物がふと目に入った。
中年の男が一人、夜道に佇み気難しそうな顔をして携帯電話を覗き込んでいる。
携帯操作に悩まされるお父さんか――――
俺がそんなことを考えていると、その男が突如、満面の笑みを浮かべた。だらしないほどに目尻を下げ、そして、両手を広げその場にしゃがみ込んだ。
あまりに突然だった彼の変化に、俺は驚いて立ち止まった。
すると俺のすぐ横を、年端もいかない女児が走り抜けた。
その子は迷わず、開かれた男の腕の中に、文字通り飛び込んだ。男はそれをしっかと受け止めた。同時にそこから二つの声が溢れ出した。細く甲高い子供の笑い声と、太く響く男の笑い声。
今この瞬間、その男の腕の中こそが、世界で一番幸せな場所ではないかと思えるような美しい響きだった。
少し遅れて俺の横を女性が通過した。その女性は「お父さん久しぶりー」と、男に声を掛けた。その女性の風貌は男とちっとも似ていなかったが、不思議なことにどこか男と似た空気を纏っていた。男はだらしなく崩れた笑顔のままで、女性に「おお、元気か」と短くも優しい言葉を投げかけた。
男は女児の頭を撫でながらゆっくり立ち上がると、その幼い手を取り、まだまだ小さい歩幅に合わせるように、そっと足を踏み出した。
それはまるで、雲の上を歩いているような足取りだった。
「孫と久しぶりの再会ですかね」
俺は彼らに聞こえないよう小さめの声で、隣に立つ道野辺さんに話しかけた。
道野辺さんは無言で眼鏡を持ち上げた。そして、右の目元を人さし指でそっと拭った。
「いやはや……最近めっきり涙もろくなって」
少し驚いた俺に対し、「歳のせいですねえ」と取り繕うような笑みを見せた道野辺さんは、まるで俺の視線を避けるかのようにして足早に歩きだした。俺は慌てて道野辺さんのピンと伸びた背筋を追いかけた。
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《続きは2017年4月25日発売の文庫をお楽しみに!》 -
2017年2月24日
本編では描かれなかった隆とヤマモトの休日風景!
ここでしか読めません!
※別サイトでの掲載が終了したスピンオフ特別短編をこちらに移動しました。
※特別編の1つめはこの記事から読めます。
『ちょっと今から買い物いってくる』
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「しゅんかしゅうとう~」
ヤマモトがまた変な歌を歌いだした。
「ど~れが好きっ?」
「はい?」
「春夏秋冬~や! どれ?」
「ああ、好きな季節か。うーん、秋かなあ」
「ええやん! 天高く馬肥ゆる秋ってね! 俺も好きやで。ってちょうど今やーん!」
漫才のツッコミのように手の甲で叩かれ、そのあまりのテンションの高さに俺は引いた。
「…………どうした」
ヤマモトはへへっと笑った。
「実は買い物に出かけるん久しぶりやねん。ちょっとテンション上がってもーたわ」
ちょっとどころじゃないなあと俺は心の中で毒づいた。
「そら~をみあーげてぇ~ 天たーかく~」
ヤマモトは今日何度か繰り返している曲をまた歌い始めた。
「さっきから何歌ってんの?」
「えっ、この曲知らん?」
「いいや……。流行ってんの?」
ヤマモトは俺の質問に答えず、嬉しそうな顔で目の前の店を指差した。
「ここや! 久しぶりやなあ~。ネクタイもあるし、仕事でもプライベートでも使えそうな服がいっぱいあるで。来たことある?」
ううん、と俺はかぶりを振った。それを見てヤマモトは更に嬉しそうに笑った。
「ほな、入るで!」
ヤマモトは意気揚々と店内へ消えていった。
「これ! どう? キレイな秋色や」
ヤマモトが手に取ったのは、爽やかに澄んだブルーのネクタイだった。
「これが秋色? 今年の流行りなの?」
「流行りかどうかは知らんけど、秋色や」
歯を見せて笑うヤマモトに、俺は「いやいや」と苦笑いを返した。
「秋色ってのは普通、暖色系を指すんだよ。赤とか何ていうの? こういう、黄土色……じゃなくて、からし色……とか」
俺は手近にあったからし色のセーターを手に取ってヤマモトに見せた。
「そちらは今週入荷したばかりの新色なんです。秋らしいマスタードイエローですよね」
話を聞いていた店員が、何がそんなに楽しいのかと思うほどの笑顔で話しかけてきた。少しメイクが濃いが、可愛いらしい顔をしている。
「薄手のニットなのでスーツの下にも着れますよ。Vネックの他にクルーネックもあります。でもスーツの中ならやっぱりVですよね」
早口で説明してくる彼女に、俺は少し圧倒された。
「すみません。まだちょっと見ているだけで……」
「はい、全然大丈夫ですよー」
彼女は笑顔を崩さず、一歩下がった。
そういやお洒落な五十嵐先輩はたまにスーツの中に薄手のセーターのようなものを重ね着していたな。でも俺が真似したら速攻で部長に怒鳴られそうだ。
そんな事を考えながら商品を見ていると、後ろにいた店員が再度話しかけてきた。
「お仕事用でお探しですか? 秋色でしたら赤系も人気ですよ。鮮やかな赤じゃなくて、もっと落ち着いた……」
キョロキョロと辺りを見渡す店員に対し、俺は口を挟んだ。
「あずき色……じゃないや。ワインレッドとか?」
「その通りです! 毎年バーガンディーは人気ですし、あと今年だとモスグリーンも流行りですよ」
そう言いながら店員は、どう見てもあずき色、もしくはワインレッドのカーディガンを手に取って広げて見せた。
「ああ、ばーがんでぃ…………ねぇ」
ヤバい。もう何がなんだかわからない。からしがマスタードなのはまだわかるが、あずきはもうワインですらないなんて。ちょっと街に出なかった間に、こんな暗号みたいな言葉が使われるようになるとは。時代の流れとは恐ろしい。
俺は引きつった笑顔で、その店員から逃れるように、ブルーのネクタイを持ったままでいたヤマモトに話しかけた。
「なあ、ヤマモト。やっぱり今から使うなら、もうちょっと秋っぽい色のほうが良いんじゃないか?」
「だから秋色やないか」
「いや、だから、秋色ってのはもっとこう落ち着いた……」
「青山! 常識にとらわれるな! お前の目線から見えるものだけが世界の全てとちゃうぞ! 見ろ! この澄んだ青を! 空を~みあげ~てぇ~」
「ちょっ、店内で歌うな!」
店員はクスクス笑いながら「面白い方ですねー」と言ったが、この笑顔の下の本音ではどう思われているのかと考えるだけで、背中を冷や汗がつたった。
「ほら、これとかどう?」
慌てて店員から遠ざかった俺は、流行の〝バーガンディー〟と思わしき、あずき色のネクタイをヤマモトに示した。
「あかん! そんな暗い色! いま以上に顔が暗なるぞ」
〝いま以上に〟は余計だ。
「でも流行ってるってよ?」
「お前はほんま……。時代を追いかけるな! 時代に追いかけられる男になれ!」
まーた、わけのわからんことを言っている。
俺が「はいはい」と取り合わないでいると、ヤマモトが俺の腕をグッと掴んだ。
「お前がどうしてもその色がええんやったら、俺と勝負しろ」
そう言いながら拳を前に突き出した。
「はあ?」
「お前が勝ったらその暗いネクタイ、俺が勝ったらこのブルーのネクタイを買うんや」
ヤマモトの表情は真剣そのものだった。
「男と男の一発勝負やぞ」
ヤマモトは拳を縦にして上下に振った。
「じゃんけんかよ」
子供か。思わず笑ってしまった。
「あと、俺が勝ったら禁煙しろよ。さーいしょーはグー!」
ヤマモトが大きく拳を振った。
「ちょちょちょ、何!? 今なにか余計なこと言ったよな!」
「出さぬが負けよ! じゃーんけーん!」
「ちょちょちょちょちょ!!! 待てって!」
「ぽんっ!!」
えーーーーーーーーー!
心の叫びとは裏腹に、俺は反射的に右手を突き出していた。
「フッ」
ヤマモトが右手を顔の前にかざし、不敵に笑った。
「我が生涯に敵なし」
――――――最悪だ。
俺は、差し出した自分の握り拳を恨めしく眺めた。
「何で、これだったの?」
買い物したばかりの紙袋をぶら下げ、俺はヤマモトに不満をぶつけた。
紙袋の中にはもちろん、澄んだブルーのネクタイが入っている。
「色にはそれぞれイメージがあってやな。赤は情熱、黄色は元気、緑はやすらぎ、そして青は……」
ヤマモトはぴたりと歩みを止めた。
「信頼や」
そして、いつになく優しい瞳で俺をじっと見つめた。
「お前の仕事はなんや、青山隆」
「営業……」
「信頼や」
ヤマモトはそう繰り返すと、ニカッと笑った。
思わず息を飲んだ俺を見て、ヤマモトは再び鼻歌まじりに歩き出した。
「にしてもさあ」
俺はヤマモトを追いかけ、しつこく食い下がった。
「あんなのずるいぞ。なんだよ禁煙って」
「ええやん、別に体に悪いこと勧めてるんちゃうねんから」
ヤマモトはしれっと言った。
「そりゃあ、そうだけどよ……」
「健康になって、お金も浮いて、女の子にモテる! 一石三鳥やで」
「そん……、モテるってことはないだろ」
言葉を飲んだ俺の気持ちを見透かしたように、ヤマモトはニヤッと笑った。
「嘘やと思うんやったら訊いてみ?『タバコ吸ってる男と吸ってない男、彼氏にするならどっちがいい?』って。七割、いや八割は吸ってない男って言うんちゃうかあ?」
「…………そ、うなの?」
ヤマモトはフッと笑みを漏らすと、話は終わったとばかりに再び歌いはじめた。
「そ~らを見上げて~」
「だから、何の曲だよ」
俺は溜息をついた。
ヤマモトと別れ、地元の駅についた俺はブツブツ呟きながら歩いた。
なんでちょっと買い物にきたつもりが、禁煙する羽目になってるんだ、まったく。
しかもいつの間にか毎度アイツのペースにハマってるし。
結局何の曲かも教えてくれなかったし。なんだか悔しい。
ヤマモトは帰り道のさなかずっと鼻歌を歌っていた。そんなに買い物が楽しかったのだろうか。……それならそれで、まあ良かったけど。
「今日はあったかいな」
日差しが強く、暑いくらいだ。
俺は立ち止まって空を見上げた。
「そら~をみあーげてー……」
ヤマモトが歌っていた変な歌を覚えてしまった。
頭上には清々しいほどに晴れ渡った、抜けるような青空が広がっていた。
「天高ーく…………秋晴れか。澄んだ青だな」
ふと、手元で揺れている紙袋に目をやった。中には……。
思わず、笑みがこぼれた。
「確かに……、秋空色(あきいろ)だな」
どこからかヤマモトの鼻歌が聞こえてくるような気がした。
《END》 -
2016年12月14日
公開日決定を知らせるオビがこちら。12月下旬より順次、巻かれた本が全国の書店さんに並び始める予定です。
※一部書店では取り扱いがない場合があります。
いよいよ、映画『ちょっと今から仕事やめてくる』の公開日が発表されました!
2017年5月27日(土)
です。
今から楽しみです! みなさんもぜひよろしくお願いします!