今夜、世界からこの涙が消えても

5

透が家事と料理が得意な男子だと知ったのは、真織と付き合い始めて数日後のことだった。
二人は付き合い始めると放課後の教室に集まって話をしていた。
透のことを見極めるため、私がその日、そこに参加したのだ。
真織の提案で、せっかくなら三人の親睦を深めようということになる。そのまま透の家に遊びに行くことになった。
透は父親と二人で団地で暮らしていた。普通、男の二人暮らしなら片付いていなさそうなものだけど、透の家は驚いてしまうほど綺麗だった。
装うことができる清潔感ではなく、装えない衛生感こそを大切にする。
透はそんなこだわりをもっていた。家事に対してこだわりをもつ高校生という存在を面白可笑しく思いながらも、私は妙に感心してしまう。
「話してみるまで分からなかったけど、神谷って結構変わってるよね」
「綿矢にだけは言われたくないけどな」
不思議なことにお互い、相手に対して嫌味なく軽口が叩けた。それは趣味が一致していたという気安さが関係していたのかもしれない。
透の家を訪れる前にも教室で話し、同じ純文学雑誌を買っていることが分かった。それだけじゃない。当時はまだ知る人の少ない西川景子がお互いに好きでもあった。
その透は家事が得意なだけじゃなくて、料理全般もうまかった。
「はい、粗茶ですが」
「いや神谷、緑茶じゃないんだから」
スーパーで売っている紅茶を信じられないくらい上手にいれた。レディグレイという紅茶で、その時に出された影響で私も好きになってしまう。
三人でお茶をして色んなことを話し、夕方になると透が近くの駅まで私たちを送ってくれた。ついでに買い物をするということで透はエコバッグを手にしていた。
ベテランの主婦みたいな謎の貫録があり、透はエコバッグが妙に似合う高校生だった。あまりにもその姿が面白くて私と真織は笑った。真織は写真も撮っていた。
家事と料理全般が得意で、エコバッグが似合う男。そのどれもが嘘や演技ではなく、神谷透という人物を形作っているものだった。
翌日の放課後は私が二人を自分の家に招待した。母親と二人で暮らすマンションだ。父親はいない。私が中学生のある時期から別居している。
私が透を真似てキッチンで紅茶をいれている間、透と真織はリビングで話していた。
二人は寄り添って二人にしか聞こえない会話をしていた。
当時、私は親友の真織が透に取られてしまったようで、かすかに嫉妬していた。
その感情が示す通り、あくまで透は真織の恋人だった。それ以上でも以下でもない。
恋愛感情なんてどこを探してもなかった。
私と同じでどこか冷めていて、純文学が好きな家事と料理が得意な変なやつ。
そんな透に対し、恋愛感情をもつようになったのはもっとあとのことだ。
憧れとも取れる感情を、ほんの少しだけ真織に抱くようになったのも、もっとあとのこと。
透相手に……キスをしてしまったのも。