▽チャプター8 エピローグのエピローグ


「先輩、昨夜のこと覚えてます? 東京観光に来て、市ヶ谷に行って……。結局、いつホテル帰ったんでしたっけ? というか、せっかく旅行に来たのに、寄るのが古本屋って」

「明人(あきと)への土産はこの後に買うからいいだろう」

「当たり前ですよ。で、さっき何を買ったんですか?」

「六道琮馬の旧作を何冊かと、それに、『妖怪談義』の初版本。日本で最初の民俗学的妖怪事典を収録した記念すべき書籍だ」

「へー。先輩らしいですけど……そんな大事な本、持ってないんですか?」

「無論持っているし何度も読んだ。だが――なぜだろうな。初版本を見たら買いたくなったんだ。調査の成果がこうしてまとまったのだなと思うと、感慨深くなってな」

「まるで知り合いが書いたみたいな言い方ですね……。でも、なんででしょう。あたしもその気持ち、分かります」


「お前、新幹線に乗ってる時くらいは報告書打つのやめろよ」

「出張中は仕事中ですから仕事をするのは当然です。で、結局枕返しってどうなったんでしたっけ? 手帳を見返してもメモがないんですよね」

「知るか。俺は休んでるからな。せっかく東京駅で新刊買ったんだ、ゆっくり読ませてもらう」

「六道琮馬の『枕が裏返る前に』? 主任が小説読むなんて珍しいですね」

「ああ。俺もそう思うが……妙に気になったんだよな、これ」


「六道先生、先日は新作お疲れさまでした」

「いえいえ。滝川さんこそいつもありがとうございます」

「入稿が済んでほっとしましたが……でも先生、今回の事件のアイデアって、いつ食べられたんです?」

「それは――ああ、そうか。滝川さんは覚えてらっしゃらないんですね。おそらく僕だけ、体と心の仕組みが違うから記憶が消えずに……」

「先生? 今何か」

「何でもありません。それより連載の原稿ですが」

「はい!」

「すみません。できていません」

「ああ……」


「ふわああああ。相変わらず汽車の中ってのはよく眠れるねえ」

「淡游さん寝すぎですよ」

「全くだ。調査地の情報を事前に確認しておくべきだろう」

「いいでしょ別に。お化けの調査だなんて何の役にも立たない仕事やらなきゃいけないんだから、ちょっとくらいの居眠りは……って、あれ」

「どうした淡游?」

「……よく分かんないんだけど、あたしらの調査は案外無駄じゃないような気がしてさ」

「あ、それ、あたしもです!」

「実を言うと俺もだ。いや、元より、有意義な調査であることは分かっていたはずだが……」

「まあいいじゃない。嫌々やるより、多少は乗り気でやった方がさ」

「ですね」