
恋と涙と、透明なものたち
夏そのものが降り注いでいるような、暑い日だった。 夏そのものが降り注いでいるような、暑い日だった。
お互いに夏休みということもあり、私は大学二年生の真織に誘われ、午後から一緒に映画を観にいった。
タイトルは「透明なものたち」というものだ。
透のお姉さんが書いた小説が再び映画化したもので、感情や記憶、過去、そういった確かに存在しているのに、目に見えないものが語られている作品だった。
映画の鑑賞を終えると、私たちは近くの喫茶店で感想を口にし合う。真織もお姉さんの小説のファンになっていて、熱心に感想を述べていた。
街には夏の白い陽光が溢れていた。窓の外では沢山の人が、それぞれの透明なものを抱えて生きている。
「ねぇ泉ちゃん、透明なものゲームしようよ」
話の最中、面白いものを見つけたみたいに真織が無邪気に言う。映画にちなんで、透明なものをお互い口にしていくというゲームだった。
真織は人生を楽しむことに長けていた。人生を受け入れ、愛し、いつも笑っている。
その真織が「汗」と自分の番からゲームを始めた。苦笑しながら私も続く。
「水」「空気」「光」「硝子」「ゼリー」「寒天」「真織。私のゼリーを真似した?」「してませ~ん」「そう? じゃ、ビー玉」「シャボン玉」「やっぱり真似してる」
二人で他愛ないゲームを続けた。しばらくすると透明なものが出尽くしてしまう。
真織の番でとまっていたので「降参?」と尋ねると、真織が真剣に考えこむ。
「恋」
やがて真織が口にしたものが、それだった。
確かに存在しているのに、透き通って目に見えないもの。特に真織のものは……。
私が静かに感じ入っていると「さ、泉ちゃんの番だよ」と真織に言われる。
考えた末、出尽くしたと思っていたけど、まだ残っていたものを答えた。
「涙」
私の心の内を揺らし、何度も何度も流した、それを。
真織との楽しい時間を終えて帰宅する。思わず私は、透がいた夏の記憶を見返した。
自分のスマホに残っている高校生の頃の写真だ。真織と透の二人を写したものがほとんどだった。でも一枚、三人で写っているものがあった。
この写真は、どうやって撮ったものだっただろう。誰かに撮ってもらったものか。
はっきりと思い出せないが、それは消えることなく確かに存在を続けていた。
写真の中では透が微笑み、真織がおどけていた。私も楽しそうに笑っている。
真織の恋は透明で、いつしかそれは消えていた。
私の涙も透明で、流れれば消えてなくなる運命だった。
全てのものは行くばかりで戻らない。あらゆるものが消えていく世界だ。
それでも、残り続けるものがあった。
ここにはもうない、だけど確かに存在した夏の一瞬を、私は黙って眺め続けた。
『大切なものは、全部、自分の中にあるから』
かつてそう言った真織が、いつか、全てを思い出せますようにと願いながら。