▽ チャプター5 再会


「あっ、絶対城先輩! 生きてたんですね!」

「勝手に殺すな。ユーレイもどこも怪我をしていないな? 心も大丈夫だな?」

「心?」

「お前はすぐに騙されて利用され、そのことを悔やむからな。五体が無事でも安心できん」

「人を何だと思ってるんですか! でも、心配してくれてありがとうございます」

「……当然だ」


「六道先生、大丈夫でしたか?」

「おかげさまで。滝川さんこそご無事なようでホッとしました。何かあったらどうしようかと」

「それは私の台詞ですよ。しかし、ここってほんとに新宿なんですか? 何もなさすぎません?」

「新宿が副都心として開発されるのは戦後しばらく経ってからですしね」


「すみません、合流遅くなりました、主任!」

「まったくだ! 遅いぞ火乃宮。だからお前は……って、何だその目は」

「いえ別に。再会した相手をちゃんとねぎらわないの主任だけですよーって思っただけです」


 何もない荒れ地が広がる、夜の新宿の街外れ。

 再会を果たした一同がお互いの無事と再会を喜び合う。元々この時代の出身である彼誰会の三人も、その空気に流されたのか、何となく仲間同士で顔を見合わせた。

「射理也の旦那も無事だったのかい。ここで会ったが百年目」

「今朝会ったところだし、その台詞は仇敵に言え」

「というか、射理也さんも来られてたんですね」

「ああ。まさか静君達も百年後からの客人と出会っていたとは――」

 淡游と静が連れてきた三人、つまり礼音と祈里と琮馬を見やった射理也が、言葉の途中で絶句した。射理也の白い肌がかーっと赤く染まり、凍り付いたように静止する。その様子に礼音達は首を傾げたが、静と淡游は顔を見合わせ、やっぱりかと言いたげに肩をすくめた。

「射理也さん、礼音さん見たらこうなるんじゃないかと思ってましたが……」

「案の定ってやつだよねえ。仕方ないよ。心底女の子が苦手な射理也の旦那に、ほぼ裸の礼音ちゃんはいくら何でも刺激が強い」

「意義あり! ほぼ裸って何ですか! 先輩、ちょっと言ってやってください! あたしはこれで普通だって」

「改めてそう言われると……露出が多いな、お前」

「先輩? なんで目を逸らすんです? 先輩?」

 思わず顔を赤らめる阿頼耶を礼音が見据え、阿頼耶がその視線から逃れようとさらに目を逸らす。その賑やかなやりとりを横目で見ながら、祈里は春明と深刻な顔を突き合わせた。

「主任、ほんとなんですか? ここでは陰陽術が使えないって」

「完全に使えないんじゃなくて効果がめちゃくちゃに弱まるんだが……まあ、ほとんど使えないのと一緒だ。妖怪学に言わせると、ここが『陰陽術が使えない世界』だからなんだとよ。だもんで占いの精度も怪しいけど……ただ、俺とは別のやり方で、作家先生もここに辿り着いたってことは」

「……ええ。枕返しは、おそらくここに――」

「いかにも!」

 琮馬の言葉を打ち消すように、しわがれた大声が響き渡った。

 はっ、と全員が注視する先、荒れた草原の中空に、子供じみた体格の妖怪がその姿を実体化させる。赤ら顔の仁王像を縮めたような姿形で、手には原稿の入った茶封筒。枕返しである。

 全ての元凶である妖怪は、二メートルほどの高さに浮かんだまま、体形にそぐわない老いぼれた声を発した。

「わしを見つけるとは大したものよ。よくぞここまで辿り着いたな」

「誉められても嬉しかねえよ。てめえ一体全体、何を企んでやがる!」

「は! 聞かれたから素直に教えるとでも思うてか?」

「全くそんなことは思っていないし、聞く必要もない。ユーレイ、頼む」

「え? あ、そうか!」

 阿頼耶の胸元を叩くジェスチャーに、礼音が慌ててペンダントを外す。普段は抑えている資質――「真怪(しんかい)」の能力――が発動するのを自覚しながら、礼音は「えーと」と口を開いた。

「……つまり、こういうことらしいですね。どの世界のどの時代に行っても二十世紀以降の妖怪は肩身が狭いか存在しないかだったので、それを変えてやりたかったと。で、六道先生の世界では、妖怪は何度も語られることで姿を持つようになるわけですよね? だから、その世界で書かれた『過去に妖怪達が語られた』という事実を示した原稿を、さらに過去、まだ妖怪がリアルだった最後の時代に……つまり大正時代に持ち込めば、妖怪全般が既に何度も語られたということになり、あるべき衰退と消失を免れて、実体を持つようになる……? すみません。あたしには理屈がちょっと分からないんですが、ともかくそういうことだそうです! ですねっ、枕返しさん?」

「え。いや、それはそうだが――なぜそこまで! 貴様、心を読めるのか?」

「まあ、実は」

「そ、そうなんですか礼音さん? 合気道家って凄いですね!」

「いや祈里さん、合気道は関係ないんですけど」

「力の素性はどうでもいい! 枕返しの反応を見れば嘘じゃねえってのは分かるからな。だろ、妖怪学?」

「ああ。数多の妖怪が実体を持って跋扈する現代日本……。それこそが、お前の言う『千年王国』の正体か」

「妖怪としては多少興味も惹かれますが……既にある歴史を覆すというのは、庶民派作家としては看過できませんね」

 いきり立つ春明の問いかけに阿頼耶が不敵に応じ、琮馬が控えめにそれを受ける。気圧されたのか、枕返しは一瞬言葉に詰まったが、すぐに「遅い!」と声を荒げた。

「貴様らの覚悟は立派だが、一体今さら何ができると? 既に物語は重ねられ、妖怪実体化の土壌は整った!」

「何?」

「そう! 比々や邪魅はあくまで実験! わしは今宵、ここに我が眷属を呼び出だし、帝都に向かって侵攻し――蹂躙(じゅうりん)する! 帝都の連中が二度と妖怪の存在を――その恐ろしさを忘れんようにな!」

「侵攻? 蹂躙? 冗談じゃねえぞ!」

「そんなの……まるで戦争じゃないですか!」

「いかにも、いかにも、いかにも左様! これは現代が追いやって消し去ったわしらの――妖怪の、妖怪による、妖怪のための戦争――妖怪大戦争なのだあああああああッ!」

 原稿を突き上げた枕返しの絶叫が、夜の荒れ地に染み入り、消えた――その一瞬後。

 妖怪の大軍が実体を伴って新宿の大地に現れた。