▽チャプター4 落語家くずれと文学少女


「……なるほどねえ。つまりお化けがあちこちで出てるのはその枕返しってのの仕業なんだ」

「まだそうと決まったわけではありません。あくまでその可能性が高いだけです」

「祈里ちゃんは硬いねえ。そんなの枕返しを見付けてとっちめてみりゃ分かるじゃない。まあ、街がお化けでめちゃくちゃになるのもちょっと見たいけど」

「駄目ですよ淡游さん! 警察も軍も当てにならない以上、やれる人がやらないと、です!」

「静ちゃんはそういうとこ熱いよね……。まあ頑張りますよ。頑張りましょうね礼音ちゃん」

「そ、そうですね……。それはそうと、あの、淡游さん? あんまりまじまじ見ないでくれます……?」

 淡游の視線を遮るように、礼音は軽く身構えた。と、淡游は言われて初めて凝視していたことに気付いたようで、慌てて謝り、言い訳のように付け足した。

「どうしたってつい見ちまうんだよ。何しろこの時代、そんなありがたい恰好の女の子は見たことがない」

「ありがたい? タンクトップとショートパンツがですか? そうなの、静ちゃん」

「え、ええ……。服の名前は存じませんけど、そんな薄着の――肩も脚も全部出てるだなんて! 絶対ないです、ありえないです」

「そうなんだ……。道理でじろじろ見られると思った。動きやすいから着てるだけだし、二十一世紀だと普通なんだけどねー」

「いえ、現代でも結構露出の多い方だと思いますが」

「僕も同感です」

「えー? 祈里さんに六道先生まで?」

 二人は味方だと思っていたのに! という顔になる礼音。その伸びやかな脚や肩を改めて拝んだ後、淡游は祈里に向き直った。

「祈里ちゃんも祈里ちゃんで凄いやね。女の子がお役人なんて嘘に違いないと思ったけど、百年後から来たってんなら納得だ」

「職業婦人ですもんねー。憧れちゃいます」

「しょ、職業婦人? 京都には古風な方も多いですが、そんな風に言われたの初めてです」

「そっちでは言わないんですか? それに、凄いって言えば六道先生も! 本物の作家さんにお会いできるなんて光栄です!」

「静ちゃん小説好きだからねえ。しかし手に職があるってのは羨ましいよ。最悪、未来に帰れなくても、この時代でも食ってけるわけだし」

「だったらいいんですけどね。……ただ、今って、芥川龍之介さんや泉鏡花さんが現役の時代ですよね?」

「そうですよ?」

「僕には分が悪い気がするなあ……」

 静のあっさりとした返答に琮馬が顔を曇らせ、それを見た礼音は祈里と視線を交わして苦笑した。文豪と競い合えと言われたらネガティブになるのも無理はない。と、琮馬は気持ちを切り替えるように溜息を吐き、さっぱりとした顔を上げた。

「というわけで、僕もいつまでもこっちにいるつもりはありません。せめて滝川さんは元の時代に返してあげないと」

「いえ、六道先生にも戻っていただきます! 元々この案件はわたし達陰陽課が持ち込んだんですから、市民の方に迷惑を掛けるわけにはいきません! 日本国憲法と地方公務員法、異人法に則って……って、しまった! この時代には日本国憲法がない! どうしましょう」

「え? いや、そこは各々の正義感に従えばいいんじゃないですか? あたしいつもそうしてますし」

「礼音さんかっこいいですね……」

「ですね。そして、帰れる手立ても見つかりました」

 祈里のコメントに共感した琮馬が、穏やかな声で一同を見回し、鼻を軽く動かした。

「皆さんと話して落ち着いたおかげで、鼻がこの時代の空気にようやく慣れたみたいです。もともと東京は僕にとっても見知った町ですから、妖気の流れを嗅ぎ付けることができました。都内に――ああ、この時代はまだ東京市ですから『市内』ですね。市内に、妖気が渦巻いている場所があります」

「帝都の中はあらかた探したが、そんなあからさまに怪しいところはなかったけどねえ。ね、静ちゃん」

「ええ。一体どこなんです?」

「都心ですよ。――ただし、未来のね」